130.5:トモヤおにいさん
「『トモヤおにいさん』と呼ばれていましたねっ?」
「……呼ばれていましたが?」
「『お兄さん』と『お兄ちゃん』どっちがいいのですか?!」
「えぇっそんなのどっちでも――」
「あっあっダメです! それは『最も怒らせる回答』なのです!」
「えぇ……」
朝まずめも終わり白犬と部屋でゴロゴロしていたところ不意に現れたディーツー。
大きなサングラスをして、大きな帽子を被り、シックでエレガントな感じの恰好はどこぞのご令嬢を思わせる。
『お兄ちゃんはお兄ちゃんです』とどうにか呼び方が『お兄ちゃん』に落ち着いたところで、定時連絡が始まった。
と言っても、森での緊急連絡からほとんど変化はなく、早々にすごく申し訳なさそうに『王都観光してもらえませんか?』という流れとなった。
「今の私は『悪徳令嬢』です! 『控えなさい! 捨てられたガムのようにへばり付いておれば良いのですわ! おほほ!』なのです! さ、花の都に繰り出しましょう!」
どうやらこのご令嬢は王都を意識した格好だったようだ。
◇
「チュロスおいしいのですぅ……うぅ」
『グアウ?』
早速、『狼牙』でテイクアウトを注文。
『おまけで持ってけ』と渡された沢山のミルクチュロスを頬張りながらディーツーは目を潤ませる。
早々にデカサングラスは『これ邪魔なのです』と外していた。
すっかり面倒見の良くなった白犬が世話を焼くように心配している。
「なんて綺麗な街並みなのでしょうか……キラキラしてるのですぅ」
『ウオン』
『それは涙のせいでは』とは言わない。
美味しそうな屋台の揚げ物。
怪しい露店の怪しい宝石。
石畳から生える花。
荷物を運ぶ従魔。
食べる物に感激し、目に映る物全てに目を輝かせるディーツーほど王都観光を楽しんでいる人はいないだろう。
それは彼女の純粋な美徳であり、明らかに場違いな恰好をしていても愛らしく思えた。
「あっ! コイズミさん!」
噴水広場に差し掛かった時、元気な声が聞こえた。
そこには尻尾をパタパタしている犬人の女の子。
この子はレナード孤児院の年長さんのリディア。
ぶち色の毛色に黄色いリボンが良く似合う。
獣人の血が色濃く残るダブルコートの髪質は、少し硬めの白犬の撫で心地とはまた違った感じに見え、思わず撫でたくなるほどモコモコしている。
今でこそこんな感じだが、出会いは最悪だった。
数日前に眩しい水着姿の観光客たちが溢れるビーチを尻目に岩場の湖岸をランガンしていたら、その様子はかなり不審だったらしく近くの孤児院の職員を呼ばれ、職務質問ばりに疑われたのだ。
まぁ確かに見慣れない魔獣を連れて、見慣れない道具を湖に向かってシャッシャしてたら何事かと思うだろう。
最終的に『これは魚を捕ってるんだ。やってみろ』と実践してもらって良好な関係を築けた。
今では柑橘ソースをかけたソテーと魔法や投網に比べ子供でも新鮮な魚を調達できる釣りは、レナード孤児院にドン刺さりして新たな食育と収入源となった。
そして釣り方や締め方の英才教育をする傍ら話していると、驚いた顔の観おじが現れた。
レナード孤児院は観おじスクアロさんの出身だったようで、的当ての証の貝殻加工も行ってもらえるとなりトントン拍子に話が進んだのだ。
「リディアさん。こんにちは。納品の帰りですか?」
「うんっ シロイヌちゃんもこんちー」
『ウオンッ』
ニコニコと笑うリディアに俺に隠れるディーツー。
他人と話すのはまだ苦手なようだ。
「えっと、その子は異国の……貴族様……ですか?」
「妹のディーツーです。これはコスプ――いや、演劇の練習です。ね、ディーツー」
「そ、そうです。き、貴族なんかじゃなくて妹なのですっ! 控えおろうですわ!」
「あっははっ妹の方が上なんだ? ディーツーちゃん面白いねっ」
「い、妹は最高なのだと書いてあったのです! 『地味な妹のきょにゅ――もご」
「なんのあれだそれ! それは違いますからね! ケーヴィ見張ってろよ!」
「?? あははっ仲が良いんだねー」
「も、もちろんです! なでなでしてもらえる仲なのです!」
「いいなぁ……それは羨ましいかも。どうですかコイズミさん。こちらに撫でやすそうな毛並みがありますよ」
「あっあっ! 簡単になでなでしてもらうのはズルいのですっ」
「ふふっじゃ一緒にしてもらえばいいじゃん」
「ッ! て、天才なのですっ! リディアさんは天才なのです!」
同い年ぐらいに見える2人の微妙にズレた会話。
仲良くなってくれるとなんか嬉しい。
じゃあここは素敵な船旅にご招待してやろうじゃないか!
