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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第5章 出張先での揉め事は極力避けたい件について
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118:やっちまいました

 

 ――やっちまいました



 豪華絢爛な通路を通り抜け、王城の中央へと続く廊下には乾いた足跡が響く。

 明らかに動揺しているディアン騎士団長の後を追いながら思い返す。


 騎士団長にボロクソ文句言ってたら女王陛下が来いって言ってる。


 突然のことでほんともうよく分からない。



 ――かなり後悔している



 早く帰っておけば良かったと思うぐらいに。

 いきなり最高権力者に会うってRPGじゃないんだから。


 ドキドキが尋常じゃないもの。

 手汗が半端ないもの。


 その手を握るリリーがキョロキョロと嬉しそうなのが唯一の救いだ。



「よく来てくれました。歓迎いたしますわ」



 ドキドキしてたら厳かな扉が開いた。

『このような恰好で心苦しいのですが』とほほ笑むのは、長い金髪をふんわりと束ねたミア女王陛下だ。

 噴水広場で見た煌びやかなものとは違う薄い青を基調とした落ち着いたドレスに身を包み、柔らかく腰かけている。



 吸い込まれるような金色の瞳。

 たおやかな所作に柔和な微笑み。


 美しさもさることながら、それよりも気品を感じさせる。

 腰かけているだけで恐ろしいまでに絵になっている。


 ただ熱がありそうな肌色と目の下に刻まれた隈に影を落としていた。



「拝謁を賜り恐縮至極に存じます」



 そりゃもう自分でも驚きの速さで跪いて、用意していた口上を述べる。



「うふふ。トモヤ。あなた方はお客人。そしてここは私室ですわ。堅苦しいのは無しといたしましょう」



 うわぁ……微笑みかけられたぁ……

 なんか名前呼ばれただけで浮き足立っちまう。



「お言葉ですが陛下。お体を――」



「ディアン。貴方の事だから茶菓子も用意していなかったのでしょう?」



「うっ……仰る通りです……」



 ミア女王が目くばせすると、個別に椅子と小さな丸テーブルが運ばれてきて上等そうな焼き菓子が置かれた。

 そして驚きの手際の良さで目の前には紅茶が注がれていて、白犬とバルの前の皿には小さな魔石が光っていた。


 隣の騎士団長にも全然似合わない可愛い茶菓子が用意されてんのがなんか笑えるな。


 なぜか唐突に始まったお茶会。

 椅子が真後ろに置かれるもんだからもう座るしかない。



「さぁ召し上がれ。リリーちゃん。本当に無事でよかったですわ。貴方の花はいつも楽しませてくれているのよ」



「えへへ。女王様ありがとうございますなの。ママとバルのお陰なの」



「うふふ。本当にいい娘ですわねぇ」



 すこぶるフランクなその言葉に部屋を見渡して気が付いた。

 超豪華スイートルームの一室のような部屋には花屋で見た高そうな花が活けてあった。

 そういやリリーがキョロキョロしてた廊下に飾り付けられていた花も……


 え……なんで? あれはガンベレット家の……



「そうですわ。トモヤ。パグロちゃんがお世話になったと聞きましたわ」



「えっ……えぇ。その……」



「うふふっ畏まる必要はありませんわ。笑ってしまいましたのよ。甘やかされてわがまま放題だったパグロちゃんがまさかと。昨夜はそのお祝いをしたのでしょう? ねぇディアン?」



「むもぐっ……どこでそれをっ」



「メイド情報網を侮ってはいけませんわ。うふふ」



 え……まさか……

 背中に冷たい汗を感じる。



「その様子はやはり知らなかったようですわね。……彼はディアン・ド・ガンベレット。パグロちゃんの父であり、私の叔父ですわ。先ほども私の身を案じての事、どうか失礼を許してくださいね」



 てことは公爵?! 

 公爵が騎士団長やってんの?!

 なおさら気軽に頭下げんじゃねぇよ!

 しかもボロクソ文句言っちまったのもバレてる!


 急に本題をぶち込んできたぁあ!

 しれっと釘刺されたぁああ 女王様こえぇええ!



