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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第5章 出張先での揉め事は極力避けたい件について
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125.5:華やかに飾り付けられた部屋

 

 華やかに飾り付けられた部屋。

 彩りを添えている多くの花々。


 カーテンがそよぐ大きな窓。

 柔らかな光が注ぐ窓際のベッド。


 そのベッドには倒れた枯れ木のように人が沈んでいる。


 傍らに寄り添う治癒士が手を握り、必死に何かを叫んでいた。




 ――あぁまたこの夢




 これは幾度となく繰り返される明晰夢。

 目が覚めると忘れている幻夢。


 しかし続く言葉も、その結末も。

 全てを覚えている。


 忘れることなんて出来はしない。




 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




『ありがとうございます聖女様』



 フードを目深に被り豪華な屋敷に赴き、痛みを訴える患部に治療を施す。


 その症状は痛風に始まり、軽い腰痛に、二日酔いのムカつきに至るまで。


 それらの()()の報せは昼夜問わず押し寄せた。

 治して1週間待たずに呼ばれることもあるだれでも出来るような治療。

 その行為に意味があるのかずっと疑問だった。




『緑光の導きのあらんことを』




 聖女として決まり文句となっている言葉を返す。

 すると決まって包みを渡される。

 従者が受け取り屋敷を後にする。


 この一連の流れをただ繰り返す日々。

 まるで心と体が別々に動いているような感覚にも慣れてしまった。


 物心ついた時には孤児として育っていて、突然聖教会本部に引き渡された自分にとっては、彼ら彼女らの行動は別の生物であるかのようにまるで理解が出来なかった。


 早々に強く言い寄られる事や、愛人への強要などはただのノイズとして処理することを覚え、『食生活を改善しろ』、『ポーションを飲め』というあらゆる言葉を飲み込み、胸にしまうことを覚えたのがいつからだったかは、もう覚えてはいない。




『や。ローズマリーよく来たね』




 そんな日々の中、彼女に会う日は心が安らいだ。


 王都から少し離れた男爵領ティルキナの三女ミュゲーテ・ド・ティルキナ。

 15歳にして幼い少女のような容姿でありながら、どこか達観したような雰囲気を持ち、不思議な魅力に溢れていた。


 屋敷から出ることを厳しく管理された彼女の部屋は、初めて入った時には花畑に舞い降りたように思えるほど多くの花々に囲まれていた。


 魔石が歪に形成され生まれてきた彼女は、何もしていなくてもマナを少しずつ放出してしまう難病『魔素流出症候群』、通称『枯れ木病』に侵されていた。

 完治させる方法は確立されておらず、魔石の成長による自然治癒に期待する他なかった。


 その症状の緩和法であるマナの流れを整え満たす【聖流】には痛みが伴う。

 それでも弱音を吐くことなく受け入れる強さを彼女は持っていた。


 またそのような境遇にも関わらず好んで演劇や植物の本を読み、調子の良い日はゆったりと庭園の花を愛でる振りをしながら屋敷を抜け出しては、野草を観察しているような行動力に溢れていた。




