122:どういうことですかっ?
「どういうことですかっ?」
酒飲んでる場合じゃねぇ!
「……ローザは……聖教会では『聖女』と崇められる立場だ」
「へぇ聖女……えぇ? 聖女ぉ?!」
「トモヤ様。聖協会の組織は複雑ですが、本来であればグロイスにいるような立場ではないとご理解ください」
やべぇ……
確かに凄まじい癒しオーラを放っていたけど、そんな偉い立場だったんだ……
「2年ほど前、逃げるようにして来たローザを我らは保護したのだ。聖教会に連れ戻されぬようにな。……今でこそ穏やかだが当時は部屋を出る事すら出来なんだ。詳しくは語らなかったが余程の事があったのだろう」
「その後しつこく教会関係者が参りましたが、メル様と当時治癒士を務めていたクレア様が全て突っぱねました。グロイスに必要なのだと」
「突っぱねた……って治癒士ぃ?」
眼光でガノンさんを震わせていたあのクレアおばさんが治癒士?
似合わな――いや、よそう。
「あぁいや、それはいいとして、じゃあローザさんは戻ったと……」
「……避けていたアヴェルサ聖教会に戻ったのだ。我の治療のために……どうにかして救い出したいが……」
「ローザ様は覚悟を決め、自ら戻られたのです。聖教会としても今度こそ、聖女が離れる事案など起こさぬでしょう」
「だから、もう……礼をいう機会すら無いかも知れないのだ……」
なんか知らない間に大変なことになってやがる。
こういうのは聞いてみるのが一番だ。
「えーちょっと待ってくださいねっと……はい。ローザさんこんばんはー」
『あぁトモヤさん。こんばんはぁ』
スマホの【通話】機能を展開する。
他人には見えない立体映像に映っているのは白を基調にした豪華な部屋。
恐らく教会内の自室だろう。
そしていつもの治癒士の服ではなく、これまた白いワンピース来ているローザさんは本を広げていた。
「そうか【遠話】か! ローザ! メルリンドだ! すまぬ! 我のためにっ」
『あらーメルちゃん元気になったのですねぇ 腕の調子はどうですかぁ?』
「全く問題ないぞっ傷一つない! ローザのお陰だっ! そんなことより我のせいで――」
『そんなこと、ではありませんよぉ。キチンと安静と、清潔にしててくださいねぇ』
「分かっているっ分かっているのだ! 我は無事だ! それよりローザが聖協会にっ」
『……大丈夫ですよぉ。グロイス診療所はクレアさんにお願いしましたからぁ』
「違うのだっローザ……我は……ローザが……」
『……グロイスでの生活は……長い長い休暇のようでした。平穏を許してくれたことに感謝してもしきれません。ですが休暇にはいつか終わりが来ます。……それがたまたま今だったというだけなんですよぉ』
その言葉は優しく響き、いつも通りの声音に聞こえた。
『それにここは快適なんですよぉ。ちょっと難点を挙げるとすれば夜更かしが出来ないことと、お酒がないことぐらいですからぁ』
しかし、立体映像には少しうつむく姿が映っていた。
それが見えていなくても、メルさんもシェフィさんも分かっているだろう。
精一杯の強がりをしているんだと。
「そうか……酒が飲めないのは……酒豪のローザには辛いかもな」
『うふふ。嗜む程度ですよぉ』
「あれを嗜むというのであれば、我は飲んでいないのと変わらんな。つまり今酒を飲んでも――」
『それはダメですよぉ』
「それはダメです」
「それはダメでしょう」
「分かっているのだ! 冗談なのだ!」
いつもの調子で交わされる会話が始まった。
まるで何でもないことのように。
まるで隔てるものなどないかのように。
しかし、別れなど感じさせないその会話にも終わりが来る。
『もう少しで消灯時間になるので……そろそろ失礼しますねぇ』
「また……必ず話そう」
『えぇ……お待ちしてますよぉ。おやすみなさい』
「あぁ……おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみくださいませ」
俺は【通話】を切る。
彼女は最後まで声を震わせることはなかった。
聖女の役割も地位も知らない。
だけど、心配させまいとする気丈な振る舞いは俺にはまさに聖女に思えた。
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「だから渡しに来たと言っているではないか!」