「ですが、人の事は言えませんわ。元を正せば私が公務を行えなかったことに加え、シュリの教導に……んくっ」



「「陛下っ」」



「んっ……よい……わたくしの、くっ……ん……」



 メイド達が駆け寄る。

 それでも言葉を続けようとして、苦悶に変わった。

 体を抱き、身もだえる。



「陛下はお休みになるっ」



 メイド長の一声で優雅なお茶会は終幕。

 ディアン公共々即座に退室を促された。



「……あんな状態で会ったのは、お主たちに対するせめてもの誠意なのだろう。……国政に混乱を招くことになる。決して洩らしてはならんぞ」



「えぇ。それは勿論ですが……アレは……」



「……原因は不明。時折ああして苦しむのだ。宮廷治癒士も上級呪術士も匙を投げた」



「えっ? いえ……その……陛下に付いてるというか付けてるというか……」



「なに、憑いてる?! 分かるのか?! 貴公には何か分かるのか!」



「だってアレは――」



 ◇



 麗しい装いが手際よく脱がされる。



「くぅ……はぁ……」



 メイド長さんがドレスや装飾を受け取ると魔導箱に消えていく。



「んっ……くふぅん……」



 コルセットを外すと、シルクのようにきめ細やかなインナーが晒された。

 少し透け感のあるインナーの奥には艶めかしい曲線が浮かび上がっている。

 天蓋付きベッドに横たわると、メイド長さん以外の付き人は退出した。


 つまりは寝室で、剥かれたミア女王陛下とメイド長さんと俺だけ。


 そして気品に溢れた陛下の色っぽい吐息が聞こえるもんだから、謁見よりドキドキしているのはしょうがないだろう。

 白犬がもう興味なさそうにふかふかの上で寝てるのだけが救いだ。



「2週間ほど前から……時折こうして激しい、んっ……ほ、発作が起きるのですわ」



 発作、ですか。



「こ、公務の時も……んはぁ……寝ている時も……でもいつも途中で……うっ……止むのですわ」



 それは……辛かったでしょうね。



「……常にあらゆる……ところに、くふぅ……熱を感じるような……」



 そうでしょうね。



「お通じも……無くなり……おっ……」



 そっ、そう……なのですね。



「なにか……お分かりに、あっ……なるでしょうか?」



 そりゃ分かるさ。




 ――スライムがまさぐってるんだから




 下着の膨らみ具合でとんでもない事されてるの分かるもの。

 そりゃもうすんごいことになってるもの。


 発作・・が起きた時に胸元からこのスライムがチラというか、ヌルっと見えた。

 問題は何故そんな状態でも誰も気が付かなかったのか。



 ちょっとこのスライムどうなっているのか――



「お体には触れません。失礼いたします」



「んはぁあっ」



 あっ……ちょっとスライム触ったらやべぇとこに逃げちまった。



「この……ようにっ、んっ……治療を受けようとするたびに……あぁぁ……」



 激しくなった動きに息も絶え絶えだ。

 流石にあんな所から取り除くにはこれしかないな。



「『空間魔法』を使います。一度消えたように見えますが、安心してください」



 心配そうなメイド長さんもこくりと頷いた。



「【範囲】【収納】」



 さてさて、クラフトメニューに入れ込んでと。



『魔導具を 装備した スライムに 纏わりつかれた ミア・ド・シャッツフルス と 切られた シーツ』



 イッケネ。シーツまで抉り取ってる。

 とりあえず急いで【解体】ボタンをポチっとな。


 表示は『魔導具を 装備した スライム』、『下着を 着た ミア・ド・シャッツフルス』、『絹布』へと分かれた。


 じゃあミア陛下を取り出してベッドの上に――



「【設置】」



「あぁぁ……? 今何か……?」



「陛下っご無事でございますか?!」



「……信じられませんっ無くなっていますわ! 体の疼きが! あぁ……」



「コ、コイズミ様。陛下はお休みになります。案内致しますのでそちらでお待ちくださいっ」



 この後繰り広げられる妄想を頭の隅に追いやる。

 追い出されるように寝室を後にした。



 ◇



「『認識阻害』に『防音』。そして新型の『隠蔽』の多重紋章マルチルーンか。まさかゴルゴレ・レパッコと繋がっていたとはな」



 怒れる公爵様はその報告を苦々しく繰り返した。

 目の前のテーブルには密閉された瓶の中のスライムと解析された魔導具が置いてある。

 鋭い眼光に睨みつけられてスライムも辛そうだ。

 一つ目に見える魔石が小刻みに震えている。


 件の魔導具は、姿を隠し認識を阻害し、音も出さないという最悪のサイレント障害みたいな物。

 それをスライムに埋め込めば、燃費の悪いマナ消費を纏わりついた人から補うという寄生虫も真っ青のエロゲスライムの出来上がりだ。


 この超高度で悪辣な魔導具は『愚物』ゴルゴレの作った禁制品と特定された。

 ディアンさんはやり取りがあったとされる人物に心当たりがあるようで、速やかに指示を出した後に拳を震わせている。


 知ってる。これ絶対に大臣の仕業だろ。

 大体こんなことやるの悪徳大臣以外にないもの。



 ……で、もう帰っていいですかね?



