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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第2章 出張にはトラブルが起きる件について
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35:『雷鳴山の鍛冶』

雷鳴山の鍛冶(フルグライト)


 闇曜日は休日ということもあり、予約客のみならず武器のメンテナンス依頼や祝福の言葉とちょっとしたプレゼントを贈る近所の親しい人達が訪れていた。

 晴れて成人となった若者を祝福し、その行く末に幸多からんことを願う。


 そう。今日はマルテが15歳となった喜ばしい記念日。


 しかし、当の本人は嬉しそうにしながらも、どことなく影のある笑顔を浮かべていた。

 肉親でなければ分からないような微妙な差異は、店に誰もいなくなれば表立って現れた。


 時折、今は本が置いてある場所に視線を送る。

 その場所に置いてあったはずの武器達は、一昨日の内に自身で片付けた。


 小さく息を吐くような『ふぅ』という静かなため息が誰もいない店内に溶ける。


 ただ、自身の気持ちが片付けられていないままの刃欠けしたような心は、ため息のようには簡単に溶けていってはくれない。

 そんな気持ちを誤魔化すように、クルクルと愛用のナイフを回していた。



 ◇



 何の気配もなく突然ドアが開いた。



「こんにちわー」



「あっ! いらっしゃいませっ」



 その気配の全く無い客は予約の時間通りに現れた。

 急いでナイフを隠すがきっとまた見られていたことに苦笑いする。



「あんた。あの迷宮技師ダンジョニアだったんだね」



「えぇ。何故かそうなりました」



「弱そうだなんて言ってごめんねっ」



「いやいや。弱いのは事実ですから」



 この謙虚な客が今話題の迷宮技師ダンジョニアだと知ったのは昨日。

 お父さんが代わりに書いてくれた予約表に『コイズミ』と書いてあったから。


 そして勉強の為に魔物図鑑を買いに行った書店では、この人が作ったゴロックトラップの特集が雑誌の表紙になっていた。

 あんなに弱そうで話しやすい人なのに、実はすごい人なんだと知ってその雑誌も買ってしまった。

 今は武器の置いてあった場所に図鑑と一緒に並んでいる。



「……武器は片付けたんですね」



 チラッとそこを見たあとに、言いづらそうに聞いてきた。

 少しだけ沈みそうになる心をぐっと持ち上げて笑顔で返す。

 あたしはもうそんなことじゃ動じないんだ。



「どっちの意味でも売れないからねー。さぁっ依頼を聞くよ」



「実は……大変申し訳ないのですが、急ぎの依頼なんです。今日中に欲しいんです」



 謙虚だと思っていたのに、『申し訳ない』を全然申し訳なくなさそうに言ってる。

 どちらかというと怪しい。何か企んでいる感じ。



「んー素材とか内容によるけど、今はお父さんが忙しいから厳しいと思うよ」



「素材は持ってきてますし、マルテさんに作ってもらえればと」



「それはっ……だめだよ。それはだめっ。あたしはもう作らない。約束だもん」



「今日まで、なんですよね?」



「気を使ってもらうのはありがたいけど、そういうのはお断りっ もう諦めたんだからっ」



 きっとこの人は優しい。

 川辺にも追ってきてくれたし、話も聞いてくれた。

 何よりも武器を作ることに対して、大切なことを気づかせてくれた。


 でもその優しさは今は苦しいだけ。辛くなるだけ。

 きっとそんなやり方で作った武器は、お父さんは喜ばない、認めてくれない。


 何より、あたしが許せない。

 あたしの作った武器が原因でこの人が傷ついてしまったら、ほんとのほんとに最悪。



「じゃあなんでまだそのナイフを持っているんですか? 一緒に片付けなかったんですか?」



「っ! ……こ、これは護身用」



「護身用にしては随分と気に入っているんですね」



「いいでしょっ 別に! 関係ないでしょっ」



「客として依頼に来てるんですから関係はありますよね」



「もうなんなのっ? これはあたしの問題なのっ」



「『鉄は熱いうちに打て』という言葉があります。その熱は……もう冷めてしまったのですか?」



「……」



 ◇



 思い返せば最初に鎚を持たせてもらったのは10歳の時。

 学校から帰ってきて仕事場に行くと、お父さんの打つ時のマナの花火が綺麗でじっと見ていたのを覚えている。


 そしたら『打ってみるか』と言われて、一度だけ叩かせてもらった。

 鎚の重さを、鉄の放つ熱を、『カツン』と叩いた感触を今でも忘れられない。

 それからはお父さんの仕事を少しずつ手伝うようになった。


 初めて見よう見まねで作ったナイフはすぐに欠けてしまった。

 お父さんはほとんど何も教えてくれなかったけど、何度も何度も見せてくれていた。

