表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第2章 出張にはトラブルが起きる件について
32/154

31:えっと……お腹減りませんか?

「えっと……お腹減りませんか?」



「あっはは。何言ってんの?」



 咄嗟に出た言葉は気のきかないものだったが、それほど凹んではいない様子。

 何となく気になっていた横顔は既に落ち着きを取り戻していた。

 俺も川辺に降り、隣へ並ぶ。



「……さっきはごめんね。変な押し売りしちゃって」



「いえ。私もすみませんでした」



「あんたは悪くないよ。最悪なのはあたし……受付もちゃんとしないで出てきちゃった」



『また怒られちゃう』と苦笑いした。



「……もしかしてあの剣はマルテさんが?」



「うん……自信作だったの。形は難しかったけど、鍛造も研ぎも頑張って上手に出来た。でも……言われて分かったの。持つ人のこと考えてなかったって」



 どれだけ高度な物でも、相手が求めている物でなければ無用の長物。

 それを指摘されたときに認めたくない人も多いが、この子はすぐに考え、認め、改めた。

 良い素質だと思う。



「はは……そりゃお客さん達も苦笑いだよね。あんたみたいに言ってくれた人は初めてだったよ」



 そう言って、目を赤くしたままの顔で笑顔を浮かべた。



「これで決心がついた。『魔剣鍛冶』は諦める」



「えぇっ?」



「あっ。あんたのせいじゃないよ? あの剣を持ってやられちゃったらほんとのほんとに最悪だからね。それに元々明後日までの約束だったから」



 いや、流石に夢を諦めさせるってのはちょっと……

 食い気味にどういうことか聞くと、溜まった想いを吐露するように少しずつ話してくれた。



 ◇



 鍛冶屋『雷鳴山の鍛冶(フルグライト)』はその腕を見込まれて、遠くからでも依頼が届けられる。

 剣に始まり、斧に至るまで素材なんかの細かな要望にも答えてくれると評判らしい。


 14歳の誕生日、突然鍛冶を継ぐ為には『俺を唸らす逸品を作れ』という条件を出されたこと。

 でも難しかったようで、途中で『製作依頼を達成しろ』という緩和案も追加してもらったこと。

 それでも半年が過ぎ、もう期日はマルテさんが15歳となる明後日だということ。


 それであんなに必死だったのか。

 てか、俺14歳を追い込んだのか……



「お父さんの鍛錬はマナの光がすっごくきれいなんだ。花火みたいにこう、『ぱっ』てさ」



 川を眺める隣で、手のひらで花火を形取る。

 憧憬を見つめるようなその青い瞳には夕日が射し込みキラキラと輝いていた。



『あたしはあんなにきれいに出来ない』と愚痴や喧嘩なんかの話に時々混じるリスペクトの言葉がこの親子の関係を教えてくれる。

 サイトンさんだって条件を緩和するぐらいなんだ。継いでもらいたい気持ちはあるんだろうなぁ。



「いっつも難しい案件を抱えててさ。大変そうだから、手伝ってあげたかったんだ」



 お父さんと同じように鍛冶が上手くなりたい。

 お父さんに認めてもらいたい。

 お父さんに楽をさせてあげたい。


 これが鍛冶屋の背中を見て育った、この子の想い。

 いつしか『魔剣鍛冶』になるという夢へと変わり、その夢を今諦めようとしている。


 あぁダメだ……俺ダメなんだってこういうの。

 すぐ泣いちゃう。

 でもここはぐっと我慢。

 話題を変えよう。



「今の案件はどんな難題なんですか?」



「変なこと聞くね。まぁいいか。お客さんは言えないけどね、『鉄湿疹病の起きない初心者用の細剣』なんだってさ」



 曰く、金属製の武器だと腫れや湿疹が出来てしまうという鉄湿疹病。

 上級者でなければマナを武器に通す為には、どこかが刀身の素材に触れていないと難しいらしい。

 その接触している部分に湿疹ができてしまう鉄湿疹病は、地味だが冒険者にとっては致命的な病気なのだと言われている。


 これは恐らく金属アレルギーか。

 ファンタジー御用達のマナを通しやすくて硬い素材、ミスリルやらアダマンタイトとやらも金属だ。

 魔物のドロップ品なんかは癖が強く、初心者には不向き。

 そして金属以外の素材では硬度が出にくいし、成形もしづらい。


 確かに難しい。これ……鍛冶屋の仕事か? もうこれ材料工学の分野だろ。

 お客さんのむちゃぶりはどこの世界でも起きているんだな。



 ◇



「あーなんか話してスッキリしたー。ありがとね」



 ぐっと背伸びをして立ち上がった。

 少し暗くなってきた川辺には、川のせせらぎと虫の音が響く。



「いえ、そんな……」



「あっはは。ほんとに気にしないでよ」



