139:金返せー!
『金返せー!』
『大会本部を出せー!』
『汚ねぇ奴らは叩きだせぇー!』
「『備えるべき脅威』だとある豪商は言いました。『素晴らしい食材』だとある3つ星シェフは言いました。『優れた素材』であるとある名工は言いました。そんな様々な見方がある中で『うるっせぇ! 友達だ!』と言い放った者がいます。彼女の名は狩って然るべき魔獣を生涯の友とした魔獣使いの開祖ミカリ・ヴァントゥーズ。その意志を引き継ぐ若き麒麟児達の祭典がこの幼獣杯であります」
『ちゃんと説明しろぉー!』
『ターニャたそ……』
「……残念ながらその大会続行が危ぶまれることがありました。未だ納得できていない方も居られるかと思います。幾ばくかの不信感が漂っているのも事実です。ですが、魔獣とすら心を通わせる小さな魔獣使いとその心を通わせた友が、汗と涙と血を流し奮励しているのに! 我々大人の手によって心の通わない大会などにして良いのでしょうか!」
『……』
『選手は悪くないもんな……』
『大会本部は王国騎士が詰めてるって聞いたぜ』
「直情的に『ふざけんな』と声を上げるよりも、表面的に『まぁいいじゃねーか』と言い合うよりも、今はこの大舞台に上がる小さな背中をほんの少しでいいから押してほしいと思います。今だけは肩の力を抜いて舞台に輝く希望に満ちた未来を見守ってほしいと思います。それがすなわち我々大人の責務であり、それがすなわちこの大会の意義であると私は思うのです」
『ターニャちゃんっ!』
『これだからターニャ推しはやめらんねぇ……』
「さぁ素晴らしき蒼天です! 一度深呼吸をしてみましょう! すぅーはぁー……皆さん主役達を招き入れる準備はできましたかぁー?!」
『文句言うのは後だ! がんばれー!』
『うおおおお! リリー!』
「まずは東ゲートに注目です! 圧倒的な可愛さと一際異彩を放つ意外性を今大会にぶち込んできた台風の目、ダークホース、超大穴! 英雄譚の序章を紡ぎ続ける『小さなヒロイン』リリー・オルテンシア選手の入場です! ッ! ご覧ください! 大きさこそ人間サイズになりましたが、超巨大でも銀色でもありません! 続く相棒のバルは透明のままです! ですが否が応でも期待が高まります! そのジャイアントキリングに何度度肝を抜かれたでしょうか! 大きさを変え、色を変え、我々のスライムに対する常識すらも変えました! 変幻自在の超絶スライムをもう侮る者はいません! もう遮るものもありません! 全身全霊の戦いに期待しましょう!」
『リリーちゃーん! 俺だー!』
『絶対花買いに行くぞぉお!』
『でぅふ全部買うでゅふっあのかわいいお手手からでぅふ』
『そのやべぇ奴見張っとけぇ!』
「続いて西ゲート! あの『見習い竜使い)』は一年前の栄光に甘んずることはありませんでした! 更に凛々しくなった姿でこの頂点を決める場に帰ってきたのです! 空を制する華麗な戦いを繰り広げるその姿は最早『竜騎士』と呼ぶに相応しい! 今大会一番人気! 前回大会優勝者『火竜の騎士』パグロ・ド・ガンベレット選手! 小さくも勇壮な翼を羽ばたかせる相棒『ファイアードレイク』のジェコレザールに跨って登場です! 殿堂入りが期待される貴公子は再び頂点へと羽ばたけるのかぁ!」
『パグロさまぁああ! あっ今絶対目が合ったわ!』
『うそっあたしを見たのよっ!』
『……対戦相手しか見てねぇよ』
「さぁ決勝戦の戦場は慣習に基づき石床と石柱が立ち並ぶ『神殿』です。数多の名勝負を生んできたこの地形には神聖な雰囲気が漂います。ですが一度戦闘が始まれば見るも無残に破壊されることでしょう。そのような大激戦を期待します! 準決勝第2試合から導入されたコンディションチェックが終わり次第試合開始となります。申し遅れました実況は私『貴方のハートを盗んじゃうぞっ』ターニャ・ウェーバー! 解説は引き続き『王牙剣』ディアン・ド・ガンベレット様、『迷宮技師』トモヤ・コイズミさん、可愛い従魔のシロイヌちゃんにお越しいただいています!」
「よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
『ワウッ!』
「さぁ準決勝第2試合でも申しましたが、知っての通りパグロ選手はディアン様のご三男です。その子煩悩ぶりは準決勝第二試合の解説にも現れておりましたが、決勝戦はリザーバーにガンベレット家が推薦したとされるリリー選手との戦いとなります。奇しくも親交のある者達の対決となるわけですが『その選択眼に狂いはなかった』と言うべきでしょうか、それとも『厄介な挑戦者を参加させてしまった』と言うべきでしょうか?」
「うむ。リリーは素晴らしい挑戦者だ。聡明で胆力もある。だが、パグロの優れた洞察力とジェコの制空権があれば負けることはない。何より如何に耐久に優れようともスライムにとって熱は天敵。炎を纏えば表皮に触れることも出来ない上に、ヒートスライムですら蒸発させるジェコの火炎に耐えられる道理は無い。だが、手を抜かぬのが礼儀だろう」
「何をおいてもパグロ選手の連覇は揺るがないと。ならばトモヤさん。スライム相手には絶対的優位な飛行能力、そして火炎攻撃に対しリリー選手はどういった立ち回りを求められるでしょうか」
「多分正面からぶつかるだけですよ。横綱相撲ですね」
「ヨコヅナズモウ? ぶつかる? う、うーん? では今度こそあの透明なバルの中身に秘策があるのでしょうか?」
「いえ、ただの水です」
「……『ただの水』という言葉はいつもであればブラフや出鱈目であると思ってしまっていたでしょう。なぜなら火山を飛び回る『ファイアードレイク』に普通の『水スライム』が立ち向かうことなど本来有り得ないからです。誰もが想像する通り出会うことなくスライムが蒸発するため自然界では戦闘すら起こり得ないのです。ですが貝殻を真似る『生物模倣』という信じられない現象で我々の度肝を抜いたのは鮮烈に記憶されております! だからこそ天敵の中の天敵に『正面からぶつかる』という言葉を覚えておきましょう! きっと何かが起こる! そんな期待をしてしまう第187回天覧試合、幼獣杯決勝戦がまもなく始まります!」




