14:魔物とはいえ
魔物とはいえ、動いている生物を自らの手で殺す
武器を持ったことさえ無い者は必ず躊躇し戸惑う
存在に怯え、姿に怯え、目に怯え
何度も逃げ出し思いつく限りの言い訳を考える
遂には自己嫌悪しながら得物で切り裂き、抉り、命を刈り取る
動かなくなった肉塊の傍らでどちらのものか分からない血に染まる
咳き込み、えずき、嘔吐
蹲りながら自分を正当化しようと足掻き、冷えていく
自身の心を削り続けることを知りつつ立ち上がり、再度手を血に染めていく
冒険者の仕事と割り切るころには俺は“俺”としていられないだろう
と今朝までは思っていた。
実際には『やぁべぇぇたぁのしいぃぃ』と小躍りしたくなるほどだ。
今も目の前で醜悪な魔物がスッと塵となって崩れた。
魔物からは血は出ないし、倒せばこうして塵となってくれる。
もう見つけたら喜び勇んで倒しに行ってしまう。
◇
ここは村から西側に広がる『モーリー牧場』。
ヤックと呼ばれる6本足の乳牛が放牧されてる草原だ。
遠くには同じような牧場が見え、酪農地帯となっている。
小高い丘になっており、周りは背の高い木もなく涼やかな風が通っていく。
その風には牧場特有の匂いが少し混じるが、開放的で衛生的に生育されている。
今倒したのは【チュバ】と呼ばれる家畜の血を吸う魔物だ。
無理やり動物に当てはめれば、翼を手足に変えて口先を鋭くした蝙蝠と言ったところだろうか。
こいつらは酪農家にすこぶる嫌われている。
家畜にも嫌われており、後ろ足で蹴られて倒されるような弱さだがそれがストレスになって家畜の生育に良くないらしい。
定期的に駆除する必要があると依頼主のモーリーさんにそう説明された。
俺は倒した【チュバ】から出た小さな魔石を摘み上げカバンに入れる。
こんな感じで倒すと米粒ほどの小さな魔石を落とす。
ヤナさんの説明だとマナの保有量が多い部位は【ドロップアイテム】と呼ばれ塵にならずに残ることもあるそうだ。
牙や爪などのマナを得るために使用する部位や体内でマナを貯めている部位が【ドロップアイテム】になりやすいらしい。
魔石に気をよくした俺は歩き出す。
「おしっ! 次だ!」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
冒険者初日の俺は朝一にギルドへ向かった。
とりあえずは採取クエストとか危険じゃないのがいいかなと思っていた。
しかし予想は外れる。
基本的に冒険者生活に必要な薬草などは栽培されているため、採取クエストと言えば取りに行くのが大変な場所だったり、専用の知識が必要だったりする迷宮に多い。
要は逆に危険なので10級で受けられる採取クエストは無かった。
『誰でも簡単に手に入る物は採取クエストにならない』とメガネっ娘受付嬢のヤナさんが言っていたがその通りだと思う。
朝が早く人の疎らなギルドでクエストについての簡単な説明を受け、初心者におすすめのクエストを紹介してもらった。
それが記念すべき初クエスト『モーリー牧場の手伝い』だ。
期間は一日、報酬は牛乳2瓶と1万ゴル。
これは他のクエスト内容を見る限り10級クエストにしてはかなり報酬が良い方であるようだ。
仕事の内容は『家畜の糞の処理と魔物がいたら追い払ってもらう』とのこと。
報酬が高くなるのも頷ける内容だが初心者が選り好みはしていられない。
昨日買った動きやすい服や靴を履いているため、汚れても大丈夫だ。
今日すぐにでも行けるとのことなので二つ返事で受けることにした。
弱い魔物が出るということから、ギルドに設置されてる【ステオーブ】で自分の【ステータス】を確認しようとする。
説明通りに触れても反応しないので、ベタベタ触っていたらギルド職員に不審がられた。
昨日の今日でまたも支部長ガノンさんの部屋に通され、『がっはは』笑いをされてしまった。
案の定マナが必要だったようだ。
◇
「確認する度に魔石と紙を使うんでな。今じゃ使われなくなったこいつを使う。この上に冒険者の証を置いてみな」
ガノンさんに言われた通りに紋章が書かれた紙の上に置く。
すると紙に文字が浮かび上がった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
コイズミ・トモヤ 10級冒険者
【力】 34
【耐久】 52
【器用】 68
【敏捷】 24
【魔力】 2
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おぉ! すごい! え……?」
「……」
「あのー」
「ここにもう一度……いや間違いは起きねぇ」
「……ガノンさん?」
「……大丈夫だ! コイズミ! 大丈夫! 心配すんな! あれだ! 今度うまい魔獣肉を奢ってやろう! 大丈夫だ!」
ガシッと肩を掴まれた。
うわぁ……これ慰めようと必死だぁ。
「そんなに……低いのですか?」
神妙な顔つきで壁から剣を取った。
柄を向けて渡してくる。
「……この剣を持ってみろ」
ガノンさんが軽々と持ってきた物は、刀身の幅が6~8cmほどで細身の剣の部類だと思う。
炭素鋼なら現場でよく使っている。たまに治具用に端材を貰う。
この大きさなら鉄の比重で見たら5kgぐらいだろう。
まぁまぁ重そうなので両手で受け取る。
ズシッ!
