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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第5章 出張先での揉め事は極力避けたい件について
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143:幼獣杯表彰式は……

 

 幼獣杯ピッコリーノ表彰式は滞りなく行われた。


 と言っても少し毛色が違っていて、まずミア陛下へ贈り物を献上するという流れ。

 シェフィ先生によるとこれは建国祭の最終日には子から父母に贈り物をするという廃れつつある風習に因んだ式典らしい。


 つまりは優勝した褒美は王国の母に献上する栄誉というわけだ。

 まぁその後は普通に勲章を貰っていたが。


 その後、副賞として様々なスポンサーからの特典が凄まじかった。

 むしろ賞金なんかより広告塔としての収入がべらぼうに高いんじゃないかと思う。

 これからスポンサー契約やら国内外問わずクランのスカウトやら引っ張りだこになるそうだ。


 良かったなぁリリー……頑張ったもんなぁ……


 花の手入れと修行の合間に気晴らしに船釣りした時は、最初こそはしゃいでいたけどウトウトとし始め、しばらくするとスヤスヤとお昼寝を始めた。

 元気に振る舞っていてもあの小さな体には、大き過ぎるほどの心労を蓄積していたのだろう。




「ぐずっ……」




 囲み取材を終え戻って来たリリーが貰った盾や勲章なんかを嬉しそうに見せて、サリーさんが涙ぐんでいるところを見たら感極まってしまった。

 きっとあの笑顔こそ廃れつつある風習の中でも最高の贈り物だ。


 今は親子水入らずにしてあげようと同じくグッと来ている2人と1頭に目くばせする。


 控室から出よう。

 いつか願わくば親者としてあの絆の中に――




「パパ……」




 リリーの声に振り返る。

 そこには目尻に涙を浮かべた姿があった。



 パ、パパと呼んでくれるのかリリィィ!!

 うぅ……これからはいっぱい抱きしめて寂しい想いなんかさせないからなぁ!!




 目尻から一筋の雫が流れ、駆け寄ってくる。




「リ――」




「パパー!」




 ……手を広げた横をリリーが通り過ぎた。




 ――そうだ! 俺だぁ!




 その先には似たような栗毛に筋骨隆々の男。


 ……え?

 ……誰?


 え……パパ? え、なにそれこわい。




「なんでなんでいるの!」




 抱きかかえられたリリーは、ポロポロと涙を零す。

 そしてぐりぐりと涙を拭くように顔をうずめた。




「急いで帰って来たんだ! 途中から観客席で見てたぞ! 『リリー俺だぁ』ってな! 試合中は警備が厳重でよ。こっちには通してくれなかったんだ。それよりよくやったなぁリリー! かっこよかったぞ!」




「う゛んう゛ん がんばったのっ おがえりぃ」




「おうただいま! 少し大きくなったな! いい子にしてたか?」




「ぐずっしでだ! いっばいじでだぁ……」




「珍しい花の種いーっぱい持ってきたからなぁ! 明日から植え替え祭りだぞリリー!」




「うぅうぐぅ……ぱぱもいっしょに?」




「あぁそうだパパも一緒だぞ!」




「うわぁぁん ぱぱもいっしょにぃぃ」




 え……『すごく遠くのクエストに行ってる』って本当に遠くのクエストに?



