142:あれは元々バルが持っていた能力……
「あれは元々バルが持っていた能力です。あの現象は【超臨界】です」
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『酸スキルは覚えてもらいたいが、バルは酸生成が苦手だ』
牙亭でメルさんが言ったこの言葉。
俺は違和感を覚えた。
なぜなら花畑でバルは害虫や雑草を取り込み分解していたからだ。
しかし、それが全くと言っていいほど攻撃手段にはならなかったと言うのだ。
それでは体内では酸生成しているのに、対外へ吐き出させようとした時は無くなっていることになってしまう。
だからこう考えた。
『酸で分解していないのでは?』と。
実際に検証したところ、分解のメカニズムは圧縮と水流による破壊だった。
セルロースナノファイバーに使用した【水球】による撹拌に近い。
ただ……ふわふわのミルクチュロスを瞬時に針金みたいにした時は開いた口が塞がらなかったし、絶対に触らないようにしようと思った。
だからバルが優れていたのは『巨大化』ではなく、その巨大さであっても水銀の超重量であっても形を維持する力。
――【圧縮能力】
ステータスを上げて成長したのは、この極めて強力な圧縮力だ。
◇
では【超臨界】とは何か。
知っての通りいつも使っている水は液体で、100度以上に熱せば水蒸気になる。
それには『0.1MPaで』という条件が付く。
なぜなら液体の沸点は圧力によって変化するから。
山頂で作るカップラーメンは待ち時間を長くする必要があり、また米を炊く場合にも気を付けないと芯が残って美味しくなくなってしまう。
これは標高が高いと気圧が下がり水の沸点も下がることに起因する。
2000m級の山では水が94度程度で沸騰してしまうのだ。
この現象はエアコンなどに使われるエバポレーターにも使われていて、減圧することで蒸発させやすくして、その気化熱を冷房に利用している。
逆に圧力鍋は密封することで中の圧力を大気圧以上に上げ、高温で調理する。
能力が0.2MPa程度なら120度まで調理温度を上げることが出来るから素早く調理できる。
このように圧力を高めれば高めるほど水は沸騰せず、水蒸気へと変化しなくなっていく。
ではどんどん温度と圧力を上げていった場合はどうなるだろうか。
答えはある温度で気体と液体の密度が同じになり、水でもないし水蒸気でもない謎の流体になる。
その時の温度と圧力の上限を『臨界点』と呼ぶ。
気体の温度を臨界点以下にしない限り、水蒸気は水にならないし、臨界点より高い圧力では、どんなに加熱しても水は沸騰しない
この『臨界点』以上の状態が【超臨界】。
温度374度、圧力22.1MPaを超え、液体の性質と気体の性質を持った非常に濃厚な蒸気のような液体がバルの中身の正体――
――【超臨界水】
◇
この【超臨界水】には面白い特性がある。
誘電率、イオン積などの物性値が変化することで、水というより電解質溶媒に近くなる。水の誘電率は、常温常圧下では約80で塩や電解質などを溶解しやすい。
しかし超臨界状態では誘電率は20以下となり、無極性の物質を溶解できる。
普通の水では溶解が難しいものを溶解できるのだ。
有機物に対しても素早く反応し、油も溶けるし金属材料すらも酸化して溶解してしまう。
その強力な酸化力は腐食しにくいといわれている金やタンタルすら腐食させてしまうと言えばそのヤバさが分かるだろう。
こういった特性はバイオマスの分解や再資源化、有害性の難分解性物質の分解や合成物質のケミカルリサイクルなどへの利用が考えられている。
また水と油のように、通常では混ざらないものを混ぜることができる性質を利用して、『プラスチック』や『セラミックス』など違った特性を合わせ持った新たな材料の開発も進められている。
身近なところでは臨界点から温度を下げた『亜臨界水』や圧力を下げた『高温高圧水蒸気』、二酸化炭素を用いた『超臨界二酸化炭素』を使って、コーヒー豆や麦芽から旨味やコクなどを効率的に抽出する方法も行われている。カフェインレスコーヒーや美味しいビールはこう言った技術が支えているのだ。
高温高圧という特殊な環境を作らなければならないが、従来の重金属や強酸などの取り扱いに注意が必要な触媒や可燃性・毒性のある溶媒をこの【超臨界水】に置き換えることで、環境に対する影響を低減させると期待されている。
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「――というわけです」
「そんな馬鹿な! ただの水で金属をも溶かすだとぉ! 古代魔法でも聞いたことがないぞ! この世にそんなモノがあるのか!」
「普通に深海の熱水噴出孔には出来ているみたいですよ。まぁこいつの肝は水銀のような小細工ではなく、バルの持ちうる能力の一つだという点とただでさえ物理攻撃に強いのに熱を加えればもっと強くなってしまうということですね」
「信じられませんが私達は目の当たりにしてしまっています! 竜鱗を溶かすスライムを! 【超臨界スライム】が暴れまわるファイアードレイクを圧倒しています! ファイアードレイクの熱耐性はアビリティだけでなく、身体的構造としてゲル状の体液の層が影響しています! 皮下には多くの空気や脂肪を蓄えた断熱層を備えているのです! ですがこれでは得意の火属性攻撃が身を焦がす諸刃の剣となってしまうでしょう! 戦いの前に『天敵の中の天敵』と言いましたがこれでは真逆! 物理攻撃と火属性攻撃を封じられたも同然です!」
――馬鹿なぁ! 溶かしているだと?! 振り払え! 【テールインパクト】!
