138:興奮薬と……
「『興奮薬』と『強壮薬』、『闇魔法【混乱】』。後は何故か【鎮静】も使われていたと連絡が来た。アンビシオン子爵家、共和国のテメリテ伯爵家。名立たる名家たち各々が同時に謀をした結果があの強化され暴れたウルスリノセロスだったのだ……」
「それは一大事でございました」
「……せめてもの償いに機密を持ってきたというのに興味が無さそうであるな」
さもつまらなそうに返事をすると項垂れるディアン様。
決勝を待つ控室は公爵様を快く迎え入れる雰囲気ではなかった。
こちらとしては逐一にゃんこ先生ラッカさんに聞いてたから目新しさはない。
王国騎士団の威信をかけて怪しい奴らを片っ端から調査したらしくイケおじにも疲れが見える。
円形闘技場で雄々しく『ディアン様コール』に応えていたとは思えない。
「いえ、過ぎた光栄にございます」
「そんな他人行儀は止めてくれ! 『釣り友』ではないかトモヤ殿!」
「恐れ多いことと存じます。なにせ『小さなヒロインを救ったディアン様』でございますから」
「ぐむっ……まるで自作自演だと言いたいのだろう? 本当に悪気は無かった……このような事態になって申し訳なく思っている」
「重ね重ね巧みな冗談に感服いたします。まさか誉れある大会本部が、権力者に転がされて、特定の出場者を妨害。さらに多数の有力者が不正を働き大会の信頼性が脅かされることになり、建国祭真っ只中の王都で虐殺が行われようとしたのですから、到底悪気で済まされることではないかと存じます」
「……その通りだ。全て儂の浅慮が招いた事態だ。貴殿に言われて備えていなければ取り返しのつかないこととなっていた。猛省せねばならん。そして直ちに憲兵とも協力してあらゆる厳正な調査と是正を行うことを誓う」
「今回の事例を是正にお役立て頂ければ何よりでございます。軽はずみで、場当たり的で、利権の絡んだ是正ほど無意味なものはありませんから」
「……肝に銘じる。改めて済まなかった。サリー・オルテンシア。リリー・オルテンシア」
「リリーが無事ならそれでいいよ。事前に聞いてたしね」
「……事前に?」
「リリーは元気なの。ディアン様のお陰なの。ありがとうございましたなの」
「うぬぅぅぅ」
おっとここでサリーさんとリリーちゃん先生のクリティカルヒットだ。
襲い来る疑問符と良心の呵責に揺れに揺れている。
まったくうちのオルテンシア一家に迷惑かけやがって、反省しろってんだ。
それに解説席に連行されたお陰で変な目で見られるしさぁ。
雑誌とか読んでねぇしよぉ……それに取材はどうなってんだ!
ふぅ……まぁこれからの激務を考えれば溜飲は下がった。
それに謝っちゃいけないはずの公爵様が普通に謝ったんだ。
お仕置きはこんなもんで良しとしよう。
実はあの時リリーには防御魔法【影壁】といわれたモノが多重展開されていた。
さらに特級防御護符とかいう魔導具も渡されていて、あの熊さん程度であれば1日中殴り続けられても毛ほどもダメージは通さないというシェフィさんお墨付きだ。
従魔へのバフなどは禁止だが、魔獣使いへの規制は無い。
だから関係者席からのサポートも万全の体制だった。
この自作自演劇の目的はリリーとバルの実力を示した今、必要だったのは噂ではなくガンベレット公爵家に庇護されているという明確な表徴。
だから釣りをしがてらディアン様に『お前のせいなんだから何かあったら助けろよ』と頼んだのだ。
……まさか解説をするとは予想外だったが。
まぁ何かを企む貴族達に『あの子に何かすりゃあ捕まるし王国最高戦力が飛んでくる』って思ってもらえれば十分だ。
そうなると一番の被害者は相手選手と熊さん、怪我した警備の方々だろうな。
さて、これで問題は山ほど提示した。
リザーバー選手の選定基準とそれで生じる裏工作。
公式賭博にも関わらず特定の選手への妨害。
中抜きによる警備人数の不足。
賄賂に転がされる抽選システムに権力に踊らされる大会本部。
速やかに応急対応を行い、次回大会には是正されることを祈るばかりだ。
さぁこんな下らない大人の事情はこれまで。
次はついに決勝戦だ。
うちの可愛いリリー達の実力を見せつけてやろう。




