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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第2章 出張にはトラブルが起きる件について
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39:さぁ出発だ

「さぁ出発だ。我に続けっ」



『陽光の森』の入口でメルさんはノリノリで右手を上げた。

 差し色の肩にかけたオリーブ色のポーチ。

 ノースリーブの白いワンピースに白い肌が眩しい。


 ただ、到底渓流に向かう装いでもなければ迷宮ダンジョンに乗り込む装備でもない。


 8級の迷宮(ダンジョン)とはいえ、明らかに森に入っていく冒険者達から浮いている。

 てか行く人こんなに増えたのか。



「なんだ二人共元気がないではないか?」



 大きめの帽子を傾けたメルさんは少し不満げに俺を見上げる。

 いやぁ元気がないというか俺の右手とメルさんの左手に注がれている視線が怖いんだって。



「あぁ……はは……元気ですよ……それよりもそんな装備で大丈夫ですか? あのスカーフとか」



「大丈夫だっ心配いらない。コイズミ殿は我が守るぞ。呼吸は【風衣】を付与する。それにこの森は庭のようなものだ。なぁシェフィ?」



「そうですね」



 めっちゃ不機嫌だよっ これを不機嫌って言うんだよ! メルさん!

 明らかに不機嫌なシェフィリアさんはカジュアルブーツに黒を基調にした5分袖のブラウスとシュッとしたパンツを合わせている。いつもの黒手袋に小さな手さげのバッグ。

 こちらも渓流に行く服ではないが『そんな装備で大丈夫か』と聞く勇気は俺にはない。


 俺はといえば、納刀された小太刀を下げ、真新しい黒い戦服バトルスーツに身を包んでいる。

 実はこれにはグランミルパ素材のプレート、生地には『黒晶』ブルートツリーのセルロースナノファイバーが混ぜられている。


 軽くて防刃性能に優れ、耐熱、耐冷も備えているそうだ。

 オマケに【快暖】の紋章ルーンなんかも刻まれていて、体温に合わせ適温にしてくれるという夢の服。


 ポケットや関節を守るガードなどの機能性が重視された中にもお洒落を忘れていない。

 中々俺の好みを突いている。


 これはサイトンさんからのお礼の品だ。

 グランミルパの素材を渡したら防具屋のおばちゃん経由で何種類もの紋章ルーンまで依頼してくれる気合の入れようだ。


 黒晶を巡って、『利権がどうの』とか『お前には権利がある』とか『せめて金を受け取れ』とか色々有ったがざっくりまとめれば、


『黒晶の利益なんていらねぇから“枝”と“針”と“錘”よこせ』と言ったら、『ふざけんなお礼をさせろ』ということでこの小太刀に加え、超高性能戦服も貰ったという訳だ。



「とにかく出発するぞっ」



 ワクワクを隠せないメルさんは俺の手を巻き込みながらブンブンと手を振り歩き始める。

 シェフィリアさんは少し遅れるように付いてくる。目が怖いって。

 しょうがないなぁ。



「シェフィリアさんは左側を守ってくれるのですか?」



 俺は歩きながら空いている左手をヒラヒラさせてみる。



「なっ! 川から襲われることはありませんっ必要ないでしょうねっ」



「じゃあ……メルさんと右側をお願いしますね」



「そ、そうですか。仕方ありませんね。べ、別に守らないとは言っていませんからっ」



 そう言うと、メルさんの隣に並んだ。

 空いている右手をチラチラ見ているが行動に起こせない感じだ。

 もうひと押しか。



「歩きなれた森でも油断すると迷うと聞きます。お互い逸れないように注意しましょうか」



「うむ。そうだなっシェフィ手を」



「っ……宜しいのですか?」



「以前も言っただろう?」



「は、はい。メル様///」



 まったく世話が焼けるんだからぁ。

