13:この度は大変失礼しました。
「この度は大変失礼しました。それでは今回の不手際について説明をしたいと思います」
綺麗な起立から深く頭を下げたスーツ姿のディーツーが言う。
……形から入る娘なんだな。
背伸びして大人の恰好をしているみたいでかわいい。
椅子に腰かけるのを促す。
俺は向いのベッドに座る。
「定時連絡ですね。お願いします。特に場所とか魔獣について」
「はい……まずは転送場所についてですが、場所は合っているのですが……その……予定していた時間が違っていまして……」
また時間の間違いか。
昨日もそうだったな。
「こ、この星の暦で1万3000年ほど……」
「1万?!」
「すみませんっ! うっかりしていたら過ぎてましたっ……うぅ」
「うっかり?!」
「うぅ……ずびまぜん」
うっかり具合が謝って済む内容なのかも分からない。
1万年もあれば文明だって変わるし、地形だって変わるかも知れない。
言葉を信じるなら1万3000年前は転送場所の近くに町があったのだろう。
だがその古代文明は何かの理由で滅んだか移転した。
古代の遺跡が迷宮になりやすいなら確かに『陽光の森』は町の遺跡に出来ているという事になる。
よーしよしと涙ぐむ【うっかり1万年OL】を撫でながらそんな事を考える。
「……当時の資料ではコイズミさんを傷つけられるような強い生物は近くにはいませんでした。紫の宝石もすごい価値があったんですよ」
……もしかしたら生物がマナ進化して生まれる魔獣はマナの生物濃縮の結果なのかもしれない。
長い年月を掛けて蓄積されたのかな。
それに1万年もあれば物価なんてどうなるか分かったもんじゃない。
「コイズミさんの自己修復や免疫、表皮とかも強化しておいたのですが……」
「……そんな強化人間にされていたんですね……じゃあ麻痺毒が効かなかったのも傷が消えたりしたのも?」
「はいっ。変質できる限界値ですので、本来であれば安全に過ごすための過ぎた処置でした。
効かなかったというよりは自浄作用と自己修復をインストー……
な、なんでもないですっ! それよりも、それを上回るマナによる強化とはすごいのですっ」
「あ~……はは……そうですか……
できるか分かりませんが【ステータス】を確認してみた方が良さそうですね。このマナ至上主義の世界だったら、変な木に刺されて死ぬとかありえそうですしねっ」
「うぅ。す、すいませんでしたっ。決して無茶はしないでくださいねっ」
「ふふ。はい。気を付けます」
「……こちらからの連絡はこのぐらいでしょうか。コイズミさんは何か質問ありますか?」
そういや気になっていたことがあった。
ついでに聞いてみよう。
「モニターで見ているのですよね?」
「……はい」
「……トイレとかは?」
「あっ……み、見てませんよっ! 見てません! ケーヴィが全部隠しちゃいますし……」
ディーツーは両手のひらをブンブンと振り否定してくれた。
ナイスだケーヴィ。だがケーヴィお前は見ているのか?
どこかで腹を割って話すしかないようだ。
「ケーヴィとは話せますか?」
「すみません。ここでは出来ません……」
「そうですか……」
まぁディーツーに見られているとなると、気が気でなかったが少しは安心できた。
「後は見ていたなら森で倒れた後はどうなったか分かりますか?」
「はいっ。えーと大きな狼さんに咥えられて村まで運ばれました。最初は食べられちゃうと思ってすごく怖かったです……あっ後は狼さんが何度かマナの光を出したのを観測しましたが効果がなかったようですね。
それで人間に任せようとしたのではないでしょうか。気を失った原因は酸素中毒でしたから分からなくても無理はありませんね」
「えっ?……酸素中毒?」
「胸が苦しかったり、めまいがしませんでしたか? 呼吸器系にダメージが蓄積されて中程度の症状が起きていたと思います。森の奥は酸素濃度が高かったのでとても危ないのですよっ」
火起こしがうまくいったのも、陽光の森では火の魔法が禁止されているのもそれが原因か!
色々強化されてなきゃマジで死んでいたんじゃないか? ナイスディーツー!
