34:わたしは怒っていますっ
「わたしは怒っていますっ」
そう目の前のディーツーから告げられた。
確かに顔全体で怒りを表現している。具体的には大きく頬を膨らませている。
とりあえず昼休みが終わって皆なんとか戻ったし、服を着ようとしていた。
そしたらいきなり白い光の中から大学卒業生風のディーツーが現れた。
黒い服に四角が付いた帽子……あんまり馴染みがない格好だ。
『コイズミさん! 無事ですかっ』
『えぇっ?! ディーツーさん?!』
『へあ? あぁ! す、すみませんっ お着替え中とは知らずっ』
ってな事が有ってからの『怒っています』だから、非常にリアクションが取りづらい。
聞いて欲しそうだしほっぺたが辛そうだから聞いてあげよう。
「なぜ怒っているのですか?」
「あの猫の人ですっ! あんなにコイズミさんを叩いて! わたしは何度も『消滅』させようと掛け合いましたっ!」
えぇ……過激だなぁ。
それをやれるだけの能力がある事がまた……
「でもケーヴィに止められましたっ! 『大丈夫だから』って! 痛いのに大丈夫も何もないのですぅ!」
「そうですか……ディーツーさんにも心配かけてしまいましたね。すみません」
「そ、そうですっ! コイズミさんにも……その……怒っているのですっ」
またも『むー』っと頬を膨らませて、怒りを表現している。
指で突っつきたくなるかわいさ。
「コ、コイズミさんは無茶をしすぎますっ! 小さな虫も大きな虫も怖かったのですぅ! ハラハラするんですっ 胸がぎゅーってするんですっ でもっ顔を見たらなんだか怒る気も無くなっているのですっ よく分からないのですっ!」
「ははっこれからは気をつけます。ちゃんと逃げるようにしますね」
「ほ、ほんとですか? 絶対ですよっ」
満足したのか、大きな身振り手振りが収まる。
そしてその卒業生はふーっと息を吐いた後『ではっ定時連絡をしますねっ』と胸の前でパチっと手を合わせ空気を変えた。
「指輪のアップデートを行いましたっ すっごく大変でしたっ 以前お伝えしていた通り、倉庫内での解体と簡単な組み立てが出来るようになりました。 見てみてくださいっ」
「『倉庫』 あぁ……何か枠が増えていますね」
「そうなんですっ そこに物を入れるとメニューが開きますよっ」
「じゃあ……『範囲』 『収納』」
さっそく目の前のテーブルと水差しなんかを『収納』してから、ドラッグして枠に入れてみる。
すると『魔道具の 乗った ルナット材のテーブル』という表記と共にメニューが開いた。
似ているとしたらCADのアセンブリーモードというか、何かクラフトメニューと言ったらいいのか。
物ごと個別に移動させることができるようだ。後は『解体』と『組立』ボタンが表示されている。
じゃあとりあえずコップだけ移動させ取り除く。
表記が『冷気グラス』 『給水の水差しの 乗った ルナット材のテーブル』と変化した。
それじゃ次は『テーブル』を取り除く。
『給水の水差し』 『冷気グラス』 『ルナット材のテーブル』に分かれた。
「あっ使い方上手ですねっ そこで組立ボタンを押してみてください」
ポチッとな。
すると分かれていた物が自動で組まれ、表記も『魔道具の 乗った ルナット材のテーブル』に戻った。
「次は解体ボタンをお願いしますっ」
こりゃ楽しくなってきた。ポチッとな。
今度は先ほど手動で操作したのと同じように、自動で個別に分かれた。
「ど、どうでしょうか? 倉庫内の整理整頓がすっごく楽になりますよねっ?」
「これは本当にすごいですね。この短時間でよく……」
俺は戦慄を覚えた。
……何がすごいって『表示される』って所だ。
今までは物を認識しているわけではなかった。
それが解体や組立を行う上で、認識させる必要があったことまでは理解できる。
でもそれを行う場合、その物が『何か』を識別しなければならない。
そしてこの世界に数多ある『何か』を識別し、その『状態』まで表記させる。
これは最早、人の成せる技ではないと思う。
この世界の人の言葉を借りれば、『神器』と呼ばれるレベルではないだろうか。
「ふふん。わたし仕事は早いんですからっ! それに今のわたしはルーン博士ですっ! あっじゃあじゃあ! が、頑張ったので褒めてくださいっ」
ルーン博士? あっ卒業生じゃなくてその服は博士?
