19:一仕事終えて足取り軽く
一仕事終えて足取り軽く、もう少しで観光ルートとの分岐まで戻った。
『ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン』
「ああああああああああ!?」
心臓が飛び跳ねる。
坑道の奥の方から何かが爆発したような音が反響する地響きと共に聞こえてきた。
少し遅れて台風かと思うような空気の奔流が襲う。
やっば!
急いで分岐を曲がり、出口に向かい駆け出す。
粉塵が巻き上がり視界を遮る。
元々ライトアップされていた幻想的な洞窟は不気味な魔窟へと変わっている。
走りながら粉塵を吸わないように腕を口に回す。
くっそ! 周りが見えねえ!
『さっきの爆発音はなんだ?』『本当に出口に向かっているのか?』『暗い、こわい、くるしい』
驚きと恐怖に思考もままならない。
『“必ず”土産話をするんだろ!』
ほんの少しの強がりを頼りに、前を見据える。出口であろう方向にがむしゃらに走る。
生きるために。それしか出来ないんだから。
――奥に薄明かりが見える!
…………遠い!
微かに見える希望を目指し、ひたすらに走る。
◇
僅かな明りを頼りに力を振り絞り、なんとか入り口にたどり着いた。
「げっほげほ」
咳き込み、息が出来ない。
へなへなと倒れこむ。
振り返ると入り口からはまだ砂埃が上がっている。
「おいっ! ルーキー大丈夫か! なにがあった?」
巻きあがる砂埃にお土産屋さんのおっちゃん達が集まってきた。
「はぁ……げほっ……分かりません……はぁ……奥で爆発音がした後、すごい風が……げほっ」
爆発音という言葉に皆がざわつく。
「おいおい爆薬でも使いやがったか! どこの馬鹿野郎だ!」
「【迷宮主】でも出たのかしらね……」
「ルーキー。顔も真っ黒だ。ほら。うがいしてから飲みな」
そんな中、お土産屋のおっちゃんが水をくれた。
「げほっ……ありがげほっ……ございます」
「なーに。気にすんな」
うがいをすると喉に張り付いていた砂で少し茶色くなった水が出た……
結構吸ってしまっていたようだ。
そうこうしている内に入り口が騒がしくなった。
逃げてきた冒険者達がちらほらと出てきたようだ。
救護班らしき人たちも出てきて対応している。
ただ俺のように倒れこむ者は居らず、皆同じような鼻と口を覆う布をしていた。
あぁ……そうでしょうね……戦闘だけじゃなくて採掘だってするんだもの……
自分の装備と認識の甘さに恥ずかしくなった。
◇
暫くすると帰ってきた冒険者達を受付がチケットで確認した。
全員無事なことから各々帰宅の途に就き、周辺は落ち着きを取り戻しつつあった。
「このっクソガキが!」
なんだ?
