124:やっべ忘れてた
やっべ忘れてた。
ねぇどうしよう白犬ぅ ねー 困ったねぇー?
『グアゥ?』
白犬に目線で問いかけても明確な返事はない。
「信じられませんっ! 本当に忘れていたという顔をしていますわっ」
「いやー……」
「いえ、より重要なことを優先したまでです」
「なんですか貴女はっ! わらわ以上に優先することなど――」
「失礼ですが、それが師事を乞う者の言葉と態度でしょうか」
「なっ! なんてこと! わらわを誰だと思っているのですか!」
「存じ上げません。名乗りもせず、文句を捲し立てる者の名など知りたいとは思いません」
「ッ!」
急に始まった口論。
『牙亭の端の路地になんかちょっと視線が集まってるなぁ』と思って見てみるとクソ姫ことシュリ王女殿下が絶望したように膝を抱えていた。
『朝から面倒見てくれ』と聞いておきながら、朝一に聖教会へ行き、花畑から花屋エルバ・エパティカ、そしてゆっくり朝飯も食ったし、今も続いているであろうメルさんのスライム修行も見学した。
それにより昼近くになるまで放置していたのだから完全に俺が悪い。
だから開口一番文句を言われてもしょうがないんだが、シェフィリアさんが対応してこんな感じになってしまった。
今もシュリ姫から見えない位置で俺に手を向け『任せろ』と示している。
「……わらわはシュ……シリルですわ」
「……シェフィリアと申します。さ、トモヤ様。日差しも強くなって参りました。中で休むこととしましょう」
「待ちなさいっ――待って……ください」
「まだ何か?」
「……トモヤの他に頼る者がいないのですわっ い、いつの間にか着替えの袋も盗られてしまって……」
そりゃ大変だ……
どうやらあの絶望体育座りは祭りの怖さを味わっていたようだ。
「盗難被害なら憲兵に報告すれば宜しいかと思われます」
「もちろんそうしましたわっ。許されてはなりません! 窃盗は刑法第335条で厳しい罰則がありますっ」
「その連絡をお待ちいただく以外にないかと存じます」
「……わらわは……考えたのですわ。今までこれほど1人になる時間など有りませんでしたから。……ですがまるで理解が出来ないのです。盗られた物は価値のある金品ではないのですわ。……厳罰を覚悟してまで盗らなければならないほど……国民は困窮しているのかと」
「……」
「だから……教えて……ください。城下の暮らしを。国民の実情を。わらわは知らなければならないのです」
「……トモヤ様、許可されますか?」
「え、えぇ。許可します」
「礼を言いますっトモヤ! ですが、立場を利用した淫猥なことなど決して許しませんわ! 刑法276条『強制わいせつ』で即座に憲兵を呼びますわ!」
「トモヤ様はそのようなことなどされませんっ」
少し前にシェフィさんに疑われたこと有りますけどね……
一瞬頭に過ぎったけど黙っておこう。
「それにこれから師事するのであれば先生と呼ぶものです」
「……お願いいたしますわ……トモヤ先生」
「ではトモヤ様。シリル。少し早いですが、昼食といたしましょう」
「……わらわは金品を……持ち合わせては……」
「今回は私が立て替えます。学ぶ前には栄養が不可欠です」
「それは……受け取れませんわ……刑法第298条『贈賄』に……」
へぇ……意外だ。
腹が空いてるだろうに。
「シリル。これは貸すのです。働いて返すのが常識です。……朝から何も食べていないのでしょうから、早く参りましょう」
「ッ……はいっ……シェフィリア先生」
指導力の高さと抜け目のない優しさに感服してしまう。
本来許可するしないの選択肢なんてないのに上手くまとめてしまった。
「シェフィお姉さんに続いて頼りになりますね。シェフィ先生」
「い、いえ、見過ごせなかったまでです///」
――あっ! シェフィさん! トモヤ君!
「えっ」
開け放されたレストラン『狼牙』に入ると声がかけられた。
声の主レジーナさんはどこか少し焦ったように見える。
周りを見るといつ見ても繁盛していたはずの座席には半分程度しか客がいない。
――ちょっと助けて欲しいんだ!