 大量の高級菓子を渡されたリリーは帰宅済みだ。

 ただ、多分王族側の本命は菓子が入れられた王家印付きの魔導袋の方。

 後でサリーさんは驚くことだろう。


 白犬を撫でながら待つのにも飽きてきたし、なんか宮中もごたついてるみたいだしさ。

 夕まずめになる前には帰りたいんだが、どうにも言い出せる雰囲気じゃない。



 ――トントントン



「入れ」



 ノックが響きメイドさんが入ってきた。

 デジャヴだ。



「トモヤ・コイズミ様。ミア・ド・シャッツフルス女王陛下より『叙勲する』と仰せつかりました。謁見の間にご案内いたします」



「へぇあ?!」




 ◇




 夕日が城壁を赤く染め始める。

 褐色の外壁の色を強め、色鮮やかに彩られた景観。

 そこかしこで感嘆が漏れ、愛を囁く恋人達。

 そして遠巻きから手帳片手に様子を伺うのは場違いな記者達。



「あぁコイズミ殿っ……無事だろうかっ! もういっそ乗り込んで……」



 そんな中、時折ベンチに腰かけ、すぐに立ち上がりグルグルと歩き回っている者がいた。

 束ねた長い緑髪が行ったり来たりと忙しなく揺れている。


 天下の王城の真ん前の不審者に警備の騎士たちも眼光鋭く見つめていた。



「メル様。座って待つことにいたしましょう。何かありましたら【遠話】が来るはずです」



 ベンチに腰かけた者が、それを軽くたしなめた。

 本人は夕刊を雑誌サイズに小さく畳み、ゆっくり待つ姿勢を決め込んでいる。


 その隣には塵一つない座席が用意されていた。



「だってシェフィ【遠話】すら出来ない状況かも知れぬではないかっ」



「神獣様も付いていますし、トモヤ様のことですからきっとご無事です」



「ぬう! これが【遠話】が来たことがある者の余裕なのかっ」



「もう何を仰っているのですか。メル様。病み上がりのお体に障りますからこちらへ」



「むーん……」



 メルリンドは渋々といった感じで腰を下ろした。



「なぁシェフィは心配じゃないのか?」



「もちろん心配です。ですがそれ以上に信頼をしております」



「……信頼、か」



「えぇ。トモヤ様なら何事もなかったように戻って参りますでしょう」



「む……確かに……その姿を容易に想像できるな」



「ですからその時にはメル様が壮健であることをお披露目いたしましょう」



「……そうだな。元気な姿を見せねばな。よしっ大人しく待つとするか。年長者の余裕というものを見せつけてやろう」



「その意気です。メル様」



「……ふふっ『氷柱つららから丸氷』か。ガノ坊も上手く言ったものだな」



「お褒め頂き光栄です。丸氷は溶けにくいと聞きますから、私にも確たる芯が形作られているのかも知れません」



「むうっ……まさかあんなに滞在に反対していたシェフィに逆に待つことを諭されるとは、なぁ?」



「えぇお恥ずかしい限りです。近視眼的であったと反省しております」



「むうん……では夕刊が逆さまなのはそのためか?」



「なっ! こ、これはっそのっ――」



「あぁっ! 扉が開いたぞ! コイズミどのぉお!」



 大きな扉が開き、待ちわびた姿を見つけ走り出す。



「もぅ……」



 碌に内容が入ってこなかった夕刊を魔導バッグにしまいシェフィリアも続いた。



「シロォー! コイズミど――」



 声が詰まる。

 目に映る姿はメルリンドでさえも声をかけるのを躊躇うほどに項垂れていた。

 先導してきた神獣も繰り返し気遣っているその様子は、地面を見つめ極めてしょぼくれているように見える。



「どうしたのだ?! コイズミ殿!」 



「……あぁメルさん。無事で……よかったですね」



「トモヤ様! 如何されたのですか?!」



「その様子は『なんでもない』では済まぬぞ!」



「………………殿下の…………にされて……しまいました」



「「え?」」






 ――シュリ王女殿下の教育係にされてしまいましたっ






 メルリンドとシェフィリアは顔を見合わせる。



「「ええええええ?」」




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