何事かと窺うと今さっき出てきて応急手当を受けたばかりのパーティがもめている。
他の冒険者に比べてかなりボロボロで服も赤黒く染まっている。
3人パーティのリーダーと思しき若い剣士が小柄な子を突き飛ばした。
ダボっとしたフード付きローブを着ている。魔導士だろうか。
「うぐっ ……触るな」
「【ドスミルパ】には炎に決まってるだろ! 誰があんな威力の【暴風】をぶちかませと言った! 殺す気か!」
「そうだぁ! 兄貴は【暴風】撃てって言ってない!」
「……逃げるために撃った。そうしなきゃ今頃みんな殺されてた。……突っ込んでいったのはお前」
「そうだぁ! 撃ってなきゃヤバかった!」
「おいっ! ブーチ! どっちの味方だ! 黙ってろ!」
「おっすまねぇ兄貴!」
小太りのブーチは何だか憎めない性格をしているな。
「まともな魔導士なら倒せてた! 臨時パーティに入れてやった恩を仇で返しやがって!」
「……今日は魔物も多かった。ずっと変な振動だってしてた。あんな状況で倒せるわけない。
いや……いつだってあんた達じゃ倒せない」
……変な振動? あれ……心当たりが……
「うるせぇ! あと2本だったってのに! お前のせいでクエスト失敗だ!」
「うぐっ!」
今度は殴りつけた。
小柄な子は、もんどりうって倒れこんだ。
失敗を誰かのせいにしたいのは分かるが、正直見ていて気持ちのいいものではない。
……止めよう。
「そこらへんで止めませんか」
「なんだぁおっさん! これは俺らのパーティの問題だ!」
「だったら尚更です。これだけの人に見られては、明日から色々とやりづらくなると思いますよ?」
「うっ……うるせぇ知った事か!」
「や、やばいよ兄貴……この人……変だよ……」
「な、なんだブーチうるせぇぞ!」
「だってこの人―――――」
何やらコソコソ揉め始めた。明らかに挙動不審だ。
仕方ない。
「はぁ……何のクエストだったのですか?」
「な、なんだよ! ミルパの前足の納品だよ!」
「……これですか?」
俺は『倉庫』から鎌の付いた足を2本取り出し渡す。
「どこから?! く、くれるのか?! ……後で襲ったりしないか?」
「どうぞ。襲ったりなんかしませんよ」
「……わ、悪いなおっさん。へへっ。お前も感謝しろよ! クソガキ!」
まだ起き上がれない魔導士に向かって吐き捨てるように言う。
「何が【エルフの血】だ! 火の魔法も使えねぇし! マナ操作もろくにできやしねぇ! ただの混ざりモンじゃねぇか! お前はクビだ!」
「ぐっ……意地汚い……ゴブリン」
「なんだとっ!」
激高したリーダーが剣の柄に手をかける!
マズい!
「『範囲』」
俺は右手を前に出しマーカーで狙う。
「そこまでだっ!!!!」
土産屋のおっちゃんが馬鹿デカい声を出した。
俺までびっくりしてしまった……
「ギルドに突き出されたくなけりゃそこまでにしときな!」
「な、なんだてめぇ! 引っ込んでろ!」
「おい坊主。緊急事態とはいえ他の冒険者に迷惑をかけた。分かってるか? 責任はパーティリーダーにある。それに聞くが級はいくつだ?」
土産屋のおっちゃんの迫力がやべぇ……
小柄な体からは考えられない。
「ぅ……7級だ。文句あんのか!」
「つうことは、『ドスミルパの甲殻』を剥がせてないだろ?」
「あ、あんな堅い殻剥がせるわけねぇだろ!」
強がっているのがバレバレだが、一度振り上げた拳はそう簡単には下せないよな。
「ドスミルパの討伐推奨は5級からだ。7級程度が2、3人集まって倒せる相手じゃない。それにまともな魔導士なら勝てたと言ったな? ミルパと違ってドスミルパの甲殻には火の耐性があるんだ。剥がしてからじゃなきゃまともに火は効かない。
分かるか? お前は、お前がぶん殴ったそいつのお陰で命拾いしたんだよ」
「ぐっ……知るかよそんなこと!」
「じゃあ知る努力をするんだな。早死にしたくなきゃこいつを読んで勉強しな」
おっちゃんは小さなポーチから『どこかで見たことのある大きな魔物図鑑』を出して投げ渡した。
急な事にあたふたしながら受け取った後、『42ページだ』と言われてしぶしぶページを開いている。
「…………本当だよ。載ってるよ。兄貴!」
「うるせぇ黙ってろ!」
「5000ゴルだ」
「か、金取るのかよっ!」
