40:赤々と
赤々と熱を放つ炭。パチパチと火の粉が弾ける。
遠火に置かれたロショオにじっくりと焼き色が付く。
塩を塗した身はギュッと少しだけ小さくなる。
焼き目の付いた皮が、時折パチッと音を立てた。
俺たちは『範囲収納』でまるっと持ってきた炭火を囲む。
その周りにはシェフィリアさんが小さいバックから明らかにその中に入らないシートとクッション、そして丁度いいちゃぶ台を用意した。
手際よく魔法で石なんかを退かして、川辺に快適スペースを作り上げている。
焼き上がりを待ちきれない様子でロショオと大きなカジカモドキのタッコスを見守る。
「コイズミ殿は料理もできるのだなっ」
「鱗取ってワタを出しただけですよ」
「その手さばきが良かったのだ。前にシェフィがやった時なんかは……ふふっ」
「メル様っ! あ、あれは少し切りすぎただけですっ まな板の強度が……」
ゴニョゴニョと徐々に小さくなる声。そして貴重な照れ顔。
こんなに何でも出来そうなシェフィリアさんは料理が苦手なのか。
虫が苦手だったりと色んなことが知れて少し嬉しい。
焼き上がりまでの間に『ジュースをどうぞ。カップはプレゼントです』と差し出す。
メルさんには『絶妙に不細工な犬柄のマグカップ』。
そしてシェフィリアさんには『絶妙に不細工な猫柄のマグカップ』。
どちらにもキンキンに冷えたフルーツジュースを入れてある。
「あ、これはっ……ありがとう……ございます」
「ありがとう……ふふっコイズミ殿も隅に置けないな。シェフィの好みまで把握しているとは」
「助けてもらってばかりでしたので、少しでもお返しできればと」
「いやいやそんなことはないぞ。コイズミ殿が来てから刺激的な毎日だ。村にしても今年は観光客や冒険者も多い。これはコイズミ殿のお陰だ。……あっ美味しいこれ」
「えぇマリンの酸味が良いですね。仰るとおり、例年より30%ほど上昇しています」
いつもより村に活気があるのは俺のお陰だと言う。
それは言い過ぎだと思う。
過ごしやすい場所を作ったのは、紛れもなく村の人々。
多分俺はきっかけを作っただけだ。
◇
「美味いっ はぐっ これは美味いぞっコイズミ殿! んぐっ なぁシェフィ」
「えぇ……本当に美味しいです。網や魔法での捕獲に比べて身への傷みがほぼありません」
「こんな んぐっ 捕獲方法が あぐっ あるとはなっ」
夢中で食べてくれている。
いやー良かった。塩加減も焼き加減も丁度いいようだ。
塩焼きにするときは少し多めの塩を使う。
腹まで塩を振り、ヒレへの飾り塩も忘れず行う。
手間を惜しんでは、勿体無いじゃないか。
ということで早速、俺も1口。
肉厚の身にかぶりつけば、パリッとした皮の感触。
そしてホクホクの身が転がり込む。
噛めば最初に塩味、続いて皮と身の間の魚の旨みをギュッと凝縮したような油。
そしてホロホロと形を崩す身の濃厚だがすっきりとした味わいが広がる。
たまらず、尾側に2口目。
キュッと締まった身。
背より硬く繊維質。しっかりとした歯ごたえ。
美味い。これはしみじみと感じる美味さ。
合うのはビールより、日本酒って感じだ。
白犬達にも食わせてやりたかったなぁ。
まぁいい。また来ればい……
「ワゥ!」
突如、脇腹にサンドバッグでも投げつけられたような懐かしい衝撃を感じながら、肺の空気と共に意識も飛散していった。
◇
追加で魚と赤いミルパの前足を焼く者、邂逅に涙する者、それを夢中で凝視する者。
そして焼き魚を貪る獣。
時間を忘れ糸を垂らす。そして釣果を頂く。
異世界でも変わらず心を弾ませ、絆を育む。
高くなる陽の光が青々とした緑に注がれる。
本格的に暑さを増していく季節の始まり。
遠くに見える山々の冠雪が以前より小さくなっている。
変わっていないと思っていたこの場所も草木が茂り、夏の訪れを教えてくれる。
変わらないモノと変わりゆくモノ。
そんな不変と変化を気ままに楽しむ。
これも釣りの醍醐味の1つ。
ここは『陽光の森』。
陽光が優しく照らす陽だまりには心地よい風と深い緑の薫り、そして純白の疾風が飛び込んでくることもあるらしい。
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ガチッとグラスを交えるシンバルがそこかしろから聞こえ途切れることはなく、机を叩き打ち鳴らす酔っ払い達のドラムが響く。
どこかで始まる殴り合いに響く歓声。
甲高い笑い声と冒険者達の歌声。
いっそ暴力的なまでの騒音。
迷宮都市と言われるロンメル。
毎夜どこの酒場でも同じような下手くそな演奏が繰り広げられていた。
「ねぇ聞いたー? 『雷鳴山の鍛冶』の新しい材料のはなしー」
