37:この形態の名前は
「この形態の名前は『セルロースナノファイバー』といいます」
「せるろーす? なのふぁ?」
「簡単に言えば、木刀をものすごく細かくしてから、再度固めたんです」
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ディーツーから貰ったヒラメキは、この『セルロースナノファイバー』と言われるバイオマス素材だ。
その名前の通りナノサイズの繊維の集合体で、特徴としては細かい繊維が密接に結合するから軽くて硬くてしなやか、熱変形にも強い。
鋼鉄の1/5の重さで強度が5倍なんて謳われてたりする。
ただ鋼鉄にも沢山の種類があるし、かなり強度が高いものもある。
だから評価されるのはそこだけではない。
これは原材料が植物資源だから色んな植物から作れて、環境負荷も少ないっていう所が優れモノ。
さらに樹脂に混ぜることで強度を上げたり、様々な特性を与えるというバフ効果持ち。
今回の金属アレルギーを起こさない案件にうってつけであり、金属や樹脂に変わって台頭するかもしれない夢の素材だ。
ただし課題もある。
繊維を安定してナノレベル、つまり1mの10億分の1というサイズにまでしなければならない。
当然、製造コストや大量生産がネックになる。
まさに『言うは易し行うは難し』というやつだ。
◇
ディーツーに沢山のお土産を渡した後、俺は繊維を細かくする方法を探していた。
魔道具屋を探せば食材用のミキサーは見つかったが、都合よく攪拌するスターラーや超音波振動を起こせる魔道具があるわけもなく、ましてやTEMPOなんて作れないから触媒酸化が出来るわけない。
つまりだ。まだ全然要素が足りていない。
店を回って調べても、なにも目星いモノは見つからない。
少し疲れた俺はメインストリートのベンチに腰を下ろした。
少し暑さを覚える往来では、木陰になっているその場所は絶好の休憩所。
『ふぅ』と息を吐き、肩の力を抜く。
思いつめても何も解決しない。
よく言うだろう? 緊張と緩和が大事なんだと。
そうベンチの隣に丸まって寝転ぶ、『翼の生えた猫』に目線で問いかける。
「にー」
気だるそうに返事を返す猫の隣で、徐ろに『倉庫』から10級魔石を取り出す。
こんななりだがこの猫はれっきとした魔獣だ。魔石を消化できる器官を持っている。
ということで……おっ目が見開いた。
「にーぃ?」
「はいどうぞ」
手のひらに乗せて差し出すとトコトコと近づいてきた。
そして魔石を器用に咥える。
「にー」
「どういたしまして。良い毛並みですね」
「にぃ」
真横で丸くなった所を撫でさせてもらう。
どうやらこの猫は長く伸びた耳の後ろ辺りが好きなようだ。
俺も含め次第に落ち着いていくのを感じる。
しかし朝から色々あったなぁ~。
にゃんこ先生にボコボコにされるわ、診療所で変な勘違いをされるわ。
あぁそうだ。『倉庫』の追加機能も検証したい。
折角だ。色々溜まってしまった物を整理するか。
◇
それはある程度倉庫内の整理整頓を終えた後、『先端の欠けた木刀』と『木刀の先端』を『組立』で元に戻るのか確かめていた時だった。
先端を移動させてくっつけても、『組立』ボタンを押しても、くっつかないことを確認した。
まぁそりゃ無理だよなと『解体』で元に戻そうとした時、ケット・シーが翼を広げて伸びをした。
『おっと』と左手を退かす時に、不意に『解体』ボタンを連続で押してしまった。
すると二度見したクラフトメニュー内には、こう表示されていた。
『ウッドチップ』と。
理解するのに少し時間を要した。
そしてこう思った。
『こいつはやべぇ……『収納バグ』や『設置バグ』の比じゃねぇ』と。
ケット・シーに癒されていたのが軽く吹き飛んだ。
そして恐る恐る『解体』ボタンを繰り返す。
『ウッドチップ』 ⇒ 『水』『パルプ』 ⇒ 『植物繊維』 ⇒ 『セルロース』『ヘミセルロース』『リグニン』……
そしてよく分からない成分を経て、『炭素』や『酸素』など様々なモノに分かれた。
『陽子』、『中性子』なんかが表示された気がしたが、『あっやばいやつだ』とそっと『組立』ボタンで元に戻した。
どうやら最初にクラフトメニューに入れた状態までなら『組立』で戻せるようだ。
途中で『マナ』なんて成分が出てきたが、俺はもうそんなことには驚かない。
それよりもこれは『解体と言って良い範疇なのだろうか』ということだ。
元素分解を行えるなど、明らかにディーツーは想定していなかっただろう。
この『解体バグ』は『原子レベルにまで分解可能な機能』であり、熱分解は言うに及ばず放射線分解をも超えている。言わば『分解』の極致と言ってもいい。
……これは検証のしがいがありそうだ。
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「という訳で、長時間水の中で混ぜるんです。後は形を整えて水抜きをすれば完成です」
この小太刀に使われたプレートは『解体バグ』を使って極めて簡単に作られたものだ。
それじゃ俺しか作れないし、意味がない。
だから時間は掛かるが一番手を出しやすい『とにかく水の中でかき混ぜまくる』ACC法と言う作り方をレクチャーした。
「そうかぁーだからこの感じが木材に近いんだね だね?」
どの感じか分からないけどステナさんは納得しているようだ。
「そんなことで……こんな素材が? いいのか? 作り方まで教えちまって」
「いいですよ。でも、実はまだ先があるんです」
「なになに? せんぱい! 勿体ぶらずに教えてよ」
マルテさんは興奮した面持ちで先を促す。
「先ほど、これの元は『木刀』だと言いました。なんの変哲もない木材です。これがもし、マナの豊富な植物やマナの吸収効率が高い植物を使ったらどうなるでしょうか?」
「「あぁっ!」」
「……マナを豊富に含んだ硬くて軽い材料が作れるかもしれない? そうなら高級素材にも引けを取らない! 武器も防具も、建材もだよ。パパ! これは大革命だよ?!」
「おい! 製造業がひっくり返るぞ! とんでもねぇ話聞いちまったぞ!おい?!」
「せんぱい! ねぇ大丈夫? その話聞いちゃって大丈夫なの? ほんとのほんとに怖い人達来ないよね?」
やっぱり職人一家。
この素材の持っている可能性とそれが齎す経済効果をすぐ理解してくれた。
「ははっ安心してください。言うほど簡単には作れないので。それに大量生産するには莫大なコストと時間が掛かると思いますよ」
「あ、あぁ……確かにそうだな。細かくしてから長時間混ぜるって言ってもな。魔法でやるにしても魔道具でやるにしても、一体どんな設備が必要なんだか」
「うーん。世の中そんなにおいしい話はないってことだねぇー。マルテも1つ大人になったねっ ね?」
「あたしもう今日から大人だよっ」
簡単に実現できるものではないことも理解が早い。
助かる。
さぁここからは交渉だ。
「『ギルドに2つの低級クエストを出すだけで、生産ができる』と言ったら信じてくれますか?」




