25:朝霧が立ち込め……
朝霧が立ち込め、まだ目を覚まさない町並み。
陽の光が山々をうっすらと照らすが厚い雲によって阻まれ、どんよりとした一日の始まり。
ギルド新聞の予報によれば一日曇りの天気。
往来に目を向ければ、そんな曇天の中でも農具を背負った人や翼の生えた猫を散歩させる人がチラホラと行き交う。
6時にギルド前集合と言われた俺は眠い目を擦り、のそのそと向かう。
結局気になって遅くまで眠れなかった。気持ちまでどんよりとしてしまう。
昨日屋台で買っておいたプリフワ肉まんを食いながらギルドに近づくと、ドン曇りの中にも関わらず明るい声が聞こえてきた。
「ふふっ変わっておらんな。イタズラ坊主の考える事はお見通しだ」
「いや村長、ギルド外秘だって言ってんだろ」
「我はこれからたまたまバレ坑に向かうだけだぞ? 問題あるのか?」
「あのなぁ……まさかシェフィまで呼んでねぇだろうな?」
「あぁ心配するな、呼んでない。ふふっ我の物見遊山に付き合わせるのは悪いだろう?」
聞いたことのある明るい声の主はメルさん。
長い緑髪を後ろで編み束ね、細剣を帯きシルバーの軽鎧を身に付けたその姿は凛々しく、美しく、戦乙女と言われても俺は信じただろう。
対するガノンさんは魔物素材であろう大きな剣を肩でトントンさせながら少しウンザリした表情をしている。
格好を見るといつもの執事風の服ではなく、ギザギザした鱗の付いた赤褐色の革鎧を身に付け、歴戦の戦士のような出で立ちだった。
実際2級という歴戦の戦士なんだから当然なのだが、なんというか使い込まれた装備が放つ渋いカッコ良さに感動すら覚えた。
2人の格好に比べ自分の装備のなんと頼りない事か。
軽い胸当てにグローブ、そして倉庫に入れてある槍にメルさんに貰った清浄のスカーフ。
控えめに言っても雑兵。足軽。
せめて邪魔にならないようにしよう……
そんな沈んだ気持ちを曇天のせいにしながら、足早に向かう。
「おはようございます」
「やぁ。コイズミ殿」
「おう。お前も言ってやれ。村長が付いてくるつもりだ」
「手伝ってもらえるのですか? 何かマズイですかね?」
「話が分かるなコイズミ殿は! ほらガノ坊! 観念しろ」
「いやだってお前……マズきゃねぇけどお前の功績をギルドが確認しねぇとだな…………あ゛ぁもう しょうがねぇな全く! 怪我すんなよ村長!」
「ガノ坊こそ擦りむいて泣くなよ。 ふふっその時は昔みたいに『メルちゃん』と呼んで良いのだぞ?」
「ぅ……」
年の功には敵わないようで、ガノンさんが折れた形になった。
ただ、どこか楽しそうだ。正直その信頼関係が羨ましいと感じた。
和気あいあいとバス乗り場に近づくとタイトな燕尾服のような戦服を着た人がしゃんとした立ち姿で待っていた。
長い銀髪を後ろで短く編み束ね、覗く首筋が妙に色っぽい。
その麗人が手に持つ物は簡素なクリスタルがはめ込まれたワンド。
装備を見る限り動きやすさを重視したスタイルのようだ。
その動きやすいスタイルは違う場所でも発揮されていたようで、始発の乗合バスの他にもう1台が停車していた。
見れば高速バスと書いてある。
ポカーンとしていると『社割が効きましたので』などと仰る。
つまりは『メル様の行動はお見通しです』と言わんばかりに準備万端だった。
流石にこれにはメルさんもガノンさんも苦笑いを浮かべるしかなかった。
◇
「コイズミ。しょうがねぇ。2人にも説明してくれるか?」
高速バスに揺られる中、ゴロックトラップとドスミルパの推測について説明をした。
「なるほどな。やはりコイズミ殿は面白いな! これほど興味が湧くのは久方ぶりだ! なぁシェフィ?」
「っ!……私には分かりませんっ ……コイズミ様。魔石は冒険者にとっては収入源ですが、尊ぶべき恵みであり、生命の源と考えられております。それを無意味に砕くという行為は野蛮な行いとして厭忌されかねません。ご注意ください」
シェフィリアさんには手厳しいが有り難い注意を貰った。
漁師が海や魚に感謝するように、この世界では魔石に対してリスペクトがあるのだろう。
元々無駄にするつもりはないが、気を付けよう。
そしてドスミルパがいるかもしれないと説明しても2人は全く気にした様子はなく、少し拍子抜けしてしまった。
緊張しているのは俺だけのような気がしてきた。
迷宮に行くにあたってパーティを組む流れになり、軽く戦闘スタイルについて教えてもらう。
ガノンさんは【剣闘士】と呼ばれる近接武器が主体の前衛。
メルさんは【魔剣士】。剣術に魔法も組み込んだオールラウンダー。
シェフィリアさんは【魔導士】。ただし機敏に動ける移動砲台というオリジナルのスタイル。
俺は3人から『絶対に手を出すな』と念を押された【短槍士】と言う名のただのお荷物。
バスの外はまるで俺の気持ちを代弁してくれているように、厚い雲が広がり雨でも降り出しそうだ。
◇
「ここが入口です」
「ここがか? あぁよく見りゃ不自然な段差があるな。よっと」
『ザシュッ』
「ふむ。本当に岩盤をくり抜くとはな。はっ」
『シャッ』
「それでは手筈通りに。コイズミ様お願いします。フッ」
『ドムッ』
……なんだこの人達。
会話中でも武器をひと振りするだけでミルパが消えるんだが。