 ……い、いやぁ……良かった……

 そうだ……悲しむことが無くて良かったんだ……

 ねー白犬ぅ 良かったんだよ 良かったってことにしよう……



 空しく広げた手。

 不思議そうに見つめてくる白犬に向けた。




 ◇




「リリーがお世話になったみたいで。父のエーベルです」




 父エーベルさんが頭を下げ、続いてサリーさんも何度目か分からない感謝を述べる。

 いつも拭っていたであろう人前では見せなかった涙を父の胸に取られたバルは周りをポヨポヨとしていた。




「は、はぁ」




 もうどんな顔をしていいか分からない。

 これは大事な娘が突然彼氏報告した時の気持ちと言うか……何とも言えないショックからこんな返事しか返せない。




「あぁっリリーがご紹介するの!」




「お、りりーちゃん先生にお願いするぞ」




「メルししょーはしゅぎょーをいっぱいしてくれたの! すっごくやさしいの! すっごくかわいいの!」




「うむん///」




「シェフィおねえさんはいつも見ててまもってくれたの! だからお墓もこわくなかったの! きっといいお嫁さんになるの!」




「えう///」




 メルさん、続いてシェフィさんの手を握り一生懸命他己紹介を始めたリリー。

 みんなもうメロメロってかデロデロにされている。


 そして今度こそ腰を下ろして出迎える。

 この2週間で少しだけ大きくなったような気がする手が俺の手に重なった。




「トモヤおにいさんは弱そうだけどすごいの! 何度も何度も助けてくれたの! 一緒にいてすごくすごく安心するの! だから――」




 ――大きくなったらけっこんするのっ




 リ、リリィィイイ!

 チックショーかっわいいなおい!


 抱きしめてあげたいが、親御さんの前だ。我慢だ我慢!

 その代わり何だって買ってやるぞぉ!




「リリー……楽しみにしていますよ」




『ワゥン!』




「あっもちろんシロイヌちゃんもなのっ」




 微笑ましい他己紹介に場の雰囲気も……えっ?




 ――……パ、パ、パ、パパ、パパと結婚するって言ってたじゃないかぁ?!




 ――……リ、リ、リ、リ、リリー・オルテンシアァ?!




 前ではエーベルさんが慟哭し、後ろからの声に振り向くと開け放たれた入口にパグロが腰を抜かしている。

 その傍らのディアン様と恐らく奥さんに加え、メイド達もあたふたしていた。

 なんだこれ。




「ほうりつで……ぱぱとはけっこん出来ないの」




「ぐああぁぁこうしていつの間にか大人になっていくのかああ! トモヤさん! あんた! 幼女趣味は持ってないよな? なっ?!」




「もうパパっ! トモくんに失礼なこと言わないのっ!」




「だってサリー! 俺のリリーがリリーがぁ! いや落ち着けっ! な、なぁリリー! 久しぶりに今日は一緒にお風呂入ろうなっ? なっ?!」




「んー今日はトモヤおにいさんのところで入るの」




「あっ私もよ。パパ」




「うわぁあああ?! ど、どういうことだぁあ!」




「いやいや! 牙亭で打ち上げがてら温泉を――」




「目を合わせてくれぇ! リリィィイ! サリィィイ!」




 ダメだ。聞いてない。

 大きな悲しみを滲ませ表情がころころと変わる。

 あっ……これが娘が突然彼氏報告した時の顔ってやつだ。




「け、け、結婚……き、貴様ぁ! 貴様がリリー・オルテンシアをぉ! その手を離せぇ!」




 どうしたおい! いきなりパグロ闇落ちしそうなんだが!

