127:これが最初の工程です
「これが最初の工程です。どうでしょうか?」
「うーむ……コイズミ殿。本当に無料で温泉に入れて、さらにドリンク一杯無料などして良いのか?」
「えぇ。これは『フリー戦略』と言います。今回は『直接的内部相互補助』ですかね」
「ちょくせつてき……?」
レジーナさんも交え行われた戦略会議。
個室では最初の『段取』の説明が行われている。
今回の問題はライバル店のアイドルまで雇った宣伝と超割引セールで昼間の顧客を取られてしまった事に起因する売り上げの低下。
ならばと更なる宣伝や割引で勝負すれば、身の削り合いとなる。
そこで提示したのはフリー戦略。
まず『直接的内部相互補助』とは簡単に言えば『割引より無料がいいよね』って感じだ。
例えば『2個買えば1個無料』という見出しを目にするが、結局3個を2個の値段で買っているのだから33%オフだ。
しかし、『33%オフ』より『無料』と書かれた方に惹かれる傾向が強いのは行動経済学で実証されている。
居酒屋のイベントメニューを頼めば生ビール一杯無料キャンペーンなんかもこれにあたる。
より多く顧客を集め、他の料理や酒で回収するのだ。
次に俺は『温泉に入った後に冷たい飲み物を飲まない人はいない』と思っている。
あの美味しさのために温泉に入ると言っても過言ではない。
だから『的当て』に成功すれば、1日に1回限定でレストランでソフトドリンク一杯無料とした。
1日に複数回来るような悪用する輩も、会計に使われている魔導具なら検出可能だ。
更に仕事終わりや歩き回った後に温泉入って、周りに美味しそうな匂いが漂う中、飲み物だけ飲んで帰れる人を俺は知らない。
ちょっとした軽食だけでも食べたくなるのは必然だ。
そして血行が良くなり、美味しい料理を食べ、『ちょっと一杯だけ』のアルコールが入れば、たちまち良い気分の出来上がりだ。
◇
「――というわけです」
「むーん……温泉という独自の武器を活かして飯への動線を作るわけだな。確かに無料やら温泉の種類を増やしたりで集客は見込めるとは思えるな。それで次の【光球】の的当てというのは……治癒士や魔導士に有利となっていると思えるが?」
その通り。問題になるのが客層。
確かに現実的に考えて、無料に釣られた荒くれ者ばかりが来てもらっても困る。
「まぁ結果的にそうなりますね。【光球】はマナ灯の的を破壊しないですし、特に治癒士は酒を節制されていると聞きましたから、昼間から浴びるほど飲んで暴れる人は少ないと考えています。それに……もし仮に何かあっても治癒士が大勢いれば何とかなるでしょう?」
「ははーん。客を保険とするか。ふふっ悪いことを考えるではないか。だが、当たらなかった者からは不公平だという不満が出ぬか?」
「いえ制限なく挑戦できるようにしますから、最終的には子供からお年寄りまでほぼ間違いなく達成できるようにしています。むしろ子供には当たらなくても上げることにしちゃいましょうか」
「じゃあ的当てはあくまでアトラクション。実際は全員にドリンクを無料で配るということなのだな……それでは酒類の売り上げまで落ちるのではないか?」
「『いつ、何を、誰に売るのかを明確にする』のが重要なんです。今もそうですが夜は常連客が多く酒類もある程度出ると考えています。でも、朝から夕食前ぐらいまでの客層は仕事の休憩中の方や観光客がメインですよね? レジーナさん」
「うん。そうだね」
「その人達にはむしろ酒よりジュースがいいでしょうし、早く食べられる軽食や食べ歩きしながら観光出来るテイクアウトが喜ばれると思います。この店の料理のクオリティは屋台には無い魅力ですしね。だからまずは何より『良い雰囲気の場所だな』って思ってもらえる経験こそが重要なんです。『返報性の原理』と『ザイオンス効果』って言うんですけどね」
「へんぽうせい? ざいおんす?」
「メルさんは無料で何か貰ったら何もしないのは申し訳なくなりません?」
「うむ。なるな」
「後は気持ちのいい挨拶をする店員さんがいるとついついそこで買いたくなりませんか?」
「なるな」
「それです」
「ほぉう……」
「トモヤ様。テイクアウトということは、この貝殻の証というのは、宣伝も兼ねていると考えても宜しいでしょうか?」
「そうです。観おじ、あ、回収業のスクアロさんに粉砕する前の貝殻を格安で卸してもらえるのは先ほど確認した通りです。それを証として付けてもらえば識別も簡単ですし、達成感と特別感が出ますよね。そして街中でさっぱりとした感じの人が、美味しそうな物を食べ歩きしていて、店の証を付けているとなれば宣伝にもなります。それに日ごとに違う色や種類なら集めたくもなるでしょうね」
「……なるほど。多くの食用貝は割れば、劈開して尖った牙のような形に割れます。その後は【研磨】や【吸着】の魔法で簡単にアクセサリーに出来るでしょう。暗に宣伝も客にさせるとは……よく考えられておりますね」
「そうなると後は増えた客に対応する工数を確保せねばならんな? 我も手伝うぞ!」
「いえいえ。いるじゃないですか。丁度いい人が」
目線を寝ているであろう宿屋区画の方向へ向ける。
「え、まさかシリルに接客をさせるのか?!」
「あの様子ですと……負担が増えるだけと思われます。まだ時期尚早、然るべき教育が必要かと」
「あたしはいいよ。没落貴族の娘なんでしょ? 困ったときはお互い様さ」
それまで考え込んでいたレジーナさんはあっさりと了承してくれた。
元々姉御肌のレジーナさんにはそう説明してあるシリルの境遇がドン刺さりしていたのかもしれない。
「うーむ。ならばどうだ? レジーナ。突拍子もない案だと思うかも知れないが――」
「うん。やろう。面白そうっ!」
こうして最初の工程である無料キャンペーンイベントはレジーナさんの二つ返事で始まった。
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>ローザさんの救出
― ビザウ嫌なやつ
― フオーリ・レ・ムーラの迷宮整合
>バルの修行
*〇 最終日は従魔戦
― 酸× 殴× 巨大化〇
>シリル(シュリ姫)の教育
― めんどくさい
! 『狼牙』で接客
>レストラン『狼牙』の集客
― 割引セール以外
! フリー戦略 テイクアウト
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