146:身を包むのはドレスではなく……
身を包むのはドレスではなく普段着、煌びやかなティアラはなく花飾り。
彩りを添えるのは宝石ではなく赤いヒメユリのブーケ。
王国歴に記録されている過去の頁を開けども、例をみない質素な装いの王女殿下が噴水広場を回る。
『今度蟹のさばき見てってねえ』
『おねえちゃんまた釣り行こうねぇー』
『あんやぁ姫様だったんなぁ あん時はあんがとうねぇ』
『もう尻に手出さないから許してくれぇ』
過去例をみない大歓声を浴びながら。
その後ろ姿を見守る高台の上、噴水の反射光に目を細める者達がいた。
先ほどまで神獣の風魔法の妙技に見惚れ、追いかけまわしていたメルリンドは諦めて腰を下ろす。
「ふぅ……コイズミ殿。これが『ザイオンス効果』というものか」
「……きっと彼女の資質ですよ。後は先生方が良かったんです。ね、シェフィ先生」
「またご謙遜を。私はあくまで一般常識を説いただけです」
「なるほど。あの急激な態度の変転にはこういう理由があったのか。『トモヤ様の活躍』は一般常識だったのだな」
「ッ! え、えぇ/// そうですとも/// 『メル様のご活躍』と合わせていっそ教科書に載せて――」
「ふふっそれは逸り過ぎだぞシェフィ。でもまぁ……いつかそうなるかもな」
僅か2週間で民心を取り戻させた手腕。
そんな偉勲を誇ることなく嬉しそうに眺めている横顔を見つめるとメルリンドは短く嘆息して視線を広場に戻した。
「……にいさんも人が悪いぜ。目ん玉飛び出るかと思ったぞ」
それを見計らったスクアロは、少し小声で話かける。
そこには非難というより、驚嘆が現れていた。
「いやぁ、すみません。口外したら投獄だって言われていたので」
「あぁ……あの王宮メイド達はそれでか」
「えっ? なんで……メイドって?」
「いやだって、今も……っとナンデモネェ。キニスンナ」
「えぇっ」
突然の変わり身に向いていた視線の先を確認するがメイドの姿は見えない。
「それより……こんな舞台を仕組んでいたとはな」
「あぁこれは仕組んだわけじゃないですよ。陛下やリリーの希望をすり合わせしたらこうなったんです」
「すり合わせねぇ……大した演出家だぜ。これじゃもう誰も文句言えねぇ。批判してた雑誌社だって手のひら返した方が得になっちまう。ん……って陛下も? おいちょっとまて……そういやシリルが作ってたあの『貝殻のイヤリング』はまさかっ?」
スクアロは急ぎ渾身の【遠見】で壇上を見つめる。
眼下を優しく見守る陛下が風にそよぐ長い髪を耳にかける。
その耳元に煌めていたのは、仕事柄よく目にする真珠のような光沢だった。
「なんてこった……」
「お金のない中でシリルが考えた建国祭最終日の母への贈り物です。まぁ最初は露店で何か掘り出し物を見つけようとしていたみたいですけどね。渡す機会がなくても『廃れつつある風習』を守ろうとしたってのは真面目な彼女らしいですよね」
「おいおい貝なんかじゃ! 献上するならせめて宝石とか上等な酒とかよ!」
「いやいや。折角だから『渡せたら渡すから』って預かったんですけどね。ちょうど良いから表彰式でリリーに花束と一緒に渡して貰ったんですよ。『シリルから』ってサプライズで。後でディアン様に聞いたらこれ以上ないぐらい喜んで居られたようですよ」
「……本当に人が悪いぜ……貝殻が献上品になっちまいやがった……」
「またこれから忙しくなりそうですね」
「これ以上ねぇ広告塔だぜ……ははっお陰で次の肩書は工芸家になっちまうな。リリーの嬢ちゃんはやっぱり大した目利きだ」
「??」
「嬢ちゃんが店の宣伝をした相手は『良いヤツ』なんだ。色んな意味でな。そんで花を贈る時はそいつに合ったもんを選んじまう。本人は無意識なんだろうがよ」
「へぇ……なんとなく分かる気がしますね」
「かっかっ! 本当かい? ……シュリ姫に渡されたあのヒメユリはな。成熟すると段々赤く色づくんだ。若いピンクの時の花言葉は『虚栄心』。そんで成長した赤い時はな――」
――『誇り』だ
――知ってたかい? 『先駆者』のにいさん
後に『百識の女王』と呼ばれることとなる王女殿下が噴水広場を練り歩き、最強の『無形使い』と呼ばれることとなる花屋の娘が歓声を上げる。
王国歴においてシャッツフルス王国が繁栄を極めていく章節の少し前の出来事だった。
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>ローザさんの救出
― ビザウ嫌なやつ
― フオーリ・レ・ムーラの迷宮整合
! バルの美味い狩場
×シリル(シュリ姫)の教育
― めんどくさい
! 『狼牙』接客
― シェフィ先生
! ザイオンス効果
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