『だってなんか完璧親近感わいちゃってさ』




 連れ戻され叱られても悪びれずそう言ってのける彼女は自分には無いモノを持っているようで、憧憬を抱いたものだ。


 その2週間に一度の治療が繰り返される中で多くの会話が生まれた。


 彼女は舌が長く鼻に付けられること。

 私は体が柔らかくペタリと開脚できること。


 彼女の夢が舞台女優なこと。

 私が実は節制対象のお酒が好きなこと。


 私のような姉が欲しかったこと。

 彼女のような妹が欲しかったこと。


 秘密裏に部屋を抜け出し、彼女の下手くそな歌と演技を肴にワインを飲み、笑いあった日は忘れられない。


 聖女としてではなくローズマリーとしていられたかけがえのない時間。

 その穏やかな日々は長くは続かなかった。



 ――彼女の容体が急変した




 ◇




 訪問の間隔が2週間から1週間、1週間から3日になる頃には彼女は部屋を出ることはなくなった。


 痛々しいほどやせ細った手足。

 弱々しく感じるマナの波動と心臓の鼓動。


 執事が手を焼くお転婆ぶりは見る影もなくなっていた。


 それに伴い治療方法が変わった。

 選択されたのは【反魂】という方法。


 これが『聖女』と呼ばれてしまった元凶であり、世間では生命活動が停止した者さえも癒し息を吹き返すと言われている【固有魔法】。

 実際は死後僅かな時間しか効果がなく、体の損傷が激し過ぎる場合などにも使えない。


 そして何より、単純な治癒魔法などではなかった。


 生物のマナを取り出し別の対象に移すという言わば『生贄』が必要となる術式。

 治療の際には家族であっても閉め出され、この邪法と呼ばれてもおかしくない魔法の詳細は極秘とされていた。


 消えそうになる風前の灯火に油をかけ燃やし続けているように露命を繋ぐ日々。

 既に彼女への『生贄』対象は小動物から、小型魔獣などのより強力な生物になるまでに至った。




『怪盗レディ役はきっとターニャ・ウェーバーが完璧ぴったりだよ』




 それでも彼女はより饒舌に本の内容を語り、2人の穏やかな時間がベッドに移動しただけに思えた。



 だが、それは突然訪れた。



 その日、しつこい言い寄りを躱すのに手間取り、お昼前に帰るはずが少し遅くなってしまった。

 憂鬱な気分を美味しい食事で飲み下そうと帰還すると、急患の報せが来ていた。



 ――ミュゲーテが危篤に陥った




 ◇




 息を切らし通い慣れた部屋に飛び込む。


 見守っていた家族と専属治癒士を押しのけるように手を握る。


 冷たい。


 意識もなくマナの動きも極めて少ない。

 もはや一刻の猶予もないことは明らかだった。


 従者により即座に人払いが行われ弱らせた魔獣が用意された。

 急いで手をかざし唱える。




 ――除くは 器の輪郭



 ――抱くは 常命の樹幹



 ――流転せよ 魔素の束縛



 ――ここに安らかなる眠りを与え 健やかなる目覚めを齎さん!



 ――【命脈反魂リヴァース・ソウル】!