◇
「いやっほおおう女王陛下あいしてるうううううう」
『『じょうおうへいかあいしてるううううう』』
『ウオオオオン』
思わず口走ると孤児院の子供たちもディーツーも真似して続いた。
白犬も楽しそうだ。
そんな言葉が出てしまうのもしょうがない。
――こんな良い船貰ったんだから
うちのかわいいリリーにも大好評だった12人乗りエクスプレスクルーザーのようなボート。
免許の要らない最大サイズがこの素晴らしい船『ブルーテイル』。
これは小さな釣り仲間たちと糸を垂らしていた所、『目新しい船がお前の名義なってたぞ』と観おじに言われて気が付いた。
むしろ『なにそれ』と王族専用の停泊所近くに停泊されていた現物を見るまで信じられなかった。
『教育係のせいで満足に釣りもできねぇ』、『どうせ使わねぇ金なんていらねぇよ』と失意も合わさり、教育係を任された時にろくに確認せず【倉庫】に放り込んでいた『報酬目録』。
一番最後の項目に書いてあったのがこの報酬『魔導ボート』だった。
まじミア女王陛下あいしてる。
『こちらは任せろ』と言ってくれたメル師匠もシェフィ先生もマジあいしてる。
「キャー」
「ワー」
操舵する船は水しぶきを飛ばし、軽くバウンドしながら進む。
バウンドの度に子供たちから悲鳴と歓声が上がる。
水深深めのポイントに到着。
温泉が湧いているとはいえ、水温が上がり始めた日中は、深い所を狙うのがいい感じだった。
すぐに釣り開始だ。
子供たちが延べ竿を垂らす中、順番の回ったディーツーはルアー釣り。
ちゃんと貴婦人からフィッシングベストを羽織り、様になった恰好に着替えている。
「そうそう、ゆっくり巻きながら竿先に集中して」
「あ゛っ! き、来たのです! 『フィッシュオン』です!」
「ナイッスー! そのままゆっくりと巻いてくださいね」
「ふぉおお! 今のわたしは『アングラースター』です! 『釣れたんじゃない! 釣ったんだ!』」
「ちょ! ほんとゆっくりでいいから! 白犬ー補助お願いねー!」
『ウオン!』
ぎゅんぎゅんと得意気に竿を曲げるディーツー。
左右への無駄な動きが危なっかしいが、体勢を崩したら白犬の風魔法が柔らかく体を支えてくれる。
「はぁふぅ! か、観念するのです!」
ザバーン
勢いよく飛沫を飛ばし、大きなフルスシャッドが釣り上げられた。
「おっきいね!」
「すごい! ディーツーちゃん!」
「ふぉお! なんて高揚感! こ、これが射幸心なのですねお兄ちゃん! もう止められないのです!」
「次はぼくの番だよぉ! ディーツーおねえさん!」
「ッ! えへへ。そうでしたぁ……今の私は『お姉さん』でもあったのでしたぁ。えへへ」
『変なゾーンに入っているなぁ』と微笑ましく見守る。
次々と吊り上げられる様々な魚。
賑やかな魔導ボートの上は子供たちの笑顔で溢れていた。