「あぁー『黒晶』ってやつ?」
「そうっそのこくしょー。あの『迷宮技師』が関わっているらしいよー ごくごくっぷぱー」
「へぇー詳しいじゃない……あっもしかしてまた武器変えたいわけっ? 変えたばっかりじゃない」
「違うよー。欲しいけどー。知ってる? これゴロックトラップ産のアクセー」
「なに……あんたファンなの? 『迷宮技師』なんて胡散臭いやつの」
「へっへ実はグロイスのギルドで見たことあるんだー。なんかかわいーっておもったー っぷはー」
「はいはい。いつもの『かわいー』ね。まったくミーハーなんだから。でも材料なんて迷宮技師とは関係ないじゃない」
「そーそーなんかすごいよねー。迷宮だけじゃないんだもんね。ねーマスターおかわりー」
「……ちょっとあんた飲みすぎじゃない?」
強めの酒を用意し始めるマスターの斜め手前。
カウンターで猫耳がピコピコと動いている。
(違う。分かってない)
その毛並みの良い赤毛の耳が動きを止めた。
そしてグラスを傾ける。
(陽光の森はそれほど旨みのある魔物もいなかった。冒険者には不人気の迷宮)
(それがここ数日、ブルートツリーを狙って多くの冒険者が挙って向かっている)
(あいつは単に新しい材料の開発をしたんじゃない)
(たったの一度も迷宮に入ることなく、迷宮の『価値』を変えたんだ)
(まさに迷宮技師の名に相応しい功績)
(そんなことがぽっと出のルーキーにできるわけない)
(きっとあいつには何かある。『迷宮技師』と呼ばれる何かが)
(全く感じない気配、驚くほどのタフネス、多分ユニークスキル持ち、多分優しい、ちょっと可愛い、後は……マナの障壁を容易く通り抜けて来たし、ってアレは事故っ!)
急速に真っ赤に染まった頬の熱さと迷走を始めた考察を振り払うように首を振ると、くっとグラスを呷る。
「マスターお会計にゃ」
「毎度有り。『濃厚プリプリモーリーミルク』300ゴルだ」
「ネーミングだけどうにかしてほしいにゃ……」
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驚くほど豪奢な部屋、と言うには広すぎるほどの部屋。
並べられた調度品はそれ1つでどれほどの価値があるのか分からないほどの宝石が散りばめられ。
生活の基本となるはずの家具、照明に至るまで豪華絢爛としか形容できない贅を尽くした空間。
ただ、一つ一つは洗練された物であってもゴチャっとした闇鍋のような纏まりの無さに決して居心地は良いとは思えない。
一言で言い表せば『悪趣味』といったところだろう。
「というわけにゃ」
「……流石アカネコだな。今回の報酬だ」
手元の資料から目を離すと、でっぷりと肥えた腹から吐き出された声が使用人を動かす。
お付のメイドがお盆に乗せ持ってきた物は、3級魔石が2つ。
冒険者の証への入金でもなく、現金でもない。
それは足がつかないことに配慮した報酬の渡し方。
詳細を知ることが許されていないメイドにもそれが『何か後暗い依頼』であったことが想像できた。
アカネコと呼ばれた猫人はそれを無感情に袋にしまい込む。
「失礼するにゃ。またよろしくにゃ」
「まぁ待てアカネコ。次の依頼だ」
「はぁ……『またよろしく』は社交辞令にゃ。にゃあもそんなに暇じゃないのにゃ」
「1週間で2級魔石」
これは軽い商談。いつもの駆け引き。
そんな軽い気持ちで口から出た軽口に猫人は直ぐ様後悔することになる。
提示された破格の報酬に振り返ると、その太った男の目が有無を言わさぬ圧を持っていたから。
「やってくれるな?」
先ほど飲んだミルクが逆流するような錯覚。
まるで蛇に睨まれた蛙、蜘蛛の巣に絡め取られた羽虫。
逃げ出そうにも足が動くことはない。
「……何をすればいいにゃ?」
努めて平静を装うが男から死角になっている尻尾は逆立ちボワッと太くなっている。
「なに、簡単な仕事だ」
その男は目が笑っていない笑顔のまま、口角を吊り上げた。
◇
猫人が去った部屋に立ち上る煙が一筋。
上質であろう嗜好品を燻らせる肥えた指が時折資料を滑らせる。
その音以外は聞こえないほどの静寂。
「迷宮技師か」
広い空間にその一言が木霊した。
続いてくっくと堪えきれない押し殺した笑い声が響く。
再度資料を眺める目には、濁った汚泥のような薄気味悪さが映る。
その立ち上る煙と同じようにまだ細く薄い、しかし明確な悪意が動き出そうとしていた。
2章前半が終了しました。
幕間を挟んで、後半へと続きます。
申し訳ありませんが、次話より更新頻度が下がります。
時間が取れれば週2回、無理なら1回になると思われます。
続きが気になる。まぁ頑張れよという方はブクマ、評価お願いいたします。




