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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第5章 出張先での揉め事は極力避けたい件について
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123:あんなの帰す気は……

「あんなの帰す気は無いと言っているようなものではないか!」



 道すがらメルさんの不満が爆発した。

 ぷんすこと腕を振り上げ、バチバチと紫電を放っている。


 稀に見るブチギレだ。

 人通りが多くなり始めた街からの視線もお構いなしだ。


 いつもなら白犬を追いかけまわしている所だが、白犬は日課の朝狩りに出かけてしまっているため、やり場のない怒りを虚空に発散していた。


 候補の中では最悪だったあの強欲ひょろ長大司教に会うことにすら記帳と寄付と時間が必要。

 そのため行われた茶番劇。

 痛い客を演じるも結局ローザさんを一目見ることもできず、得られたモノもほとんどなかった。


 他の大司教や枢機卿との取次も現状不可能に近いとなれば、ああして発散しなければやってられないのも分かる。




「シェフィさん。迷宮整合というのは?」




迷宮ダンジョンは徐々に出現する魔物が強力になるのはご存じですね。低難易度迷宮はそれほど脅威ではありませんが、高難易度迷宮となりますと手に負えなくなる前に定期的に調整しなければなりません。その工程を迷宮整合と呼びます」




「あぁ稼ぎ場にしている冒険者も危険になるし、最悪は魔物氾濫スタンピードに繋がるってことですね」




「仰る通りです。方法としては迷宮核ダンジョンコアの間引きや迷宮主ダンジョンボスの撃破などがあります。『フオーリ・レ・ムーラ』は古代の地下墓地カタコンベですので、強力なアンデッドが多数出現します。そのため大人数の治癒士によるフロア浄化が最適とされております」




「その浄化作業には優秀な治癒士、聖女が必要。忙しいという筋は通っていると……」




「いえ、迷宮ダンジョンには行かせることはないと思われます。貴族などの客寄せとされるでしょう。ですので、迷宮整合が終わったとしても何かしら理由を付け断られるでしょう」




「え……」




「貴族などの裕福な方々は魔獣肉などの高マナ食材を日常的に食べます。『経験を積む』以上に。それでは摂取してもステータスがあまり上がらず、【魔力】やマナ総量だけが上がり続けます。それがいつしか限界を迎え体の不調として現れるのです。腎臓や心臓、血液や骨までも。それにはあの『魔素蓄積症』のようにマナを抜く治療が必要になるのです」




 メタボリックシンドロームのような感じか。

 そんな奴らの治療はなんか嫌だなぁ……




「聖女の名声で寄進を集めるのだ! 金持ちの痛風の方が金になるからな!」




 歯に衣着せぬ物言いだ。

 メルさんの荒くれぶりが止まらない。


 気持ちはわかるがこんな感じでは良い案なんて浮かばない。



 こんな時は……そうだな。


 ぷんすこと怒る可愛らしい頭に手を置く。




「ふあ」




「メルさん。いい所に案内します」




 ◇




 見えるは色とりどりの花が整然と並ぶ花畑。

 遠くからでも甘い香りに心が安らぐ。



「……これは……素晴らしいなシェフィ」



「……えぇ。素敵ですね」



 良かった。リリーの花畑の効果は抜群だ。

 思わず小声になるほどだからな。


 えーとそのリリーは――いた。

 こんな朝からお世話してるの本当に偉い。


 ああやってしゃがんで雑草を抜いて――いや、なんか違う?


 あれは……泣いてる?


