148:閉幕宣言も終わり……
『閉幕宣言』も終わり、アヴェルサ聖教会の一画の土産物コーナーにも帰省の途に就く沢山の観光客が訪れていた。
その視線を集めるのは、印入りの聖水瓶でも上品な護符でもなく、受付に集まる一団。
高位治癒士とその従者、そして『札束の塊』を運ぶ者たちだった。
嫌でも聞こえる受付の喧騒がより一層注目を引き付ける。
「こ、困りますっ!」
「残りはここに置けば良いか?」
ドンッ
余りの事に狼狽える受付を他所に、机にはうず高く札束の山が積まれていく。
「お、お待ちくださいっ ここに置くのはご遠慮くださいっ 今責任者が参りますからっ」
「いやわざわざ呼ぶのは忍びない。我は素晴らしい訪問治療に対して心ばかりの寄付をするだけだからな」
その時、奥の扉が開いた。
明らかに上役と分かるローブのひょろ長い男が急いで出て来る。
札束の山を視認すると明らかに目元が緩んだ。
「ッ! ふほっ! う゛うんっ!」
ひょろ長の男ビサウは咳払いで誤魔化すと騒ぎの中心を見澄ます。
「貴女ですか……メルリンド様。この場は大司教ビサウが預かります。他の者は下がりなさい」
やはり騒ぎを起こしていたのは、『例の片田舎の村長』。
ちらちらと札束が気になりつつもビサウは、事態の収拾に務めた。
「やぁダイシキョウ・ビサウ殿。相変わらず珍しい名だな」
「……相変わらず御戯れがお好きなご様子。それで今回はどういったご用件でしょうか?」
「なに知り合ったクリニエール伯が『社会奉仕活動』をする場に出合わせてな。折角だから共に清掃をしたのだ」
「それがこの騒ぎと関係があるのですか?」
「まぁまぁ、そう急かすものではないぞ。その時に病み上がりのせいかどうにも腰を痛めてしまってなぁ。治癒士を呼んでもらったのだ。はっはっいやぁこれが素晴らしい手腕でな。もうこの通りどこも痛くはないぞ。……これはその謝礼だ。その者達だけでは持ちきれないと言うのでここまで運んだのだ」
確かにこの量の札束が入り切る魔導鞄は一般には持ちえない。
従者が運べなかったのは理解できる。
しかし、現ナマをそのまま持ち込むという事象に何か悪心を感じざるを得ない。
間違いなくすぐにお引き取り願うのが良いだろう。
「……ご壮健になられて何よりでございます。それでは謹んで拝受――」
「あぁ待て待て『寄付金受領証明書』を貰わねばな。それには『正確な金額』が必要だ。最近は国税査察部の奴らがうるさくてなぁ。『特定寄附金』やらなんとかでな。還付など良いと言っているのに。申し訳ないが確認してもらえるか」
「……ケネス。急いで事務員を集めなさい。では、それまで応接でお待ちください。ご案内いたします」
「ふふっなんだ忙しないな。何か予定でもあるのか?」
「……大司教という立場には、色々とございますので」
「じゃあ……確認が終わるまで『友人のローズマリー・シフォン』に会っているとしよう。呼んでくれ」
「ッ!」
『それが狙いか』とビサウは察した。
この下手くそな演技の裏の思惑、多額の寄付金は『手切れ金』なのだと。
長寿であるエルフの貯めこんだ資産はこれほどかと驚愕すると同時に、たった数年留守にしたことでこれだけの寄付金を集められるのならば『聖女を放し飼いする』のも悪くはないと打算的な思考が擡げてくる。
だが、ここでまたグロイスまで逃がしてしまえば間違いなくあの【爆殺拳骨】が出てくる。
そうなれば聖教会での立場が危うい。
折角の枢機卿任命が遠のいてしまうのは間違いない。
それに聖女の齎す効果は寄付金だけでなく、新たな『お得意様』の獲得にも欠かせない要素だ。
ならば最適なのは、早々に金を数え、聖女に会わせない。
細い目に邪知深い光が宿った。
「…………いえ、私もローズマリー様も生憎とすでに予定が入っておりまして、別の者が――」
――先ほどは用事はないと言っていたのではないか?
先ほどまで聞いていた声にビクリと視線を向ける。
そこにはガンベレット公爵家当主ディアンがニヤリと笑っていた。
◇
「メルリンド殿達であったとはな。帰ろうとした矢先に聖教会に大量の紙幣が持ち込まれていると騒ぎがあってな」
「うむ。それは申し訳なかった。ディアン殿」
「悪いが規則のため聞かねばならん。あの大金はなんなのだ?」
「ふふっ幼獣杯の配当でな。訪問治療の礼にと寄付に持ってきたのだ」
「はははっ豪儀であるなっ 我が子の惨敗も報われるというものだ」
国のナンバー2が直々に訪ねてくるという異常事態が早速2度目となる上等な応接室。
にこやかに談笑する演技が白々しく響く中、有無を言わさず連れてこられたビサウは薄ら寒いものを感じるが肩を狭くする以外の対応を取れずにいた。
「さて、大司教ビサウよ。こういった手ずから持ってくる多額の寄付はよくあるのか?」
「いえ。このような事は初めてで御座います」
「ほう……社交界では『痛風には聖女1発300万』などと得意気な病気自慢をそこかしこで聞いたが、300万ゴルは多額ではないのか?」
「ッ!」
突として【王牙剣】としての顔を覗かせたことに身を竦ませる。
しかし、ビサウは即座に大司教の顔を覗かせた。
「恐れながら……寄付額が高額か低額であるかという区別では御座いません。全て篤信によるものと感謝をして頂戴しております。『現金をそのまま』お持ちいただいたのが初めてという意味で御座います」
「ふむ……その寄付は何に使われているのだ?」
「ご寄付された方のご希望通りに。主だったものとしましては子育てに関する事業。教育に関する事業。健康や福祉に関する事業などで御座います。ご希望がない場合は各教会の補修や過疎地域教会への支援に使わせていただいております」
「それが……億を超える寄付であってもか?」
「仰る通りで御座います。王国法に則って運用させて頂いております」
「……では、こういった寄付金の納税はどうなっている?」
「アヴェルサ聖教会は国の特定宗教法人とされておりますから、先ほどのクランクエストも対価を頂いておりますし、物販などと同様にご寄付も非課税ではありません。もちろん聖職につく治癒士の給与にも所得税が御座います。そのため本来暖かなご寄付には、税に対する煩わしさなど課すべきではないかと存じますが、王国法で定められているため何卒ご理解頂きますようお願い申し上げております。詳しい事は法人税申告書、法人事業概況説明書、勘定科目内訳明細書、決算報告書をご確認頂ければと存じます」
この舌戦に一片の疑念も残してはならない。
そういう気概を感じられるほど流暢に返答が口を衝く。
国税庁と渡り合ってきた老練家の細い目には一切の動揺もなかった。
「ふむぅ……」
これ以上の質問も追及も起こり得ない完璧な回答。
故に訪れたのは沈黙だった。
コンコンコン
その時、落ち着きあるノックの音が沈黙を破った。




