121:怖がらせ過ぎではありませんか
「怖がらせ過ぎではありませんか」
メイド長さんを引き連れ現れたミア女王陛下。
いいタイミングだ。どこかで見ていたに違いない。
まぁ茶番はこんなもんでいいか。
これでクソ姫もクソ姫騎士も二度とあんな事はしないだろう。
ディアン公の御戯れにももう付き合いきれない。
俺は右手を下ろし、跪いた。
「ッ! おかあさまああ! お母様!」
「シュリ。今はトモヤと話しているのです。それにここは自室ではありません。陛下と呼びなさい」
「お、お母様! どうしてっ ひっ!」
お母さんこっわ!
有無を言わさぬ圧にシュリ姫がたじろいだ。
「さて、トモヤ。転んでしまったシュリに手を差し伸べられていたのですね。礼を言います」
「え……勿体ないお言葉にございます……?」
「そんなっ! 陛下っ! この者はわらわを、アリアを――」
「発言を許していません」
「ッ……」
ミア陛下こっわ!
シュリ姫放心してんじゃん。
「貴方の働きに報います。今よりトモヤ・コイズミはシュリ・ド・シャッツフルスの教育係に任ずる。存分にその辣腕を揮え」
「恐悦しご……はぁ?!」
「はっは! それは良い! 良かったなトモヤ殿! 給金は弾むぞ!」
「……誠に申し訳ございませんが、若輩のため謹んでご辞退させていただきたく存じます」
「トモヤ。王命はそう即座に断るものではありませんよ」
その回答が分かっていたようにミア陛下は微笑んだ。
いやいや、クソ姫の家庭教師なんてマジでお断りだ。
「陛下! 陛下っ! 教育係にはメアリーが居りますわ! その者は必要ありません!」
「…………メアリーは先ほど拘束されました」
「なっ……そんなっ……どうしてですか!」
「そうですね。伝えねばなりません。……国家転覆の容疑でユディグ・ド・デルフィーノに連なる者達を拘束します。シュリ……貴女もです」
◇
デルフィーノ家。
優秀な魔導系の名士を数多く排出する公爵位を賜る名家。
そしてミア陛下の夫ユディグの家柄。
そういや旦那さんいねぇなと思ったら、ずいぶん前から平定の名目で僻地に行っているらしい。
……実際は公務に支障が出るほど侍女、メイドさんに手を出しまくって。
浮気やら側室とかではなく、組織として人工が足りなくなるほどの痴態を繰り広げた末路が僻地左遷。
なんて羨ま――ふざけた野郎だ。
こんな公けになんて出来ないドロドロの宮中劇が続いていた中で起きたエロゲスライム事件は真っ先にユディグ陣営が疑われた。
教育係筆頭のメアリーやディアン騎士団長があやつらと呼んで毛嫌いしていた王国魔導局の局長らも含まれる。
その息のかかる者たちを魔導尋問したところ、これと言って嘘の供述をしてはいなかった。
しかし供述をつなぎ合わせたところ、合わせ技で一本になった。
贈られてきた魔導具を受け取った者。
従魔化されたスライムを受け取った者。
スライムに謎の魔導具を仕込んだ者。
スライムと花を花器に入れた者。
花器を女王の寝室に飾った者。
携わった人が多いほどほころびが出るんじゃ? と思ったが、個人個人の主張やそれぞれの役割に悪意は無く、理由も目的も不明。
共通しているのは何故かそれがやるべき正しいことだと主張していたらしい。
つまりはどこぞで起きていた精神操作の線も疑われる事態にまで発展した。
これらの容疑が国家転覆。
今後、建国祭に合わせて揚々と帰ってくるユディグは即座に拘束されて尋問と詳細な調査が行われるとのこと。
……メイド長さんの補足説明が詳細過ぎる。
耳打ちしてくる話が全部やべぇことばっかりだ。
ディアン公には説明しろよって言ったけど流石にこんなこと聞かされても何もできないんだけど。
悪徳大臣じゃなかったなって感想ぐらいしかでないもの。
もうマジで情報がお腹一杯で帰して欲しいもの。
白犬は何かの肉を貰ってお腹一杯そうだもの。
「でもそれと私が教育係をやることは関係ありませんよね?」
「いいえ。あれほど苛烈な教示など、他の誰にできますでしょうか。トモヤほどの適任はおりませんわ」
「あれはディアン様の筋書きに乗っただけです。何も教えるものなど持ち合わせておりません」
応接室でのお茶会に場所を変えても、この問答が続いている。
俺の口調なんて随分と前から崩れていて、周りのメイドがソワソワしているのに、ミア陛下は全く気にせず根気よく説得してくる。
しっかりとした『金も名誉も要らない! やだやだ!』を繰り返しても、やんわりとした『やりなさい』の圧が強すぎる。
「ふふ。その筋書きには随分と独自の味付けがされたようですわね。私はその味付けこそがパグロちゃんに続いて、シュリにも良い影響を与えると思っていますわ」
「お言葉ですが陛下がやろうとしているのは、味付けではなく、皿をひっくり返すようなものです。どこの誰かも分からない者を重役に据えるとあっては組織にも大きく軋轢や亀裂を生むことになるでしょう」
「現状既に組織は半壊、軸が揺らいでいると言ったところですわ。ならばむしろ皿ではなくテーブルごと作り直してしまった方が効率的と言えますね」
「む……」
「それにトモヤの事はもうよく存じておりますわ。グロイスやバレーガ、帝国貴兵に関することから『魚釣り』という文化まで。陰ながら王国を支えてくれたことに感謝いたしております」
「ッ!」
ミア陛下こえええ!