入るには魔獣や魔物よりまずそっちを対策しなきゃいけないな。
「改めて危険な場所だったと分かりました」
「はい……わ、わたしが言うのもなんですが気を付けてくださいねっ。……他にはありますか?」
「今の所は大丈夫です。ありがとうございました」
「いえ……ほんとにすみませんでした。無事で良かったですっ。……名残惜しいですが今回はこの辺で失礼します。また来ますねっ」
軽く頭を下げ、手を振りながら白い空間に消えていった。
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5時を過ぎた村
昼時の喧騒は過ぎたがそれでも賑やかに映る。
学校帰りだろう。
子供達が楽しそうに棒を振り回しながら帰っている。
気ままに雑貨屋や服屋を回り、当面の生活にもクエストにも必要な物は大体買いそろえた。
この村の人々は皆親切で覗いていた青果店のおじさんには『ほら食え。強くなれねぇぞ』とカラフルなフルーツを貰った。
また往来で遊んでいた女の子からは『これあげゆねー』と飴玉を渡された。
倉庫の中にはそんな感じで貰った食料が少し貯まってしまった。
ここまで来ると『そんなにひもじそうに見えるのだろうか』と疑ってしまうほどだ。
軽く探していた釣り具は残念だが発見できなかった。
その為以外に安くまとまり4万ゴル程度に落ち着いた。
残りは22万ゴルぐらい……だと思う。
というのも冒険者の証一つで買い物ができるのは便利だが、俺の場合は残高が確認できないキャッシュカードみたいに少し不便だ。
都心だとATMみたいな魔道具で引き出せるらしいがこの村には無い。
明日ギルドか銀行である程度引き出してしまおうかと思う。
あまり無駄使いはできないがこの時間からは屋台なども開くようで小銭は持っておきたい。
観光地の温泉街で過ごす夜のようだ。少しだけワクワクする。
◇
この村がそうなのか、この世界がなのかはまだ分からないが、『面白い発展を遂げている』と思う。
電気を使っていないから当然送電網も無ければ電波を用いた通信手段も無い。
しかし、離れた場所に移動できる転送陣、傷を治すポーションに水を出す魔道具。
さらに魔道具商店を覗けば面白そうな便利魔道具が並んでいる。手のひらサイズの布団乾燥機なんて思わず買ってしまいそうになってしまった。
「やあ。コイズミ殿。ここにいたのか。買い物かな?」
「メルさん、シェフィリアさんもこんばんわ。今終わったところです」
仕事が終わったのだろう。
散歩しながら商店を巡っていると気さくにメルさんが話しかけてきた。
後ろにはシェフィリアさんが付き添っている。
仕事終わりも一緒にいるのか。仲いいな。
「どうだこの村は? 良い場所だろう?」
「えぇ。皆さん親切にしていただいて」
「……この後の予定はあるか?」
「いえ。宿で夕飯を食べるぐらいです」
「良かった。我々も同席してもいいだろうか?」
「えぇもちろん。……シェフィリアさんはどうされました?」
昼間の事を気にしているのだろう。
後ろでまごまごしているシェフィリアさんに助け船を出す。
「えっ……えぇ。と、当然私も行きます。メル様に何か有ってはいけませんからっ!」
俺に向ける目が鋭い。
良かった。どうやらお誘いはお気に召したようだ。
ふとメルさんが顔を寄せてくる。
ふわっと花の香り。それに間近で見るとちょっとドキッとしてしまった。
もう思春期のガキじゃあないんだからと戒める。
「……シェフィは心配症なのだ。悪気があってのことではない。許してくれ」
メルさんはちょこっと背伸びをして、秘書の物言いを謝罪した。
「えぇ分かっていますよ。慕われていますね」
「ふふっ。たまに過敏になってしまう。それさえ無ければ頼もしい友人だ」
なんとなく分かる気がするな。
「っ!早く行きましょう。尻尾亭に向かいますよ!」
いけねっ。
ひそひそ話はお気に召さなかったようだ。
◇
次第に影が濃くなり混ざり合いながら夜へと変わっていく。
柔らかい明りの街灯が夕暮れの村を優しく照らし始める。
他愛もない話をしながら宿の食堂に向かう。
昔は町中にも魔物が発生して大変だったそうだ。
この街灯には魔物除けの効果があり、村を守っているらしい。
おやじさんの食堂はお洒落な居酒屋のような外観だった。
【白狼】と書いてある。宿側ではなく外から入るのは初めてだ。