 慌てて近づくと足音に気が付いたようで、立ち上がった。




「あっトモヤおにいさんっ! おはようなのっ」




「リリー……おはようございます。っおっと!」




 駆け足で飛び込んできた。




「昨日はありがとうございましたなのっ すごいお菓子もいっぱいもらったなの! ママもお店に来て欲しいって言ってたの!」




 先ほど見えた様子とは異なる普段通りのリリーに戸惑ってしまう。




「え、えぇ。後で顔を出しますね。それより……何かありましたか?」




「んーん。何もないなの。変なおにいさんなの」




 ……そんな訳はないんだリリー。

 バルが袖に付いた涙の跡を拭ってるんだから。




「あっおねえさんたちと来てくれたなのっ? ッ! す、すごい美人さんたちなの! トモヤおにいさんも隅におけないの!」




 どこで覚えたんだそんな言葉。




「むーん。嬉しいことを言ってくれるっ。我はメルお姉さんだ。こちらは……」




「ッ……シェフィ……お姉さんです///」




「リリーはリリーなのっ。メルおねえさん、シェフィおねえさん。よろしくおねがいしますっ、なの」




「うふぅ、気持ちの良いあいさつだ。リリーの好きな菓子は何かな?」




「んーお菓子はもういっぱいもらったなの。それよりもお店でお花を選ぶといいの。きっともっときれいになるの。せーの、お花のお求めは『エルバ・エパティカ』までー」




「ほぉう……これは見に行かなければな。シェフィ」




「えぇ。必ず」




 リリーっ恐ろしい子っ

 もうメルさん達もメロメロにされている。




「もしかして……メルおねえさんはキンモクセイの人、なの?」




「ん? あぁそうか。ではあの花は?」




「トモヤおにいさんと一緒に選んだのっ。気に入ってくれたなの?」




「もちろんだとも。ありがとうリリー。コイズミ殿」




「い、いえ」

「えへへ」




 リリーっなんて恐ろしい子っ

 さらっと俺の株まで上げてる!


 ……いや危ない。話題変えが上手すぎる。




「ねぇリリー、昨日――」




 ドズンッ




「うおっ!」




 その時、最近聞いたような地響きが聞こえた。




「む……【柳風】」




「はははっ! リリー・オルテンシア!」




 続いてメルさんの魔法とやかましい笑い声。


 素晴らしい高速魔法展開で遅れてきた塵埃を受け流した。


 後は見なくても分かる。

 降り立ったのはワニモドキ。その背にはパグロ。


 一昨日に比べ遠くに降り立ち、ワニモドキは待機させてきた。

 あいつも少しは気を使えるようになったようだが、まだダメだ。

 徒歩で来いよ。いや、むしろ来るなよ。




「……来ないでっ」



 えっリリー?

 ギュッと俺の袖を握り、突然叫んだ。

 激しい拒絶にパグロは立ちすくむ。




「なっ……リ、リリー・オルテンシア……今日はお前に――」




「帰ってください、なの」




 えぇどうしたリリー。

 いや、これは流石に……パグロ泣きそうじゃねぇか。




「リリー・オルテンシア……日を……改める……」




 寂しそうな背中を見せ、素直に帰っていった。

 遠くの黒いローブの人影を見ると綺麗に一礼して消えていく。




「……大きい声、ごめんなさい、なの」




「リリー。大丈夫?」




「……うん。だいじょうぶ、なの」




 リリーは笑顔を浮かべようとして、失敗した。

 その心配をかけないようにする気遣いが心を締め付ける。




「差し出がましいかも知れませんが、急遽彼女は従魔戦モンスター・コロッセオ幼獣杯ピッコリーノにエントリーされておりました。昨日の夕刊では最年少記録であると」



「ッ……」

「えっ?」




「未成年が出場する幼獣杯ピッコリーノは本戦前のエキシビションのような扱いです。ですが、そもそも従魔を維持するには金銭的な面でも才能の面でも敷居が高いのです。ですので未成年の魔獣使い(テイマー)は貴重とされており、ギルドのスカウト達も目を光らせます。今回は例の帝国貴族が出場できなくなったため、1枠空きが出たのでしょう。推薦者はガンベレット公爵家だと書かれておりました。……先ほどの家印ですね」




 流石! 気が利くぅ!