なんでそんな事まで知ってるんだよ!
「ふふっ。メイド情報網を侮ってはいけませんわ」
その謎の情報網に戦慄していると、品のある所作でティーカップを口に運び、テーブルへと戻した。
すると嫋やかな微笑みが真剣な眼差しへと変わった。
「私の至らなさを押し付ける事になってしまうのには心が痛みます。ですが、どうかご助力頂けませんでしょうか」
「えっ」
「恒久的にとは申しません。どうか建国祭の間だけでもお願いできませんか」
ミア陛下は少しだけ頭を下げた。
それはテーブルのティーカップを見る程度の礼には程遠い角度。
だが、相手は王だ。
頭を下げるなど気軽にやっていい動作ではない。
「そんなっ止めてください」
「手前勝手と理解しています。ですが明日より多くの公務と調査が控えております。その中でシュリを静置するわけにはいかないのです。宮中では彼の手の者がいる可能性があり、精神操作を受けているなら不測の危険もあり得るのです」
……そういうことか。
多忙を極めるこの時期に王としての最適解は、このままシュリ姫の拘束、監禁だ。
しかし、国家転覆計画(仮)が露見したことで宮中で蠢く更なる陰謀に巻き込まれかねない。
だから素行の知れた外部の人間を教育係として付け、守りたいのだ。
「どうか、どうかお力添えを」
だからこれは王としてではなく、子を想う母の切なる願い。
あぁ……こんな姿を見せられたら……断れないよな……
「…………分かりました。お役に立てるのであれば謹んでお受けいたします」
「感謝いたしますわ。トモヤならそう言って頂けると信じていました。早速これへ」
「へ?」
すぐににこやかに態度を変えた。
ドアが開いて、お茶会が即座に片づけられる。
「はっは! 了承したようだなトモヤ殿!」
「ん? え?」
ディアン公に引き連れられてきたのは、シャツにスラックスのシュリ姫とどこかで見たピンク色のドレスを着て金髪のウィッグを付けたアルメリア。
「これは王家の『姿身の宝具』ですわ。どう見てもシュリには見えないでしょう?」
「は、はぁ」
髪飾りを指し、姿が変わっていると言う。
……俺にはそのままにしか見えないが、一体これは?
「昔はこちらを使ってよく城下まで――」
「陛下」
「そうでしたわね。明日よりシュリはトモヤと過ごします。城下で」
「えっ……お母様!? 追放するというのですか!」
「えぁ?! それはちょっとっ――いえ、初耳でございますがっ」
「ふふっテーブルごと作り直すと申したはずですわ」
あぁっ悪い顔してる!
「今は記者も多いため、今夜人目に付かぬよう裏口より退城させます。明日の朝より教導をお願いしますわ。そうですね。名は……シリルといたしましょう」
「わ、わらわがこのような野蛮人に! もし淫猥な――ひっ!」
「シュリ、いえシリル。家財は一切持ち出すことを禁じます。着替えと今宵のパンが最後と思いなさい」
「そんな……お母様……明日からどうすればっ」
「ですからトモヤに師事を乞い、自ら考え学ぶのです。さてアルメリアはシュリの自室での謹慎を命じます。指示した者以外とは決して顔を合わせぬように」
「はい……承知いたしました……」
すごい勝手に話進んでるんだけど!?
家庭教師じゃなくてホームスタディは聞いてない!
絶対めんどくさいヤツだこれ!
どうにかしないと五目釣りの目標がっ!
「シュリ王女殿下の仰ることを肯定するわけではありませんが、私に預けて何か良からぬ事をされるとは思わないのですか?」
ミア陛下は少しだけ艶っぽい表情を浮かべると、扇子で口元を隠す。
そして顔を寄せてきた。
―――――
「夫以外の男性にあのようなあられもない姿態を見せたのは初めてでした」
「ッ!」
「富も名誉も欲さず、情すらも断られていましたら、残っているのはこの体だけですわ。もし望むのであれば今からでも――」
―――――
「いえっ! そんなっ///」
「だから、任せられるのです。頼みましたよ」
サッと嫋やかな微笑みへと変わった。
だめだぁ……
こりゃあ敵わねぇ……
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「――つうわけなんすよぉ うー ごくごくっ」
料理、酒のつまみはほとんど手付かず、空にしたジョッキの数だけが増え続けていた。
「なんという激動の一日だ……コイズミ殿といれば退屈はしないな……」
「……これは聞いて宜しかったのでしょうか」
「だいじょうぶっすよー 協力者の許可は取ってるんでぇ まぁ他に口外すると簡単に投獄って言ってましたんぇぁ ぐびびっ」
「の、飲み過ぎではないかっ? コイズミ殿!」
「よゆうっすよー。ローザさんと飲んだ赤くて甘いのじゃなけりゃー」
「何?! 『激酒火竜の腸』を飲んだのか! あんなの毒に近いぞ! 古ドワーフかローザ以外飲めるような代物じゃないのだ!」
「やっぱりやべぇ酒だったんすねぇ……あるぇー? そういやローザさんはぁ?」
「それは……」
空気が変わった。
言い淀むその顔には悲哀と後悔が浮かんでいる。
決意を込め、メルリンドは重い口を開いた。
――ローザは……ローザは帰っては来れぬのだ




