135:その背に背負うのは……
「その背に背負うのは敗れ去った者達の熱き想い! 激戦を勝ち抜きついに4強が出揃いました! 続いては幼獣杯準決勝第1試合! 注目はもちろんこの人! 最下位人気からの快進撃という歴史的快挙! もうその実力を疑う者はいません! 『小さなヒロイン』の大冒険がこの地から始まろうとしています! ある時は超巨大! ある時は白銀! 不思議で強力なスライムの相棒バルと共に頂点を目指すのはリリー選手!」
『ちょなんでこんなとこに? 引っ張らないでくださいって!』
『あの不可思議なスライムはトモヤ殿の仕業だろう? ならば貴殿以外におらぬではないか』
『ワオン?』
「飾り羽の美しさにノックアウトされた女性も多いでしょう! 対するは『蒼羽の貴公子』ラッキス選手! 相棒は『デンタ樹海の暴君ウルスリノセロス』! 2番人気から順当に勝ち上がってきた前回大会準優勝の実力派です! 4本の前足には鋭利な爪、頭には巨大な角、口を開けば凶悪な牙が覗きます! 分厚い毛皮が多くの耐性を持ち、あらゆる攻撃を防ぐ! ご存じの通り最強牙獣の一角! ですがその戦いぶりは堅実の一言! 的確な指示から繰り出される研ぎ澄まされた連携こそが彼らの最大の武器と言って良いでしょう! さぁ強敵過ぎる強敵の前に大冒険は終わってしまうのか! 注目の一戦がまもなく始まります!」
『それにしたって勝手が過ぎますって! 勝手に推薦した事も反省したのでしょう?』
『儂は洒落た褒美だと思ったのだ!』
『でもそれで滅茶苦茶に怒られたんでしょう!』
『……ま、まぁそれは良いではないか。こうして儂も頼みを聞いておるのだし……』
『グオン?』
「さて実況は引き続き『貴方のハートを盗んじゃうぞっ』ターニャ・ウェーバー。解説はこの方! 知らない人はいないでしょう! なんとなんと準決勝からは【王牙剣】ガンベレット公ディアン様にお越しいただいています!」
『それはご自分の尻ぬぐいですよね! あっほら呼ばれてますよっ』
『ぐぬぅ! 失礼する うらぁ!』
『あっちょっと! わぁああ!』
「ディアンだ。よろしく頼む」
『ディアン様ぁー!』
『やっべぇ! かっけぇわー王牙剣!』
『隣は誰だあれ?』
『迷宮技師だ! かわいー! ほら噂は本当だったね!』
『……あんたまさかその噂のために高いチケット取ったんじゃないだろうね?』
「そして無理やり座らされたお隣はなんと! 雑誌に載らないことはないと言ってもいいあの迷宮技師トモヤ・コイズミさんです! 可愛らしい従魔は幻の魔獣ヴィント!」
『ワオン!』
「今回はリリー選手のサポートをしていた所を急遽お越しいただきました! あの不思議なスライム、バルについて補足解説いただきます! よろしくお願いいたします!」
『あのおとぎ話の賢狼ヴィント?! 本物?!』
『マジかよ! あんなに弱そうなのに!』
『ばっかお前【隠密】がくそやべぇんだよ!』
『うそくせぇけどディアン様が連れて来たぜ』
『仲良さそうにしてたよな』
「……よろしくお願いします。気になったのですが雑誌の話ってなんですか?」
「『幻の神獣使い』、『ギルドが秘匿する大英傑』や『迷宮技師の流通革命』ですとか私が知る限りでも様々な記事がありましたが」
「えぇ何それ! 雑誌そんなことになってんの?!」
「あれらは全くの事実無根だと?」
「ぐっ……じ、事実無根ってわけでもないですが……でもそれは――」
『認めたぞ! やっぱり本当だったんだぁ!』
『確か騎士見習いの武器に採用される黒晶にだって関わってたよな!』
『じゃあ帝輝龍狩りに行くってのも?』
『やべぇー最高にいかれてんじゃん!』
「いやその、ほんと違うんですって――」
『キャーラッキスさまぁああああ』
『ふつくしぃぃぃ……あっ鼻血が……』
「さぁ沸きに沸いている円形闘技場! さらに沸き立つ熱戦を期待しましょう! 東ゲートよりラッキス選手とウルスリノセロスの相棒アイアンの登場です! まさに威風堂々! 黄色い声援に手を振ってこたえます! さぁディアン様。コンディションも良いように見えますがどうでしょうか?」
