132:熱い日差しが差し込む円形闘技場
「熱い日差しが差し込む円形闘技場! 空を仰げば雲一つない晴天が広がっております! 仰ぐその目が見据えるのは従魔の頂き! 青き魔獣使い達の登竜門! 幼獣杯が開催されております! トーナメント第3回戦の開始を今か今かと待ちわびるのは約5万人の観客! この日差しにも負けない熱気はライブビューイング会場の映像魔導具にも届いていることでしょう!」
『ワーワー』
「どうぞ熱中症に注意しながらご観戦ください。私も水分補給をしながら失礼します。……ごくっ美味しい! 『渇きには愛をビビアン飲料』の提供でお送りしています。さぁ今一度ここでルールを確認します。一対一のガチンコタイマン勝負で相手従魔を戦闘不能にすれば勝利。降参も認められております。安全に配慮しておりますので直接魔獣使いを攻撃するのは反則です。また武具の装備は許可されますが、魔法によるバフ掛けやポーションなどの回復薬の持ち込みは認められません。そして戦場は抽選により『廃墟』、『湿地』など様々な環境に変化します。素早い地形の転換にも注目です。この会場整備は『バンダレイ建設』のご協力のもと行っております」
『ワーワー』
『スポンサー配慮ターニャたそぉお』
「さて、実況は『貴方のハートを盗んじゃうぞっ』ターニャ・ウェーバー、解説は従魔クラン『樹の友』代表【拝み倒し】マルダさんにお越しいただいています。さぁ、マルダさん。次はモロン選手率いる『ドズボア』とリリー選手の『スライム』の戦いとなります。オッズでは6番人気と最下位16番。開会式でもその体格差は歴然となっていましたが、抽選の結果戦場は『岩場』。これについていかがでしょうか?」
「確かにドズボアは岩場に足を取られないようにする必要がある。でもそれだけだ。逆に言えばそれ以外にスライムなんぞに負ける要素はないだろうな。つまらん試合になりそうだ」
『ブーブー』
『言い過ぎだぞー』
『うるせぇ老害野郎ー』
「……き、厳しい解説ですが、確かにリリー選手の単勝オッズは627.1倍。これは最年少選手の苦い経験とならないことを祈るばかりです」
「はっ。魔獣使いに年齢は関係ない。従魔と心を交わしたその時から――」
「おっとー! ゲートが開いたぁー! 準備が出来たようです!」
「まずは東ゲート。2度の出場は大きな経験を積ませたか! 前回大会準決勝進出のモロン選手! 冷静に戦場のコンディションを見極めています!」
『きゃーモロンさまぁ!』
『子爵様! 凛々しくなってるわぁ!』
『ショタっ子キター!』
「続いて『ドズボア』の登場だぁぁ! デカいデカい! 圧倒的な体躯! 強靭な牙! 纏った鎧姿はまさに4足歩行の重戦車! ノシノシイノシシと岩を跳ね除けながら進んでおります! 5級魔獣に指定されているのも納得の威圧感! 放たれる突進が脅威なのは誰の目にも明らかです! でもご安心ください! 観客席と魔獣使いエリアは『障壁魔導具ならイッツミー』の【防壁】で守られております! さて、マルダさん雰囲気はどうでしょうか?」
「まずまずの個体だ。『ギガドズボア』への進化も近い。スライムなんぞ岩ごと磨り潰して終わりになるだろうな。まぁ毛並みはいいが少し足の細さが気にな――」
「さぁ西ゲートから入場するのはリリー選手! あぁかっわいいっ!」
『きゃわわ!』
『がんばれー!』
『リリーちゃーん!』
「失礼しました! ですが非っ常に可愛らしい! 過去の大会においても8歳4か月は断トツの最年少! 普段はお花屋さんのお手伝いをしているそうです! まさに円形闘技場に咲いた一輪の花! 汚い大人達の賭け事などどこ吹く風と大歓声に答えながら進んでおります! マルダさん。リリー選手には難しい試合になるでしょうが、どのような事に注意すれば良いでしょうか?」
「注意することなぞない。スライムなんぞで何をしようとも無駄だ。かっはは! 岩に隠れて逃げるぐらいなら儂は棄権を勧めるな。まったくコネなんぞで神聖な従魔戦の時間を――はっ?!」
「ッ!! はぁ?!」
『な、なんだあれ!』