「いえ、決まりとなっておりますので……」
「友人に渡すのになぜ許可が必要なのだ! 融通が利かなすぎるのではないか!」
ここは早朝のアヴェルサ聖教会大聖堂の受付。
荘厳なタイル張りの内壁に流れる緑の差し色。
巨大なエントランスのイメージは治癒士が纏うローブにも模されている。
祭りと言えど人通りが少ない中、メルさんの駄々をこねる声が響いていた。
その手にはラッピングされた荷物。中には酒が入っている。
つまりこれはアポ無し凸だ。
それにも関わらず受付の人は丁寧に対応しているが、流石に規則を破るわけにはいかないと問答が続いている。
――なんの騒ぎですか
受付の奥からひょろ長い感じの男が出てきた。
身に着けている治癒士のローブには見慣れない文様が描かれ豪華に見える。
どう見ても明らかに上役だ。
「ビザウ様! この方々がローズマリー様に贈りたいと……」
「失礼ですが、正式な手順を――これはこれはメルリンド様ではありませんか」
ビザウと呼ばれたその男は目を細め、慇懃な態度で礼をした。
その所作にも人を食ったような狡猾さが見え隠れするのは、事前に聞いていた印象が悪かったからかも知れない。
「はて、会ったことがあったか?」
「……では、お初にお目にかかります。大司教ビザウと申します。アヴェルサ聖教会にどういったご用件でしょうか」
「ダイシキョウ? 珍しい名前だな。よく言われぬか」
「……冗談がお好きなようですね。ご用件をお伺いいたします」
「なに、一緒に飲もうと思ってな。ローザに好きなワインを持ってきたのだ。ここにいると聞いてな」
「……申し訳ございません。飲食物の寄進は受け付けておりません」
「寄進ではなく、友人への贈り物だと言っているではないか。聞いていたか?」
「……ローザという人物はこちらには居りません。お引き取り願います」
「ローズマリー・シフォンだ。ここに囲われているのだろう?」
「……ローズマリー様はお忙しい身であられます」
厳しい言葉もひょろ長大司教はさらりと躱した。
「だから空いているだろう朝に会いに来たのだ。グロイスで夜空を眺めながら一杯飲まないかとな」
「……面会や祝福の訪問依頼であれば、そちらにご記帳を。その際は幾ばくかのお心付けを頂いております」
「寄付をすれば会えると言うのか?」
「……順序は御座いますが」
「順序とは金の順序か? ならば――」
メルさんは魔導袋から札束を取り出した。
数にして10束。金額にして1000万ゴルだ。
「ほっ……いえ、ご寄付に優劣などございません。ご記帳の順でございます」
無言で机に置くとさらに10束が取り出された。
「おほっ……そう言えば緊急性の高い方を優先する場合もございました」
おっとーひょろ長大司教が金に揺れたぞ。
細い目がもっと細くなってるじゃねぇか。
「というと?」
「……そうですね。クラン依頼『フオーリ・レ・ムーラの迷宮整合』が終わりましたら順次ご案内は出来るかと存じます」
「迷宮整合など数か月は掛かるではないか!」
「ですので、皆様にお待ちいただいているのです。聖教会としてましてもこの重要な依頼に対しまして、優秀な治癒士を派遣して早期終結に尽力いたしますので、ご了承願います」
申し訳なさそうに言ったセリフとは裏腹に、饒舌に語る強欲ひょろ長大司教の口角が僅かに上がったように見えた。
「……気軽に友人に会えぬなど、軟禁しているのと変わらんぞ」
「友人、と仰られる方が沢山見えられますので」
「なんだとっ 我とローザの関係など知っているだろう!」
「いえ、先ほど『お初にお目にかかります』と申したばかりで御座います」
「ぐ……」
「……僭越ながら、優れた力は最大限発揮されるべき場所にこそ相応しいと考えます。どこかの片田舎の村長のように遊び歩いてばかりでは、その優れた力も責任も埋もれてしまうでしょう」
これは説法に似せられて叩きつけられた挑戦状。
真正面からぶつかり合う視線には緊迫が生まれたように見えた。
「……そうか。邪魔したな」
そう言うとメルさんは札束をささっと回収して踵を返す。
「えっ! ご寄付では?!」
「記帳はしておらぬだろう?」
「ぐぬっ……緑光の導きの……あらんことを」
捨て台詞のように吐かれた決まり文句が背中を叩く。
握りしめた小さな拳が震えていた。