「うむ。少し右手側に疲れが見られるが気にする程ではないだろう。良い従魔になった。昨年に比べ常に主と脅威を意識して動いている。立ち位置一つとってもあのウルスリノセロスの練度は高い。実戦では先に魔獣使いを仕留めるのは難しいだろう。だからあのような個体とはやりづらいのだ」
『やべぇな王牙剣……見ただけで疲れとか見抜くのかよ』
『ディアン様にそこまで言わせるとは……』
『……そんな従魔がここにもおるがな。なあ賢狼よ?』
『ウオン?』
「最高のコンディションではないが気迫と練度は十分と言ったところでしょうか! さぁあの剛角剛腕に白銀の刃は通用するのか! 西ゲート注目です! 可憐な花の精が率いるのは銀色のスライ……ぎ、銀色ではありません! 透明です! 透明に戻っています! それに更に小さくなっています! 見た目は本当に普通のスライムです! 銀色について補足頂きたかったのですが、また内容物を変えたのでしょうか! トモヤさん。言える範囲で構いません。これはどういったことでしょうか?」
「『銀色は眩しい』、『中にポーションを隠しているかも』というクレームが来たのでその対応です」
「なんだとっ……そのクレームの出所を調べねばな」
『はぁ? なんだそのふざけたクレームは?』
『またクレーム? どこの馬鹿だ! こっちは全力を見に来てんだよ!』
『おいどうなってんだ大会本部!』
「か、会場からは大会本部への大ブーイングが届いています! 確かにそんな幼稚なクレームが通されて良いのでしょうか! っとこれは批判ではなくただの疑問ですのでご安心くださーい! さっ、今までの戦いぶりから見てあの透明な中身にも何か秘策があるように思えるのですが! どうでしょう?」
「いえ。普通の水ですよ」
「ううーん? となると本当に一般的なスライムと見て宜しいのでしょうか?」
「えぇ。一般的です」
「……こ、これは厳しい戦いになりそうです……かね? 様々な可能性とポテンシャルを見せつけてきたバルですが、目の前に広がる戦場は動きが制限される『砂地』となります! 攻撃によって水分を零せば途端に渇きの大地へと吸収されてしまいます! そのため再生も制限されるでしょう。スライムにとっては最悪の環境と言っても過言ではありません! そして隠れる場所も無く真正面からのぶつかり合いが予想されます! 色んな意味で注目の準決勝第1試合がまもなく始まります!」
ゴーン!
「ゴングが鳴ったぁ! 障害物が無い為よく響きます! 指示の声も通ることでしょう!」
――アイアン! ただのスライムと思うな! まずは様子見だ! 『ラッシュ・トレ』!
『ガオウ!』
「ダッシュダッシュ! 舞い上がる砂に構うことなく犀熊アイアンが疾走! 地形に見事に対応していますねディアン様!」
「上手い足運びだ。得意な狩場だけで鍛錬しているとこうはならん」
――『にょろにょろ』なの!
『ポビッ!』
「バルも動きますが、『砂地』では――うそっ?! 速いっ?! 先ほども見せた蛇のような動きです! 蛇行からの横這い! 砂の上を滑るように移動しています! さぁやはり一筋縄ではいかない! 一体何を見せてくれるのでしょう! このまま真正面で迎えうつのかぁ!」
『ガオォッ!』
ボッ
「ク、クリーンヒットォォ!? 連撃の初撃! 前々腕の横薙ぎが炸裂ぅ! ぶっ飛ばされたバルが無残に転がります! まさかまさか準決勝がこのような形で終わってしまうのかぁ?! これは素晴らしい一撃でしたね!」
「不安定な足場でも前後腕の支えが前々腕の威力を殺していない。あのまま2撃目を食らわなかったのは幸いかも知れんな」
『ポビチッ』
「た、立ち上がりましたぁー! 信じられません! まともに食らったはずがピンピンしています! これは恐るべき【耐久】です!」
――アイアン! 相手は軽い! 『ラッシュ・ノーヴェ』!