 熱いうちに何度も鍛錬しないと柔軟にならず、脆くなってしまうことを。


 その奥の深さに鍛錬が好きになった。

 段々と形になっていく研削も磨きも大好きになった。


 そして次に出来たナイフは折れなかった。

 お父さんに初めて褒めてもらった。

 それからあたしのお気に入りになった。


 これはあたしの宝物だ。片付けることなんて出来ない。


 それを会ったばかりのこの人は見透かしている。

 その上で問いかけてくる。


『熱は冷めたか?』

 ……冷めてない。

 作り上げていく楽しさに比べたら、可愛い服も宝石もあたしには響かない。


『熱は冷めたか?』

 ……冷めてるわけない。

 今もこの手に残った感覚が叫んでる。


『熱は冷めたか?』

 簡単に冷めるわけないっ

 この心に宿った炉火(ほのお)は簡単に消えやしない!


 あたしへの初めての依頼。

 でも今日で最後っ これで最後!

 せめて精一杯やりきろう!



 ◇



「……依頼を聞かせて」



「この素材で作って欲しいんです」



 そういってお節介で優しい客は、どこからか透明なプレートを取り出した。

 ガラスのような見た目。



「これって……ガラス? いやもっと硬い。 クリスタル?」



 その不思議な素材を持って軽く叩くと、重さや見た目より硬質な音が帰ってきた。



「マナを通せますか?」



「んっ……えっ! すごく通しやすいっ なにこれ……」



「後必要なのは成形と研削だと思います。時間もそんなにかからないですよね?」



 そう。その通りだ。

 でも、この素材はなんだろう。この硬い素材は普通じゃない。


 軽くて硬くてマナを通しやすいなんて素材は高級素材ぐらいしか聞いたことがない。

 こんな素材はどんな武器になるんだろう。あぁワクワクしてきちゃった。



「長さや形状なんかは全てお任せします」



「これで何を作ればいいの?」



「依頼内容は……」



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「コイズミあんた。マルテに何を言ったんだ?」



『目の色変えて、研削を始めたぞ』とサイトンさん。

 仕事場から追い出された感じの格好で出てきた。



「素材をお渡しして依頼をしたんです」



「あぁ……それで『最後のワガママを聞いてくれ』なんて言ってきたのか」



 そういって苦笑いを浮かべた。



「マルテから聞いたのか……巻き込んじまって申し訳ない」



「いやいやそんなことは……なぜ鍛冶を継ぐのに条件を出したのですか?」



「そんなことまで言ったのか。はぁ。また親バカだと言われちまうな」



 一層と苦笑いを濃くしながら頭を掻いた。



「ステナ……嫁とも相談したんだがな。あの子は俺が言うのもなんだが嫁に似て器量好しだし、魔力も高いから魔法学園に行ったっていい。鍛冶屋じゃなくても色んな可能性がある。色んな世界を知れる」



『発想は幼稚だが鍛冶は天才的に上手い』

『炉の調整はまだまだだがマナ操作が上手い』 

『煮物はイマイチだが卵焼きが美味い』 

『少し言葉が荒いのが玉に瑕』



 照れながらも娘をベタ褒めする言葉。確かに親バカだが悪いこととは思わない。

『可能性を潰したくない』と誰しもが思う気持ちが伝わってきた。



「でも継がせたいって気持ちもあるんですよね?」



「そりゃあな……この腕を見てくれ。長くやってると鍛冶屋の腕はこうなっちまう」



 そういって長手袋を外して右腕を出した。

 そこには火花による火傷、放射熱による低温火傷、或いはその両方が繰り返されることによって日焼けのように変色した皮膚が広がっていた。


 これは紛れもない職人の腕だ。弛まぬ努力の足跡だ。



「鍛冶屋の勲章とでも言えば聞こえはいいが、あの子はまだ若い。でも自分の行き先は自分で選べる賢い子だ」



 そして確かめるように腕を摩った。


 そうか。娘の身も案じていたわけだ。

 その上でなんとかお互いに納得できるような条件を出した。

 やっぱりいたずらに娘の夢を閉ざしたいわけではなかった。


 でも、甘いぜサイトンさん。

 あの隅っこに置いてある魔物図鑑には見覚えがある。だから材料を託した。


 いつだって弟子は師匠の想像を超えていくものなんだ。



 ◇



 暫く置いてあった雑誌に目を通していると、小さな鍛冶師が奥から出てきた。

 布に包まれた物を大事そうに両手で持って。


 前掛けの切粉を払うのも後回し、額には汗が浮かび、そしてなにかやり遂げたような清々しい顔をしていた。

 対照的に受付をしていたサイトンさんは心配そうな浮かない表情に変わる。


 その布は目の前の台に置かれた。

 マルテさんの表情からはワクワクと緊張が混ざった感じが伝わってくる。


 そして意を決して覆っていた布を開きながら高らかに宣言する。



「出来たよっ これが依頼品【――」


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