明らかなオーバーキル。特に後方からサポートしてくれていたシェフィリアさんがワンドを鈍器として使っているのにはドン引きだ。
鈍く重い音が怖すぎる。
ここに来るまでに迷宮主が出現中ということもあるのか、1階層でも一昨日に比べかなり魔物が多かった。
そのせいか迷宮に入ってから『大丈夫だぞ』とメルさんが手を繋いでくれている。
『いや過保護過ぎませんか?』と初めは気恥しい気持ちが優っていたが、ミルパが至る所から出てくるとそんな気持ちはすぐに消えていった。
こういう感じの映画を見たことがあるが、実際に体験すると恐怖以外の何物でもない。
そんな魔物をいとも簡単に屠っていく姿には、驚きを通り越して憧憬を抱いてしまった。
ただ、メルさんと繋いだ手に後ろからなんかすごい視線を感じたのも恐怖以外の何物でもなかった。
◇
「では開けます。少し離れてください。『範囲』 『収納』からの『設置』」
『バシャア』と水音。
俺は開けた入口に大量の水を出した。
「ほぅ。手際がいいじゃねぇか。こりゃ珍しい魔法だな。ユニークスキルか」
「撃ちます。『دع الضباب يجمد العدو【銀氷霧】』」
続いてシェフィリアさんが坑道の淀みが透き通るような詠唱。
ワンドの先端から光の粒が湧き上がる。まるでそれ自体が意思を持っているかのように周囲を漂った。
すると水浸しとなっていた床から霧が出現し、入口から奥に入っていく。
5秒ほどすると『ベキッ』という音がした。
その後、強烈な冷気が入口から漂ってくる。
キシキシと小さく不快な音がしていたが、それを境に全くの無音。
白いモヤの流れ出してくる入口はそこだけ世界が変わってしまったような異質な感じがする。
ナニコレ! 氷魔法つっよ! こっわ!
俺が水を出しただけの連携魔法の凄さに息を飲む。
「音が無くなりましたね……」
「あぁ。衰えちゃいねぇようだな」
「流石だな。シェフィの冷却魔法はいつ見ても綺麗だな」
「……恐れ入ります。コイズミ様の水のお陰です。さあ参りましょう。【光球】」
少し頬を赤くしたシェフィリアさんは、そそくさと魔法で光源を掲げ、中へと促す。
「こりゃあすげぇな! おい!」
「あぁただの一日でこれを作ったとはな!」
「さっむ!」
先に入った2人は大部屋に感嘆の声を上げた。
披露したかったゴロックトラップが褒められて嬉しいのだが、滅茶苦茶寒い。
ガタガタと震えながら奥を見渡せば、幸いと言っていいのかドスミルパの姿は見えない。
部屋は所々に氷柱が垂れ下がり、壁や床にはミルパが縫い付けてある。
否が応でも凍りついている大量のミルパに目が行ってしまう。
動きを止めたとはいえ、この量に一度に来られたらと思うとゾッとするな。
「ドスミルパは……いませんね」
「ああそうだったな。むーん……この感じは……」
メルさんが腕を組み何か思い悩んでいると、黒い霧が集まり横の壁からゴロックが出現した。
そのままガツガツと凍った凸凹の段差に引っかかりながらもゆっくりと下っていく。
「あーええと。今は塞いでありますが、通常はこの部屋で出現したゴロックは穴から……えっ?」
良いタイミングなので説明しているとゴロックは穴に落ちた。
塞いだ岩が無くなっている?
「ん? 落ちたぞ? 空いてるじゃねぇか」
「いや、岩で塞いでいたはずなのですが……」
「ミルパが砕いたのかも知れぬな」
「ミルパのマナ食性は主に魔石ですが、鉱石も摂取します。鉱脈から採取した岩であれば、その可能性は高いと思われます」
「あれ……おかしい」
「コイズミ様、メル様はあくまでも可能性が高いと……」
「いやそうじゃなくて音がしないんです! 落下した音が!」
俺の声に全員が訝しげに落下穴に注目した。
どういうことだ? 途中で詰まった? いやそれでも接触音がするはず。
悩んでいると再度ゴロックが出現した。
ゴロックの出現サイクルも早い……?
いや。こういう時は落ち着いてまずは現状把握。
『確認のため停止させる』だ。
「『範囲』 『設置』」
俺はすぐに落下穴を塞いだ。
ただ、言いようもない嫌な予感がする。鼓動が早くなる。
次はどうしよう……? 下の処理部屋も見てみるか?
「どうやらドスミルパは下にいるようだぜ?」
「ガノ坊も気がついたか。遠くに大きなマナがあるな。ただ、ドスミルパにしては……」
「なんか変だよな? コイズミ。確か階段があるんだな?」
「え、えぇ。こちらです」
「おいおい。こっちも塞いであるのか。んじゃシェフィさっきのやつもう一発やっとくか?」
「コイズミ様の説明では、階段でかなり下るので効果は薄いでしょう」
「それもそうか。めんどくせぇがチマチマ倒していくか」
作戦も決まったようなので、螺旋階段の入口を開ける。
先頭からガノンさん、メルさん、俺、殿をシェフィリアさん。
処理部屋に近づくにつれ、寒さが薄れ息苦しさと蒸し暑さが増してきた。
気にせず先頭の2人はミルパを切り捨てながらガンガン進んでいってしまう。
俺も慌てて清浄のスカーフを装備して後を追う。
螺旋階段を滑るような速度で降りていた2人は処理部屋の入口で足を止めた。
遅れて魔法の光源が部屋の奥を照らし出す。
「おい……なんだありゃあ……」