 紋章ルーンではなく共通言葉コイネーで綴られる特殊詠唱。

 その効果はすぐに現れた。



 凄まじいマナの奔流が巻き起こる。


 魔獣が脈動するようにビクリと震えると、眩いほどのマナの塊が浮かび上がる。


 その命の煌めきをミュゲーテへと運ぶ。

 決して傷つけぬように、決して零さぬように。


 マナを染み込ませ、均し、巡らせる。


『いつも行ってきた動作をなぞるだけ』

 そう自らを落ち着かせる。


 やがてゆっくりと眩い光が消えた。




「ミュー お願いっ目を開けて……」




 か細い手を握る。


 すると僅かに瞼が動き、瞳が覗いた。


 僅かに血色が戻った。


 成功だ。




「…………や。ローズマリー……来ちゃったか」




 発せられた言葉がいつもとは違っていた。




「え……ミュー……?」




 駆け寄ってくる家族たちより先に異変に気が付いた。




「どうしてっ……成功したのに!」




 握る手から感じるマナが減っていく。

【反魂】は成功したはずだ。




「……じゃヒントを……上げよう」




 まるで緊迫感もない調子の言葉。

 そしてゆっくりと反対の左手が開かれた。




 ――その手には白い花弁の欠片




「それは……スズラン?」




 いつか語ってくれたスズランの話が蘇る。




 ―――――――



『実はこの可憐な花には毒があるんだ』



『花や根を食べると血圧が低下したり、最悪は心臓麻痺まで起こる』



『美しさと毒を併せ持つ女優なんて完璧じゃない?』



 ―――――――




「まさかスズランを食べたの?! なんてことをっ」




「……話したのは随分前なのに……やるね」




 どれだけ【反魂】を行おうとも毒に侵されていれば意味はない。

 先に解毒しなければ、死の淵を行き来するだけ。


 この状況で既に血液とマナを巡る毒素を完全に除去するなど不可能に近い。


 でも、やるしかない。




「【治癒】【聖―― え……」




 行おうとした治療をミュゲーテが手で遮った。




「……ありがと。もう良いんだよ。ローズマリー」




 優しく子を諭すような声音。

 その瞳には初めて見る涙が浮かんでいた。




「あぁ……これじゃ……女優完璧失格だね」




 それでも彼女は手を握り返し笑顔を作った。




「……これ以上何かを……犠牲にしてまで……生きたくはないんだ」




 弱まる鼓動。




「ッ! そんなのだめっ治ったら女優をやるんでしょ? お願い諦めないでっ」




 滞るマナの流れ。




「おねがいっ……いかないで……私が完璧に治すから……」




 握り返す手から力が消えた。




 ――ローズマリー。大丈夫だよ。誰も完璧じゃないんだ




 残響する言葉。


 揺れたリンドウの花弁がポトリと落ちる。

 美しい微笑みを湛えたまま彼女は旅立っていった。




 ◇




 彼女は17歳を迎える前にこの世を去った。

 葬儀には多くの者が訪れ、溢れんばかりの花と愛を贈っていた。



 もう少し早く来れていれば……

 症状をよく確認しておけば……

 遮られるも構わず治療していれば……



 心の一部に大きな穴が開いたまま、後悔だけが押し寄せる。

 別れを繰り返す治癒士には慣れなければならない感情と分かっていても、顔を上げることは出来なかった。


 そんな時、彼女の両親が語りかけてきた。


 深い感謝を。

 そして自分の知らなかった生前の様子を。



『私の前では決して弱音を吐かなかった』と。

『私の前でだけは何でもないように振る舞っていた』と。



 のた打つほどの激痛を。


 マナの枯渇する凄絶な苦しさを。


 枯れ木のように朽ちていく苦悶を。


 死に瀕する恐怖を。




 ――彼女は誰よりも女優だったのだ




 何が聖女だ。


 何が完璧に治すだ。


 彼女の苦しみも痛みにも気が付くことが出来なかった。



 従者に促され隅に移動しても、心に空いた穴に詰め込まれるのは自責だけ。

 その時、あちこちから悼む声が聞こえる中、小さくある会話が聞こえてしまった。




『男爵領ティルキナは財政が傾いていた』


『その原因が今年の葡萄の不作と聖教会への寄進』


『三女が亡くなったことで立て直すことだろう』




 ……聖教会への……寄進?

 ……従者に渡されていた包みは男爵領を傾かせるほどの負担だった?




 頭を殴られたような衝撃だった。

 彼女と交わした言葉が走馬灯のように押し寄せ、愕然として立ち尽くす。



 ――聖教会とは



 ――犠牲とは



 ――彼女を死に追いやったのは



 疑念。



 怒り。



 悔恨。



 失望。



 ――暗転




 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




 ――夢はいつもここで終わる



 何もかもを投げ捨て、逃げ出した場面で悪夢から覚めるのだ。

 待っているのは焦燥感と罪悪感だけが入り混じる最悪の目覚め。


 しかし、今回は違った。



 ――だからその時の最善を尽くすしかないんす


 ――次は起きないようにしていくしかないんす



 響くのは飾らない言葉。

 浮かぶのはテーブルに突っ伏す素敵な冒険者さんの寝顔。


 少しだけ心が軽くなったことが分かる。

 そしてもうすぐ目覚めるのだと自覚した。



 ◇



「ううん……」



 診療所の朝は早い。

 その習慣が抜けきらぬまま早朝に目が覚めてしまった。


 白磁の部屋にはまだ朝日も射し込んでいない。

 窓を開けると遠くの城塞が少しづつ明るくなってきている。


 ふと目元を触る。

 涙の跡が指に触れた。


 何か悪い夢でも見たのかと自問するが、当然答えは出ない。

 ただ、悲しいだけの夢ではなかったかと思う。


 胸には悲しさだけではなく、強い意志が残っているから。



 ――最善を尽くす 次は起きないように



 決意を胸に聖女の一日が始まった。



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