確かにそれも博士だけど、日本じゃネクタイに白衣ってのが定着しているように思う。
ちょっと惜しいなぁ。この感じは『おっちょこ卒業生』だな。
「流石ですね。よっルーン博士っ」
「な、なんか違いますっ もっとこう褒め方があるじゃないですかっ」
四角の付いたの帽子を取って、黒髪を寄せてくる。
「ふふっ。はい。頑張りましたね」
リクエスト通り優しく頭を撫でる。
「ふわぁ……こ、これは癖になりそうですぅ」
『頭蓋骨の形が綺麗だなー』と思っているとそんな小さな呟きが聞こえた。
こんなことでそんなに喜んでくれるなら、いつでも撫でてあげようじゃないか。
◇
昼時の広場は賑やかというより、少し騒がしいぐらいだ。
所狭しと並べられた露店の数々。呼び込みや客の値引きの声。
交易品を売る露天に怪しい魔道具を売る露天商。
そしてカフェの移動販売に串焼きやフルーツの屋台のいい匂い。
どこか夏祭りを思い起こさせるような賑やかさは少しだけ懐かしさを誘う。
「うわぁ すごいっ すごいですねっ」
先程から目を輝かせて、そのおっちょこ卒業生は『すごいっ』を繰り返している。
『何か食べさせてもらえませんか?』と申し訳なさそうに言うので、『いいですとも』とおやじさんの食堂【白狼】に向かっている。
「コイズミさんっ! わたしこれが食べたいですっ」
そう突然指を差すのは串焼き。
うまいものって言ったらおやじさんの料理が真っ先に思い浮かんだけど、ディーツーはどうやらいい匂いに釣られたようだ。
このおばちゃんの串焼きは俺も何度か食べたが、かなり美味しい。
他には焼き鳥やつくねなんかも扱っていて屋台にしてはメニューが豊富なので気に入っている。
「串焼き2本下さい」
「あいよっ! おっ! 兄ちゃん今日は可愛い子連れてるね。それに珍しい服だね」
「あー……妹なんです。遠く離れた地元の伝統服なんですよ」
「い、妹っ! そ、そうなんですっ!!」
「そんな遠くから来たのかぃ! じゃあ可愛い嬢ちゃんには、つくねをオマケだっ」
手際よく焼いて、つくねをオマケしてくれた。
「ありがとうございます。ほら熱いから気をつけて持ってくださいね」
「は、はい。あ、ありがとうございます」
その服には抜群に似合ってないが、串焼きとつくねを両手で持って目を輝かせている。
ぴょこぴょこと跳ねるように歩く様子があまりに楽しそうなので俺も嬉しい。
ベンチに腰掛けると早速一口。
歯ごたえのありそうな肉質に荒塩のワイルドな見た目。でも、味は抜群。
臭みも無く肉汁のソースが口の中にジュワッと広がる。
端に付いた脂身は柔かく、くにくにと形を変えながら旨みだけ残してすぐに消えていく。
うん。何度食べても美味い。
「おいふぃっ! むぐっ おいふぃですっ! んぐっ おいしいですぅぅうううう」
隣を見れば『おいしい』と食べながら涙をボロボロと流し始めた。
えっ! ナニコレ? 感涙でいいのか?
「はぁ……『美味しい』ってこういう感覚なんですねっ!」
「もしかして……食べたことないんですか?」
「はいっ初めてですっ! とても『美味しい』です」
まさか食べるということが初めて?
確かにあの白空間は生活しているとは思えない空間だった。
信じられないが、それは……本当に不憫に思えてならない。
心のどこかでは早く食わして、調べ物をしたいという気持ちがあった。
でも決めた。ディーツーに美味しいものを腹いっぱい食わしてやりたい。
串をすぐに食べ終わると、我慢できないようでつくねにかぶりつく。
「あっこっちもおいふぃ むぐっ コリコリしててっ んぐぐっ」
「あぁ! はい! 水っ」
「んぐんぐっ はぁ……40%の酸素が失われましたっ危なかったのです……でもこれも美味しいですっ つくねでしたっけ?」
「えぇ。それは肉を細かくして、もう一度形を整えて焼いたものですよ。それは軟骨が入っているのでコリコリした食感があるんですよ」
「だから串焼きと食感も違うんですね んぐっ あのおばちゃんは天才なのですねっ!」
「ふふっそうかも知れませんね」
『それは結構よくある食べ物ですよ』とは言わない。
こんなに幸せそうにしているんだから。
「まだ食べられますか?」
「うーん……これが満腹感なんですね。あと胃の60%ほど食べれそうです。でもいいのですか? オカネ」
「気にしないでください。もう好きなだけ食べていいですよ」
「ありがとうございますっ お、おにいちゃん///」
ナニコレかわいい。
何でも奢ってやりたくなっちまうじゃねーの!
思わず頭を撫でてしまう。
「おすすめの肉まんがあるんですよ。ディーツー」
「あっ! うんっ 行きましょうっ おにいちゃんっ」
顔をほころばせるディーツーは跳ねるように横を歩く。
これは本当の兄妹が夏祭りに出かけていくように見えるだろうか。
時折近づいては離れるその距離が、さっきより少しだけ縮まったような気がした。
◇
「肉まんも んぐっ 美味しいですっ ぷりふわですっ」
良かった気に入ってくれたようだ。味もぷりふわという表現も。
ここの肉まんは皮がぷりんっとしていて、中の具は甘い感じのぷりぷりふわふわ系のやつだ。
どっちかっていうと、肉まんより小龍包に近いかもしれない。
「これ一番好きですっ肉まんっ これは むぐっ つくねみたいに んぐっ 硬くないんですね ふわふわですっ」
「これは具のサイズを細すぎないようにしてプリプリ食感を残しているん……」
硬くない?
細すぎないようにして?
「あっ!」
あぁ……そうだよ! つくねと肉まんだっ!
なんで思いつかなかったんだっ
あるじゃないかっ うってつけのやつがっ!
試してみる価値は十分に有る!
これで『段取り開始』だっ
「わっ ど、どうしたんですか?!」
「ディーツーありがとうっ」
もう好きなだけ撫でてあげちゃおう。
「ふあ……ど、どういたしまして。 ふあ……何がですか?」
「いやぁお陰で悩んでいたのが解決しそうなんです。もっと食べますか? あっケーヴィにもお土産に包んで貰いますね」
「んむ? ありがとうございます? あっじゃあつくねもいいですかっ」
「いいですとも!」
はしゃぎながら店を回る2人を初夏の日差しが微笑ましく見守る。
その日、本当に美味しそうに食べ歩く兄妹のお陰で、屋台の売り上げが伸びたとか伸びなかったとか。