『ギガァアア!』
ドズンッ
飛び上がり傷ついた尾を振り上げ落とす強打。
その衝撃に損傷した竜鱗と焦げた石床が巻き上がり、代わりに尾の形を刻む。
それでもなお無形の凶敵はしがみ付き、形を変え位置を変え、徐々に進行を続ける。
立ち昇り続ける煙は、パグロの焦燥をより色濃くさせた。
――ジェコ! も、もう一度だ! 【テールインパクト】!
『グギィイッ!』
咆哮が響く。
気道に迫らせまいと損傷した尾を何度も叩きつけ、汚れを肉ごとこそぎ取るような捨て身の荒業。
ふと、その連続攻撃に尾にこびり付いていた埒外の魔物の姿が消えた。
「これは強烈ぅ! 地面への叩きつけが効いたか! 見るも無残な床に――」
『グギィアアアアアッ!』
――ジェコ?!
絶叫が響く。
拡大したモニターが映し出したのは尾の血肉と表皮の隙間。
即ち血肉との隙間にスライムが侵入し内側から分厚い皮を引きはがしている。
尾が異常に膨らみ無惨に弾ける。
断熱層の隙間に入り込んだ無慈悲な攻撃。
赤黒い血飛沫と共にミチミチと引き裂かれた鱗の隙間からスライムが顔を出した。
「だ、大ダメージィィイ! 恐らく初めて味わう激痛でしょう! なんて凶悪な攻撃でしょうか! これはまさに『ぼろ雑巾』! 尻尾の大半がズタボロにしてしまいました! トモヤさん! 貴方はなんてえげつないコーチングをしたのですか?!」
「いえいえ、そもそもあれだけの圧力を掛けることが出来るなら、骨だって潰し切る事が出来ます。だから尻尾の原型が残っているだけマシですし、入り込んでもっと内部から破裂させることだって出来るんです。加減していると思いますよ」
「ひぇ……」
「手加減だとぉ……これでは……始まる前から勝敗は決していたというのかっ! ぐぅうジェコオオ! パグロォオ!」
――ああぁ……振り払えジェコォ!
『ガグゥウ!』
的確な指示もなく、ファイアードレイクは地面に転がり藻掻く。
そこには最早攻撃の意志はなく、訳も分からず体を蝕み続ける激痛から逃れる一心のように見えた。
「あ、あまりの強さに言葉を失ってしまいます! 絶対防御と超絶攻撃を持つスライムを倒せるモノなど存在するのでしょうか! しかしまだダメージ量から見て戦闘不能とは見なせない審判は――」
――バル『もういいよ』なの
『ポビチ』
「あぁ?! ここでバルを離脱させました! 助走を取り何をするつもりでしょうか!」
『……グギィィィ』
――ジェコ……
ジェコは激痛の広がりが収まったことに気が付くと身を起こし一歩後ずさった。
それを見遣るとリリーはおもむろに手を上げる。
――リリーはこうさ――
――降参だ!!
パグロが発した宣言がリリーの声を遮った。
――……え? どうして、なの?
――貴様に勝ちを施されるほど……愚かにはなれん
ゴーン! ゴーン! ゴーン!
「け、決着ぅう! 前大会優勝者が負けを認める前代未聞の幕切れぇえ!」
『うそだろっ』
『あのパグロ様が……』
「しかし生易しい試合ではありませんでした! 正しく熱闘と呼ぶにふさわしい戦いでした! 全力の猛火と猛攻を受け切り、鱗のみならず戦意を削ぎ落す圧倒的な力を見せつけ頂点に立ったのは――リリー・オルテンシア選手ぅぅ!!」
『すげぇえええええ』
『わああああああああ』
『リリーィィィイイイ』
大歓声が響き渡り、外れた従魔券が蒼天に舞う。
「ご覧ください! 今この場この時こそが英雄譚の序章です! 最年少出場だけでなく最年少優勝をかっさらった『小さなヒロイン】と『超臨界スライム』に大きな拍手が送られています!」
喝采を浴びるリリーは気恥ずかしそうにしながら観客に応えた。
――えへへっ バルいくよ! せーの!
――お花のお求めは『エルバ・エパティカ』までー!
『ポビチッ!』
あらゆるスポンサークランを出し抜き、これ以上ないほど注目を集める花屋の看板。
陰謀に踊っていたはずの幼獣杯は、その実小さな手のひらの上で踊らされていたことに気が付かぬまま幕を閉じた。
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>ローザさんの救出
― ビザウ嫌なやつ
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×バルの修行
*〇 最終日は従魔戦
― 酸× 殴× 巨大化→圧縮◎
! 生物模倣◎
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― シェフィ先生
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