『ガンッ』
おっっも!
思っていた倍は重い!
手首が軽くグネッた……
それのせいで鞘の先端が床にぶつかった。
「あ゛っ すみません!」
「いやいい。……これは片手剣だ。力70ぐらいないと満足に扱えねぇ。ギルドじゃ冒険者が使う最初の武器に推奨されてる」
「えぇ……という事は……」
「あぁ。初級の剣も満足に持てねぇつうことだ。がっはは……」
事の重大さを誤魔化すような乾いた笑いが響いた。
◇
戦いにおいて数は力だ。それは揺るぎようのない事実。
例えば剣の達人1人に対して、剣を持たせた素人1000人を同時に戦わせた時に果たして文字通りの一騎当千は成り立つだろうか?
――戦う場所がこうなら
――いやいや一旦逃げてこうすれば
――この条件であればあるいは
――いや戦意を失わせれば……等々。
どうにかして勝つ戦術や条件なりを考えるだろう。
その偉業を成し遂げるのが、並大抵のことではないということを分かっているからだ。
しかし、この世界ではその立場が逆転する。
強力な【ステータス】はそれだけで驚異となりうる。
攻略不可能と言われた強力な魔物ひしめく巨大な魔窟に飛び込み、剣一本で殲滅してのけた剣聖。
あらゆる魔法を極め、ついには大陸ごと浮遊させた賢者。
そしてあらゆる傷を癒し、難病を治し死すら超越した聖女。
信じられないような『武勇伝』は嘘や誇張などではなく、事実『英雄譚』として語られる。
つまりは戦術も条件も無く、堂々の正面突破で一騎当千が成立する。
それほどまでに【ステータス】の差は如何ともしがたい隔たりとなっていた。
そんな伝説の英雄達よりもっと身近なところでは、商人や農夫などであっても【ステータス】を上げることが当然とされている。
それは魔物などから身を守ることはもちろん、当然【力】を上げれば荷物なども多く持ち運べる。【器用】なら精密さが求められる作業にといった具合だ。
その時の体調にも影響を受け【ステータス】は変動する。
当然【ステータス】が上がれば仕事のパフォーマンスも上がる。
体調管理と能力の向上はどの世界でも社会人には必須だったと。
確かにドアや椅子、コップ一個とっても『何かちょっと重てえな』とは思ってたよ……
ちなみに登録したての冒険者の【ステータス】は、【魔力】以外は大体100ぐらいが平均だと言っていた。冒険者は15歳から登録できる。つまり俺は子供以下の【ステータス】だということだ。
ただ【魔力】はその人の資質に大きく左右され、振れ幅が大きいとのこと。
ガノンさんは深刻そうに【魔力】が2しかないことも心配してくれた。
赤ちゃんでも、もっと言えば死体でも俺よりも高いそうだ。
ここまでかなり遠まわしに控えめに優しく伝えてもらったが要約すると、
『多くの冒険者を見聞きしてきた中で“最弱”』
『冒険者に向いていないとかではなく、生活に影響が出るレベル』
初クエストに向かおうとする俺にとってはこれ以上ないほどの最悪の激励となってしまった。
ただ、俺は逆に魔力が2ある事に驚き、希望を持っていた。
『……0じゃないなら魔法を使えるようになるかも知れないっ』と。
◇
「ちなみにガノンさんの【ステータス】ってどのぐらいなのですか?」
「パーティ組む時以外は煙たがれるからむやみに聞いて回るなよ? 最近は測ってねぇが上から、
【力】 800
【耐久】 600
【器用】 700
【敏捷】 500
【魔力】 300
ぐらいだったな」
ふぁっ?!