入ってみるとやっぱり繁盛している。
おやじさんの飯は早いし美味いもんなぁ。
そしてメルさんとシェフィリアさんはここでも人気だ。
酔っ払い達もいい男風に背筋を伸ばして挨拶している。
「……ほらよ」
「うぉっ!」
席に着くか着かないかのタイミングで目の前に焼き魚の皿が出現した。
いくら何でも早すぎるし、離れた位置からどうやっているんだ……
またビクッとしてしまった。恥ずかしい。
目の前に座るメルさんとシェフィリアさんも驚く俺に驚いている。
すぐに店員さんが注文を聞きに来る。
メルさんはレーチェと呼ばれるものを頼んだ。シェフィリアさんも同じものだ。
「……ほらよ」
俺の目の前には皮をパリッと焼いた大きなイワナのような魚と野菜の小鉢、ご飯、赤っぽいスープが並ぶ。
向いの二人には香ばしく焼いたキノコと花弁のクリームパスタが置かれた。
おやじさんはレパートリーも豊富なのか。
俺も次はパスタをお願いしようかな。
魚は頭の上にモヒカンのようなヒレが無ければイワナに似ている。
ただしイワナより肉厚でずんぐりとして、それにどことなく顔が不細工だ。
身は見た目に反し、きめ細やかな白身。
ふっくらとした柔らかい身を口に入れると意外にしっかりとした歯ごたえで、ジワっと川魚特有のスッキリとしたうま味とほんのりと味付けされた塩味が広がる。
海腹川背と言うがこの魚も例に漏れず、脂の乗った肉厚な背がうまい。
美味しさに箸が……フォークとナイフが止まらず1/3ほど食べて気が付いた。
食べやすいように骨が取り除いてある。座る前に出されたが信じられないほど繊細な調理だ。
見た目は辛そうだがスープは優しい豚汁のような味でスライスしたキノコも入っている。
いい組み合わせで魚とも合う。
相変わらずおやじさんの料理は美味しい。
2回目にして完全にファンになってしまった。
「この魚は村を流れているあの川で獲れますか?」
「あぁロショオという魚だ。上流に行けば沢山いると聞く」
「主に川虫を食べ、大変警戒心が強い魚です。素人が獲ることは難しいでしょう」
確か白犬達がいた場所ぐらいなら本流竿よりは渓流竿が良さそうだな。
「そうですか……それに上流と言えば【陽光の森】の中ですね」
「ああそうだ。大物のロショオは定期的に採取クエストにも並ぶ。コイズミ殿が8級になれば我と獲りに行こう」
「いいんですか? それは楽しみですね」
「し、素人には難しいと申し上げました」
「ええ。だから試行錯誤を繰り返すのです。それが楽しいのですよ」
「ははっどうだシェフィ。言っただろう? コイズミ殿は面白いと」
「私にはわかりませんっ……メル様にだけご負担はかけられません。私も同行いたします」
「シェフィリアさんもありがとうございます。まずは8級になれるように頑張りますね」
「っ! ……もうっ」
小さくつぶやく『もうっ』が可愛らしい。
メルさんも微笑んでいる。
3人での楽しい夕食は瞬く間に過ぎていった。
◇
「おやじさんご馳走様。魚美味しかったです。しかも食べやすくしてもらって最高でした。近いうちに私がロショオを調達しますね」
気のせいか無愛想なおやじさんが少し笑ったように見えた。
「……明日はクエストだろう。弁当を用意してやる」
会計で俺たちの分まで払おうとしていたメルさんがその言葉に驚く。
俺の飯代がタダだという事も『うまい飯を嫌と言うほど食わせてやる』というクレアおばさんのご厚意だという話をしたら余計に驚いていた。
「なるほど。ゲラルさんにもクレアさんにも気に入られたか。やはりコイズミ殿は面白いな!」
神獣の使い様とかじゃなく、気に入ってもらえているなら嬉しい。
あとおやじさんはゲラルというのか。
明日のクエスト初めを思い思いに激励してくれる2人と別れ、寝る前に風呂に入る。
大浴場は木目が鮮やかに流れる木の浴槽だった。
こいつもブルートツリーだろう。爽やかな匂いがする。
洗い場も広くて高級旅館かと思う
風呂文化があってよかった。
あぁ落ち着く……
自慢の大浴場というのも頷けた。
異世界で無意識に気を張っていたのだろうか。
ベッドに入るとすぐに睡魔が襲ってくる。
明日からのクエストはまずは安全、そして現状を楽しむ。
収入は二の次で行こう。
そんな事を考えていると、長かった一日は瞼と一緒にスッと閉じていった。