 なんかブツブツ言ってたパグロの周りに火の粉がパチパチし始めた。




「えぇっ! ちょ落ち着いて下さい!」




「パグロ様は関係ないの。お帰り下さいなの」




 おっとリリーちゃん先生のクリティカルヒットだ。

 パグロが膝を折ると膨れていた火の粉が目に見えて消えた。




「か、関係ない? 僕はなぜ降参をしようとしたか聞こうと……健闘を称えようと……なぜだぁ……ふぐぅぁ……」




「頑張るのだぁパグロォ! 押して押して押しまくるのだぁ!」




 ガンベレット公爵家総出で『グッ』と拳を握り応援している。

 なんだあれ。




「パグロ様?! なんで公爵家がリリーを? いや、それよりサリーが! リリーがぁ!」




「女の子には秘密あるのよ。パパ」




「秘密ぅぅう……ぐぅあああ! 何があったんだぁ!」




 離れていた寂しさをぶつけるように、サリーさんも楽しそうにからかっている。


 あぁこれ落ち着かないやつだ。

 なんだかんだ長引くやつだこれ。




「ご静粛にっ」




 おおっシェフィさんの一声。

 流石シェフィさん。そろそろ退室時間も――




「……トモヤ様は幼女趣味など持っておりません! 胸部がふくよかな女性が好みです! 視線の先を追えば分かることです!」




「ブッ! シェフィさん! 何をっ?!」




「そ、そうなのかっ……では我のようなちんちくりんなど……」




「ッ! い、いえメル様! メル様は相対的にかなりのモノをお持ちですっ! む、むしろ私の方が……」




「そ、そうかっ。い、いやシェフィこそ着やせするではないか」




「い、いえ、私はその……」




「では……ど、どうなのだろうかコイズミ殿?」




「えぇ?!」




 気持ち胸を反ったメルさんとシェフィさんが恥ずかしそうに具合を聞いてくる。

 どうしてこうなった。




「大きくなったらリリーもママのみたいに大きくなるのっ」




「えっ? あっ」




 横のリリーは可愛らしく胸を張り、その『ママのみたいに』で視線を送ってしまったサリーさんからニヤリと笑われた。




「『刃風』に『蒼氷』、幼女から人妻まで……これが英雄の器か……やはり貴殿は王国騎士団にこそ……」




 極めて小さくざわついた公爵家のメイド達は、手を前に組んだまま微妙に胸部を強調し始めた。

 なんだこれ急に視線がいてぇぇ!




「い、いやっ! 違いますよっ! そんな目で見てないですからね!」




「あははっモテモテなのっ ライバルがいっぱいなのっ ……でもリリーは負けないの」




「リリー?」




「……本当にありがとうございました、なの」




 チュッ




 何かを頬に感じた瞬間、控室に喚声が満ちた。




 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




『次の従魔戦モンスター・コロッセオ本戦の為に控室を開けて準備をしなければならない。早く退出させろ。モイラお前が言ってこい』




 一向に帰らないある選手団に痺れを切らした上司からそう言付かったモイラ。

 いつも損な役回りを押し付けられる彼女は、『まだ時間はあるのに』と思いつつもいつもの苦笑いに似た愛想笑いを浮かべ部屋を後にした。


 上からの面倒な指示を下に流すだけの上司への不満に加え、幾度か理不尽なクレームを伝えてしまった手前、恐ろしいマナ圧をぶつけてきたエルフと従魔のいる控室への足取りは重かった。


『勲章とか貰って機嫌も治っているかも』との淡い期待と『向いてないのかな。なんでいつも私が』という深いため息を燃料にとぼとぼと歩き出す。


 たっぷりと時間をかけ、ようやくとたどり着いた開け放たれた大きな扉。

 中からは喧騒が聞こえてくる。

『歩いている間に帰っていた』という思惑が崩れ去った。


 入口の手前、何故か自身の胸の辺りを気にしている赤毛の猫人キャットピープルを横目に、勇気を出して飛び込む。




「す、すいませーん……そろそろ――」




 チュッ




 轟く慟哭。

 絶望的な表情を浮かべ腰が砕ける父親。

 大きく目と口を開けたまま固まる貴族の子供。


 響く歓声。

 メイド達は仕事を忘れ笑い合い、胸の前で手を組み合わせて喝采を送る。




 ――その中心にあったのは微笑ましい光景




 彼ら彼女らが得ていたモノは輝く勲章などではなかった。

 理不尽な要求を跳ね返し、堂々と勝ち取った幸せがそこにはあった。


 瞠目したモイラは、言葉を失う。

 そして僅かに微笑みおもむろに踵を返す。


 その足取りは軽く、真っすぐに上司のいる部屋の方へと向かっていく。

 ぶちまける溜めていた不満と退職のセリフを脳裏に浮かべながら。


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