 こうして手を繋いだ3人で仲良く渓流を目指す。


 メルさんの歩幅は少し狭い。

 自然とゆったりと歩く陽光の森は、より青々しく輝いて見えた。



 ◇



 長閑なハイキングコースのようにも見える森の小道。

 キラキラと木漏れ日が揺れ――



「あああ? うわあ! ああああぁぁ」



 いや、違うな。正確には揺らしている。

 叫び出しそうな心臓の高鳴りも目の前の光景によるものだ。


 ビュンビュンと木の枝が魔法で付与してもらった風の鎧に掻き分けられ、目の前を通り過ぎる。

 そのスピードに周囲の枝も揺さぶられ、激しく揺れているのが見える。


 そして俺はシェフィリアさんにお姫様だっこされながら高速で移動している。


 いや……違うんだ。

 恥ずかしさは、とうの昔に飛んでった。

 しがみついているだけで精一杯のアトラクションは予想してない。

 想像していた渓流釣りはこういう感じじゃない。

 こんな爆速で行くような場所じゃあないんだ。


 喋れば舌を噛みそうな、生身剥き出しのジェットコースターにそんな思いは言葉にできなかった。



「なぁシェフィ。そろそろ交代ではないか?」



「前方1時。揺れます。強く掴まってください」



「えーいもうっ 『الرياح ياناغي【柳風】』」



 進行方向に見えたホブゴブリンの群れは何かに押されるように激しく尻餅をつく。

 突然の事に驚愕の表情の1団。

 その上をスピードを落とさず颯爽と駆け抜ける。


 こんな状況になったのは歩き始めて数分後。

 今日のプランを話していると、最初に俺が白犬達に会った場所は『雷鳴山の入口付近だろうからこの速度なら5時間ほどかかる』と告げられた。

 つまり山道約20km。

『流石に今日そこまでは行かないかなぁ』と考えていると、続いて『走れば20分ぐらいだ』とのこと。


『えっ20kmを20分って……』と考えている内に『我がだっこしようっ!』『っ! ぐぅ! ここは私がっ』とどちらが俺を運ぶかの言い合いが始まり、『えーい交代制だっ』となり今に至る。



「ズルいぞ。シェフィばっかりっ。我もだっこしたいぞ!」



「メル様。まだ時間になっていませんので悪しからず」



「むむむ」



「コイズミ様。石組みがあります」



 ジェットコースターから下ろされると若干ふらつきながら見回す。

 あぁ見覚えがある。もう3週間ほど前になるのか……懐かしい。


 謎肉を焼いた場所で、白犬達と分かれた場所でもある。

 その場所はまるで時間を止めたように、あの時のままの姿を残していた。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 青々とした木々の隙間から木漏れ日が差し込む。

 爽々とトロ場に白泡が消える。

 騒々と舞う羽虫に喚く夏虫。


 木々のざわめき、響くせせらぎ、虫の声。


 ピンと張り詰めた緊張感。それらの音はもう聞こえない。


 流れ込みの上流から川の流れに任せ、糸を送る。

 目印を追う。しかし囚われず。


 糸を緩めず、適度な張り。しかし流れに逆らわず。


 水面に影を落とさず、魚影を追う。

 大岩から落ち込みへの流れは白泡に紛れ、トロ場に進むは大胆に。


 静寂から一瞬の違和感。


 くんっと感じる重さ。合わせる手首は細かくシャープに。


 ぐぐんっと曲がる竿先。水面が弾ける。


 大きく弧を描く竿。

 伝わる振動に竿先が跳ねる。


 魚影が踊り飛沫が飛び散る。

 ぐんっと変わるベクトル。慌てず竿を送る。


 岸に寄せる時こそ慎重に。竿に任せず、自ら下がる。


 起こす竿、差し出す手網、映る姿は淡赤色。


 網に感じる躍動。


 ふぅと一息。

 せせらぎが耳朶に触れる。

 そして歓声が聞こえた。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「見事なものだなっコイズミ殿っ! まるで熟練の狩人ハンターのようだったぞっ」