「命と勉強代、どっちが高いのかも分からないか? 坊主」
「……分かったよ! ほらこれでいいんだろ! くそっ帰るぞブーチ!」
「待ってよランボ兄貴! 面白いよこの図鑑!」
「うるせぇ馬鹿! 帰るぞ!」
居たたまれなくなったんだろう。5000ゴル札を叩きつけるように渡した後、足早に帰っていった。
「……毎度あり。ルーキー。ほら。あいつらからだ」
おっちゃんはポーチから何か取り出し俺に投げ渡した。
受け止めると青く透き通るポーション。
これは……中級だ。
なるほど。
俺は倉庫から安物のナイフを取り出す。
派手に殴られてまだ立ち上がれない子の上でポーションを破き、頭からぶっかけた。
「きゃっ……あれ? 痛くない……ポーション?」
起き上がった魔導士の子は目をパチクリさせて、体を確認している。
ドスミルパにやられたであろうダメージも良くなったようだ。
「あいつらからです」
……俺が言うとしまらないな。
◇
「さっすがウォードさんだ! 久しぶりに痺れたねぇ!」
「そうだよっスカッとしたねぇ!」
「へっへ。よせやい。さぁボスが出たからには忙しくなるぞ! 明日の準備しな!」
おっちゃんはガヤガヤ集まっていた人たちを解散させる。
「あの……僕のせいで……素材……ポーションも……ごめんなさい」
魔導士の子が話しかけてきた。
フードから覗く表情からは感情が伺えない。でもさっきの剣幕が嘘のように礼儀正しいな。
中世的な顔立ちだが輝くような金髪が肩まであるのが見える。
どう見ても女の子にしか見えないが、僕と言うからにどうやら少年だったようだ。
うーん……エルフの血、混ざりモンと聞こえたが、男女問わずこんなに綺麗なのか。
少しだけ見えた瞳は金色と緑色のオッドアイ。覗く顔は土の汚れがあるものの、美しさは全く損なっていない。
むしろ汚れも含めてチャームポイントかと思えるような懐の深さを感じる。
「いえいえ。私のクエストには要らなかった物ですし、それに助けたのは土産屋のおじさんですよ」
「おいおい最初に動いたのはルーキーだぜ。それに俺が止めなくても何とかしただろう?」
確かに……止められなければ、リーダーの前に大岩を『設置』しようと思っていた。
でもこのおっちゃんのやり方の方が遥かにスムーズに事が運んだことは間違いない。
さっきの迫力といい、知識といい何者なんだろうか。
「まぁ気にすんな。在庫処分も出来たし、お代はさっきの奴らから貰ってる」
そう言って申し訳なさそうにしている子を諭す。
「なんだってあいつらと組んだんだ? 俺はああいう奴らは嫌いじゃないが、お前さんには合わないだろ」
おっちゃんは聞きづらい事をズバッと聞くなぁ。
「……助けてくれて……ありがとう」
俯いたその子は問には返さず、お礼を言い立ち去ろうとする。
「マナが制御出来ねぇから味方を巻き込む」
「っ! ……なんで?」
「見れば分かる。大方持ってるマナがデカいからうまく扱えないんだろう」
図星だったようで、言葉を選びながら話し始めた。
◇
「……もう……誰も組んでくれない。だから……臨時パーティに……」
未熟な魔導士は前衛がいないとうまく立ち回れない。
それは分かるが流石に後ろから魔法を誤射されたらパーティから外さざるを得ない。
命が懸かる場面なら尚更だ。
わざとではないとは言え、悪事千里に流言飛語。
パーティに加える者はすぐにいなくなるだろう。
それで臨時パーティねぇ……
パーティメンバーの予定が合わなかったり、そもそも組んでいない時、同じクエスト、もしくは同じ迷宮に行く場合に即席でパーティを組むことがある。
俺は早朝派でソロだから見かけないが、9時ぐらいにはギルドの待合は臨時パーティの募集によく使われるとヤナさんが言っていたな。
「だからと言ってなぁ…… その感じだと狭い場所は相性が悪いのは分かってんだよな?」
「……このクエストは貢献値が高いから……それで……」
「それで死んだら元も子もないだろう?」
「……僕は早く一人前の冒険者に……6級冒険者になりたい。どうしても」
そう言って手首に巻かれた、俺と同じ形の冒険者の証を見つめ握りしめる。
その決意の宿るオッドアイの瞳の奥には、すぐに壊れてしまいそうな……そんな危うさを感じた。