 そう言ってお尻に付いた砂を払う。



「これからはしっかり勉強しなきゃ。魔物を知ってなきゃ鍛冶屋の受付だってちゃんとできないもんね」



 そして不意に砂を払った手のひらを見つめた。



「それでちゃんとお洒落して、お化粧もして、可愛い服も着て、そしたら……この手も綺麗になっちゃって……」



 次の言葉は続かなかった。


 小さな右手には、鎚を振るった時にできたであろうタコ。

 それを慈しむように撫でる小さな肩が震えていた。



「あーお腹すいちゃった。帰るね」



 なんて声をかけていいか分からなかった。

 その震えている声に、足早に去る背中に、夢を諦める覚悟に。


 今度こそ俺は何一つ声をかけることが出来なかった。



 ◇



 何分そうしていただろうか。

 石に腰掛け、川を眺めている。



『ビシッ……バッシャアアア』



 大きな何かがひび割れるような音、そして大きな水音。

 遠く、橋を挟んだ反対側から聞こえてきた。


 えぇ?!


 ……なに? こっわ。


 恐る恐る様子を伺う。


 誰か倒れている……やっば。

 子供? あっあのローブはレオさん?

 急いで駆け寄る。


 近寄ると肩で息をしている。



「どうしたんですかっ? 大丈夫ですか?」



「……コイズミさん……大丈夫」



 そのまま寝た状態で答えた。

 いやいや。服もびしょ濡れだし無表情だけど顔色が悪すぎる。

 全然大丈夫には見えない。


 さっきの音と周りの状況からして、水球維持の練習をしていたようだ。

 でも、一体いつから?

 見渡すとかなり広範囲が濡れている。それこそ夕立でも降ったみたいに。


 ふらふらと立ち上がる。

 その姿は見てて危なっかしい。



「いや大丈夫そうには見えませんけど」



「いやっ……大丈夫。あっ」



 手を貸そうとして、拒否された。

 たったそれだけの動作。杖の重みだけでまた倒れそうになる。



「ほらっ遠慮しないでください」



 思わず肩を抱え、支えた。



「いやあっ……あれ……いやじゃない……?」



 何言ってんだこの子は。



「立てますか?」



「えっ? は……はい」



 いやいや。どう見てもふらついている。今にも倒れそうだ。

 ダメだ。ほっとけない。送ろう。



「ふらついてるじゃないですか。送ります」



 俺は背中を見せてしゃがんだ。

 非力な俺でも子供1人ぐらいは運べる。



「え……大丈夫……です」



「ほら、子供が遠慮しないでいいですから」



「……子供じゃない」



「ほら、ふらふらしてるじゃないですか」



「……してない」



「そうですね。ふらふらにぷるぷるも追加されましたね」



「……コイズミさんも濡れちゃう」



「だからレオさんも風邪引きますって」



「……」



 この子マジ頑固。ちょっとおんぶするだけでこの遠慮。

 このままじゃ俺が気になってほっとけないんだって。



「ふぅ……『範囲』 『設置』」



『バッシャアア』



 ……俺は大量の水を浴びた。


 浴びてから冷静になった頭で気がついた。

 なんでこんなことでこんなに苛立ち、意固地になっていたのか。


 家庭の事に首を突っ込んでいいのかという葛藤。

 どうにかしてあげたいのに『自分なんかに何ができるのか』というもどかしさ。

 そんな苛立ちが心の奥で燻っていた。



「え……」



「……はい。これでこれ以上濡れることはないです。早く乗ってください」



「なんで……」



「実は……寝ることが好きなんです。このまま帰っても、気になって安眠できないのは嫌ですからね」



「……ふふ」



 後ろから微かに笑い声が聞こえた。

 振り返る。

 その時、薄暗くなってきた村には街灯が灯された。

 遠くから柔らかい光が照らす。



「……コイズミさんは……不思議」



 そう言ってオッドアイの瞳が確かに微笑んだ。


 しゃがんだ位置から覗く顔色は今も悪い。

 でもそんな事は全く気にならなくなるような……

 儚げな天使でも見ているかのような……

 そんな神秘的な美しさに目を奪われる。



「……じゃあ……お願いします」



「え、えぇ。はい。どうぞ」



 急いで前を向き直った背に恐る恐るといった感じの重みを感じた。

 その重さはとても軽く頼りない。

 でも冷えた背中にはお互いの体温を分け合うように微かな温もりを感じる。

 それは先ほどまでの心の燻りを少しだけ鎮めていくように広がっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