『ガオォォォォッ!』
ドドモムムムムッ
「間髪入れず追い詰める! 左手だけでワンツー! これは縦の連撃だぁ! 今度は飛ばさぬように振り下ろす剛腕が襲うぅ! 切り裂かれる領域に逃げ場はなぁーい! 大きな体格差の為に最早穴を掘っているように見えてしまっています! これは決まったかぁ?!」
ドドムンッッ
『ガオゥ フゥフゥ』
「無慈悲な連撃のフィニーッシュ! マナを纏った角の一撃ぃぃ! 舞い散る砂の中見えてきたのは大きなクレーターだぁ! 息を切らすアイアンも手ごたえを感じているように見えます! あのラッシュでは流石のバルと言えども――」
『ポポッ』
「む、無傷だぁあ! クレーターの中心に注目です! 私には全くダメージを受けているようには見えません! 超耐久スライムここにありと言うように飛び跳ねています! お二人にはどう見えますでしょうか?」
「うーむ。攻撃の刹那に爪を避けていたようには見えない。だがスライムの外被膜が傷ついていないのだ。硬い? いやそれにしてはしなやかに……これはどういうことなのだトモヤ殿?」
「いい所に目を付けましたね。というかあの早い攻撃が見えているのですね……」
――『スラッシュ・ウーノ』! 攻撃を続けろ! 見極めるんだ!
『ガ、ガオォォォォッ!』
「あぁっと! 必殺の爪が襲います! どうやら攻撃の瞬間に超耐久の答えがあるようです! 今スロー映像を用意しておりますのでお待ちください! この映像魔導具は『ウィンブル商会』の協力でお送りしています」
『ガォガ!』
「あっとその間にもフルスイングゥー! マナ強化された剛腕がまたもバルを吹き飛ばしましたぁ! ですが確かに形を保っております! だからこそ転がっているのです! あーっと! また追撃ぃ! 広い戦場を縦横無尽に転がっています! っとここでスロー映像をご覧ください! バルに爪が迫ります……当たって……まともに捉えています! 爪は確かにバルを捉えています! ですが僅かに凹んだだけで吹き飛ばされました!」
「硬くてしなやか。そして軽い故に傷つく前に飛び、小さい故に砂に埋まる。……小型であることを活かしたのか」
「なるほど! 小さな体格はデメリットではなかった! 『砂地』を最悪の環境から変えるための選択だったのです! これはどんな状況でも利点を活かせるように適応した良い作戦と言えるでしょう! 驚きの適応能力ですね!」
「だが、問題はいつまで持つかだ」
「確かに防御一辺倒ではじり貧です! ですが切り裂かれるはずの鋭爪が効いていないのも事実! これは矛と盾の我慢比べと言ったところでしょうか!」
『グガゥ! フゥフゥ』
「ッ! さぁ戦場に目を移しましょう! 続いているのは連撃に次ぐ連撃ぃ!」
『ブフゥブフゥ……』
『ポポッチ!』
「ですが何度攻撃されても全くダメージは見えません! 逆にアイアンはスタミナを消費しています! 一体私達は何を見ているのでしょうか! まるでボールにじゃれ付くような微笑ましい光景にも見えますが、得体のしれない恐ろしさを感じています!」
『うそだろ……』
『本当にスライムかあれ……』
『どうやって倒すんだよあんなもん……』
「トモヤ殿。あの耐久性はステータスだけでは説明できん。一般的なスライムの戦いと申していたが、何かあるのだろう?」
「いえいえ。もちろん一般的ですよ。あれはスライムの本質――」