まさに桁違いとはこのことだ。
ガノンさんには逆立ちしても勝てないだろう。
『装備や加護、マナによる身体強化等で大幅に変化するから【ステータス】が低くても侮ってはいけない』これは冒険者の教訓なのだそうだ。
……気を使わせてしまったな。
「いいか。コイズミ。【ステータス】は“今”のお前だ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。まずはうまい飯を食って魔物を倒す。帰ってきたらうまい酒を飲む。それが“明日”のお前を作るんだ。いきなり強くなろうなんて“馬鹿な夢”は追うなよ」
ガノンさんは多くの冒険者を見てきたのだろう。
その瞳には多くの他の誰かが映っているように感じた。
まずは地道に目の前のクエストをクリアしよう、そう心に刻んだ。
ガノンさんなりの激励の言葉にお礼を言い部屋を後にする。
お次は『素材買取』の隣の奥まっている『メンテナンス』に向かう。
◇
『メンテナンス』カウンターでは、その名の通り装備の簡単なメンテナンスから装備の買い取りや販売を行っている。
これは『駆け出し冒険者を守る初級装備はきちんと整備してある物を用意する』というギルド側のポリシーらしい。
『決して中古装備を売りさばいている訳ではない』とイケメン【猫耳】店員さんから念を押された。
あまりジロジロ見るのもアレなので黙って聞いていたがこの人は猫人なのだろう。耳の位置に大きなふさふさが見える。
最初は気になって説明が耳に入らなかった。
装備を選ぶが、そもそも片手剣も振り回せるような重さじゃなかった。
鈍器なんて以ての外だ。
ナイフや細身の剣もあったがリーチが短すぎて怖いし、命を預けるには心許ない。
遠距離武器コーナーには弓や銃っぽい武器が置いてあった。
お試しで弦を張ろうとしたが、それすら出来なかった……
猫耳店員の視線が痛い……
銃も消費する弾も書いてある値段を見て、諦めた。
特に『お買い得! 火炎弾:5万ゴル! 100発分保障!』なんて『何がお買い得なんだ!』と怒りすら湧いた。
武器の選定に苦労していると、ふと槍コーナーの端っこに置いてあった槍が目に付いた。
柄の部分は木製になっていて軽く、重心を前に置いてあり突き刺すには使えそうだ。
両刃が付いた槍を手に取り、よろめきながら何とか突けることを確認した。
最初の武器は矛に似ているこいつにしよう。
防具は心臓を守る軽い胸当てと軽い皮の手甲を見繕ってもらった。
腹の魔石を守るための腹巻のような腰当も進められたが断った。
重すぎて動けなくなる。
それに魔石を守る必要が無いのと予算的にもあまり使いたくないためだ。
〆て10万ゴルの装備。
残り予算は12万ゴルぐらいだ。
急激に懐ろが心許なくなってきた。これは本格的にクエストを頑張ろう。
早速、槍は倉庫にしまい、急いで依頼主の元へ向かう。
◇
牧場に着くと早速依頼主のモーリーさんに仕事内容を説明される。
その1.草原に散らばっている牛の糞を集めて、離れの小屋に持っていく。
その2.ほとんど見ないだろうが魔物を見つけたら追っ払う。
クエスト指示書通りの内容でシンプルにこの2つだ。
魔物の【チュバ】は近づくと逃げるから追っ払ってくれるだけでいいと言われ少し安心する。
『ほいじゃよろしく頼む』とスコップと牛糞を運ぶ用の荷車を渡した後はもう行ってしまった。
仕事を始めようとして、ふと思い立つ。
これってわざわざ掘って運ばなくても、『倉庫』で収納して運べばいいんじゃないかと。
近寄るのが嫌なので『範囲収納』を試すとしよう。
右手を前に突き出して、
「『範囲』、『収納』」
音もなく目の前の牛糞が消えた。
おぉ! うまくいった。指輪様様だ。ナイスだディーツー!
ガンガンいこう!
「『収納』『収納』 しゅうのー!」
意気揚々と俺が歩いていく後ろには点々と小さく禿げ上がった地面が残る。
傍から見れば右手を突き出した俺の目の前の地面が、自然に削れていくように見えるだろう。
草原は広かったが2時間ほどで、目に見える範囲のほぼ全ての牛糞を片付け終わった。
最後に離れの小屋にまとめて『設置』したが二度と近寄りたくない。
これにはモーリーさんも感心してくれ、昼には牛乳とチーズの差し入れを貰った。
朝一におやじさんの所で朝飯を食べ、弁当を貰ってある。
どっしりとした肉サンドイッチ。ピリ辛ネギソースのような味付けでモーリーさんが差し入れてくれた牛乳との相性もバッチリだった。
クシャッと包み紙を『倉庫』に放り込み、午後もやろうとしたら『もうクエストは完了で帰っていい』と言われ冒険者の証に光る判子を押してもらった。
……でも俺には気になることがあった。
作業中もちらちら見えていたが、あれって魔物だよな……?