 ささっと情報をくれた。




「流石ですね。惚れ惚れしますシェフィお姉さん」




「ッ! もぅっ……お、恐れ入ります///」




 帝国の豚男爵の枠が空いたため誉れ高い従魔戦モンスター・コロッセオに出場する。

 これが何でもないわけがない。




「ねぇリリー。実はこんな感じでお姉さんたちは凄い人たちなんです。きっとリリーの話も聞いてくれますよ。少しだけ話してみませんか」




「……トモヤおにいさん…………あのね――」




 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




 先に開放されたリリーは後ろ髪を引かれながらも帰宅する。


 すると間髪入れず苦しいと思うほどに抱きしめられた。

 王城へ連れていかれたという噂を知る者が母サリーへ報せ、まさに店を飛び出そうとしていた所だった。


 無事であることに喜び、王家印付きの魔導袋に驚き、事の顛末に仰天したその時『エルバ・エパティカ』に書状が届けられた。


 サリーが恐る恐る開くとそこには謝罪と感謝と事件の口外禁止令。

 そして幼獣杯ピッコリーノへの推薦の旨が記されていた。


 従魔の強さを競わせる従魔戦モンスター・コロッセオ

 普段見ることのできない強力な魔獣のド迫力な戦闘が繰り広げられるメインイベントへの推薦。


 金品ではなく従魔戦モンスター・コロッセオに出場するという栄誉を授かった。

 つまりこれはガンベレット家からの無形褒賞。




「ママ。すごくうれしそうだったの……『サスガリリーちゃん先生』って……」




 バルをギュッと抱きしめる手に少しだけ力が込められる。




「でも、リリーは……リリーはバルに戦ってほしくないの……よわよわだからケガしちゃうの……」




「でも、ママに言えば、きっと『出なくていいよ』って言ってくれるの……」




「でも、パパが言ってたのっ『ママのお手伝いして、いい子にしてれば早く帰ってくる』ってっ」




「でも、わがまま言ったら……リリーはわるい子になっちゃうのっ」




「迷惑をかけたらわるい子になっちゃうのっ 泣いちゃったらわるい子になっちゃうのっ」




「……リリーがいい子じゃないと……パパが帰って来れなくなっちゃうの」




『でも、でも』と繰り返される揺れ動く葛藤。

『いい子』であろうとする使命と友を傷つけたくない仁慈。


 帰らぬ父を待つ小さな体に背負った大きな苦悩が零れ落ちた。


 しかし、それらを涙として零すことはなかった。

 ただただ堪える姿がより一層と痛ましく、誰もが静黙以外の答えを持たない。


 そんな中、メルリンドが地面から何か拾い上げると優しく問いかけた。




「リリー。問題だ。この石とこの土団子はどちらが強いと思う?」




「え……石のほう?」




 リリーは戸惑いながらも当然として答えた。

 同じ大きさの石と土。

 押し付けあうと誰もが想像する通りすぐに土団子が砕け手から落ちた。




「正解だ。ではこの石とこの大きな石はどちらが強い?」




 続いて通路から大きめの石を拾い上げて問いかける。




「えっと大きなほう」




「【石槍】」




 魔法を唱える。

 凄まじい力で押し付け合わされる石は短く拮抗を見せた。



 ギギギ ベキッ



 表面を削り合うも、案の定小さい石が砕け落ちた。




「また正解。ではリリー。この大きな石と土団子はどちらが強いかな?」




「そんなの大きな石に決まってる、なの」




「本当にそうかな? 【土球】」




 土魔法。

 足元から人が入るほどの巨大な土塊が浮かび上がる。




「あっ」




 声を上げるころには石は何もなかったように土塊に飲まれて消えていた。




「……そんなに大きいと思ってなかった、なの」




「少し意地悪だったな。でも分かっただろう? 『傷つけること』は『同じ尺度の強さ』の時しか起きないのだ」




「あ……」




「つまりは相手が想像もできないぐらい強くなってしまえば、怪我をすることも怪我をさせることもないということだ」




「……バルも……そんなに強くなれる?」




「我を誰だと思っている? 魔獣研究者で副業で村長だぞ。修行なぞお茶の子さいさいだ! 今から師匠と呼ぶのだ!」




「っはい、なの! メルししょー!」




『やるぞぉ』と掲げられた2人の手と1匹の透き通った腕。

 頬に熱い涙を流す者、それをさっとハンカチで拭う者。


 大きな魚の獲物を浮かばせながら戻ってきた白い魔獣が不思議そうに見つめていた。

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