「いやいや。活性がすごく高いから今が狙い目ですよ。ほらっメルさんもやりましょう」



 中々釣れなかったメルさんへのレクチャーはこれで終わり。

『よーし』とメルさんがカチッと竿に付いているボタンを押す。するとシュッと竿が伸びる。

 大体1mぐらいだったものが、4mほどになった。


 これは単純なオルタネートスイッチでサイトンさんに頼んだお手製。

 構造は中に仕込まれている魔石が押されて竿に触れただけというシンプルなものだ。

 実は小太刀の柄にも同じ細工がされている。こちらは伸びる訳ではないが。


「よしっまずは上流からだったな」



 俺の拙い見本を参考に竿を振り始める。

 いいね。様になってる。



 ◇



「わっわっ! きたぞっ」



 何投目かの流しの後、その声に振り返ると慌てふためくメルさんの姿。



「ああっ落ち着いてっゆっくりですよ」



「う、うむ。ほっ。わっ」



 魚の動きに翻弄されながらも上手く寄せている。

 まぁ糸がすこぶる丈夫だから無理してもいいが、こういう駆け引きも釣りの醍醐味の1つだと思う。


 格闘の末、無事釣り上げる。



「でっかっ! これ相当大物なんじゃないですか?!」



「やったっやったよっコイズミ殿!」



『すごいすごい』と手を取り、はしゃぐ。

 メルさんは網から少しはみ出るほどの大物を釣り上げた。


 手を十分に冷やし持ち上げる。

 手尺で45cmほどでドッシリとして肉厚。

 そして立派なモヒカンのようなヒレ。


 暴れる力は強く、針を外すにも一苦労する。

 エラから口へ草の茎を通して持ち手を作り、メルさんに手渡す。



「ありがとうっ! あぁなんという達成感だっ。釣りは楽しいものなのだなコイズミ殿!」



「あはは。そうでしょう? でも魅力はこれだけじゃないんですよ」



 一人で黙々と釣るのもいいが、俺は皆とワイワイ楽しみながらするのが好きだ。

 だからこの仕掛けは3人分作ってある。

 今、手元に2本ありメルさんが1本使っているということは、そう。

 シェフィリアさんは1人、下流で水魔法での捕獲を行っている。


 仕掛けを説明した後で『わ、私は後で結構ですっ』と断られたが、遠くから見る限り苦戦しているようだ。



 ◇



「ふふっ苦戦しているようだな。どうだ? 我は大物を釣り上げたぞっ」



『にへへ』と大物のロショオを見せびらかすように掲げる。



「お見事です」



 めっちゃ不機嫌だよっ これを不機嫌って言うんだよっメルさーん!



「し、素人には難しいと申し上げましたっ」



 ほらぁ何も言っていないのに、睨まれた。


 調べた所、ロショオなどの川魚はマナの動きに敏感らしく、魔法なんかを感知するとすぐに逃げてしまう。

 また川の水から根こそぎ捕ろうとすれば、強すぎるマナにやられ身がボロボロになってしまう。


 つまり『気取られないように素早く優しく包むように捕る』のが肝心とのこと。

 俺には無理ゲーに聞こえた。



「シェフィリアさんもやってみませんか?」



「いえっ私はっ……その……」



「餌なら付けますよ。試してみません?」



「え……なぜそれを」



 まぁ手袋着けてるし。潔癖症の人だっているしさ。

 ルアーやフライはやるけどエサ釣りはやらない人だっている。

 自分の好きなスタイルで楽しめるのも釣りの懐の深さだ。



「生き餌は苦手な方も多いですから。さぁどうぞ」



「……お心遣い痛み入ります。それでは全身全霊で殺らせていただきます」



 竿を受け取った黒手袋が『キュ』っと音を立てた。


 殺る?! あれっなんか思っていたのと違うっ

 気合入れすぎだって。


 えぇっ勝手に竿が6mぐらいに伸びてるんだけど。

 一斉に周辺がザワついた気がした。


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