『うそ……だろ』
「デ、デカイィィイイイイ! なんだあのデカいスライムはぁーー! 巨大なゲートに詰まりながら出てきています! どう表現して良いか分かりませんがまるでゆっくりとした洪水のようです! まだ出てきているー! 似合っていた従魔証の小さなリボンはもうどこか分かりません! 既に巨大な闘技場の3分の1がスライムに埋まろうとしています! マルダさん! 一体これはどういうことでしょうか?!」
「ふがっ! あり得ん! あり得んぞ! 海中のグランシースライムの最大サイズも超えてる! 地上で形成出来る大きさじゃない! あんなのすぐに自壊する!」
ボヨンッ
「……入った……? 闘技場に入りきりました! 見慣れたスライムの形状です! ですが余りに、余りにも大きい! 巨大に見えていた『ドズボア』が小さなウリボウに見えてしまいます! ここ実況席でも凄まじい圧迫感です! 前列の方々は空を見上げていることでしょう! っとここで情報が入って参りました。『中身はただの水で害はない』とのこと。……知りたいのはそこではありませんっ! マルダさん! これはどう見ますか?!」
「う、海神様だぁ……こりゃあ海神様の怒りだぁ……」
「と、とにかく通常のスライムではないことは明らかです! 一体どんな戦いになるのでしょうか! まさに異例尽くし! 過去例を見ない大型魔獣対超々大型魔獣の対決が今始まります!」
ゴーン!
「ゴングが鳴りました! 仕掛けるのはどちらだぁ?!」
――い、行け! ドンズ! 『突進』だ!
『ブビィ!』
「先制したのはドズボア! 岩場を物ともせず突進したぁ! 速い速い! 蹴り足に力があるぞぉ! 『迷惑伐採魔獣』の異名は伊達ではありません! マルダさん! これは? マルダさん? しっかりしてくださいマルダさん!」
「えっ? あ、あぁ! あれは牙で突き破るつもりだ! 巨大とは言えたかがスライムだ! 破ってしまえば――」
ボムンッ
「おっとー! これはぁー? や、破れません! 無事です! 破れていません! 足は有りませんがスライムの足元に跳ね返されました! 首を振るドズボアにも困惑が見て取れます!」
――こっちの番なの! バル『だいたるうぇーぶ』なの!
『ポビチ!』
ドドドドドドドォ!
「崩れたぁ?! せ、堰を切ったような洪水です! 上空から大洪水が押し寄せます! いや! これは飲み込んでいます! 捕食です! あれは洪水ではなく捕食動作です!」
――あぁ! ドンズ! しっかりしろ! ドンズ!
『ブビボボボ』
「完全にドズボアが飲み込まれたぁ! 急ごしらえの犬かきでは脱出は厳しいかぁ?! 『制御された水ほど怖いものはない』これは最大級のグランシースライムに襲われた航海士ピウィーの言葉です! このまま決まってしまうのかぁー!!」
ゴーン!
「決まったぁ! 決まってしまいました! 勝者はリリー選手! 圧倒的です! 下馬評を大きく覆す圧勝です! 外れた従魔券が大量に舞っています! さぁマルダさん! 勝因について――」
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「なんなのですか! どういう事なのですかあれは!」
沸き立つ闘技場を見渡せるVIPルーム。
その場に似つかわしくない癇癪が飛んだ。
「ご安心ください。たかが大きなスライムにございます」
執事風の男が宥めるも癇癪持ちの女主人は尚も興奮を抑えられない。
「『たかが』ですって? あんな大きなものをどうやって始末するというのですか!」
「控室ではその限りではございますまい。それに……大きいのであれば小さくしてしまいましょう。そうなればあの魔獣であれば敵ではございません」
その癇癪が日常茶飯事であると分かるスムーズな返答を行うと執事はニヤリと笑った。
「……なぁるほど。流石はヴィクトです。必ず仕留めるのですよ」
「……お任せください」
部屋を後にした執事はコツコツと足早にどこかに去っていく。
「ふぅ」
小さく吐いた溜息とそ眉間の皺に苦労の跡が見て取れた。




