116:一夜明け、大通りに面した……
一夜明け、大通りに面した華やかな一等地には多くの人が行きかう。
路地に曲がったとしてもそれほど人通りは減らず、むしろ呼び込みの声に溢れ活気が満ちている。
花屋『エルバ・エパティカ』はそんな大通りから1本曲がった場所にあった。
昨日見た通りの看板を潜ると、少しひんやりと感じられる。
色とりどりの花に囲まれた店内にはミストが舞い、適度な湿気と温度を保っているのだろう。
そんな中、俺は椅子に腰かけ優雅にハーブティを啜っていた。
「それでさっすっごい量買ってたんだよねー! びっくりしちゃったよ」
「あそこの高そうな花がごっそり無くなっているのはそういう事だったんですね」
「うん。リリーと花を助けて貰っちゃったしサービスしちゃうっ好きなの選んでね。トモ君にも贈りたい人の一人や二人いるんでしょー?」
対面に座るのはカラカラと笑う店主さん。
休日の過ごし方は魔物狩りと球技観戦で、趣味はアロマキャンドル作り。
好きな食べ物はドンクレェブの甲羅焼き。
片手間で花の茎を斜めにスパスパ切りながら、無茶苦茶話しかけてくるすこぶる陽気なお姉さん。
リリーの母親のサリーさん25歳その人。
もうほんと無茶苦茶話すし、その分ずけずけ聞いてくる。
どうやら昨日のいざこざをリリーから聞いたらしく、ちょっと快気祝いの花買って帰るつもりが少し長居してしまった。
白犬は揺れる花で遊ぶのにも飽きて、寝ている始末だ。
ちなみに欲しい花選べ、いやお金払います問答は経験済み。
断るとより長居することになる。
「うーん……いざ花を贈るとなるとやっぱり難しいんですよねぇ……」
以前贈った白いローズマリーもどきも小一時間ほど悩んだ。
「じゃあリリーが選ぶのっ」
声の先にはピンクの百合っぽい花や小さなひまわりのような花、それらをクジャクのように背景にしたリリーがいた。
いや、花が沢山刺さったバルと共に帰って来たんだ。
「おっリリーちゃん先生お願いします! いいの選んじゃってください!」
「えっへん! 任せるなの!」
なんだこの微笑ましい親子は。
「ふむふむお相手は――エルフさんで……治ったお祝い……」
ぶつぶつ言いながらリリーちゃん先生の厳しい目により選定が始まった。
「これなの!」
「キンモクセイ! イイネ! リリーちゃん先生! サスガ!」
「えっへん、なの!」
なんだこの微笑ましい親子は。
選ばれたのは若草色。
確かに花の感じが似合っているかもしれない。
意外と早く選定が終わり、サリーさんが花にあったあしらいを付け包んでくれた。
長持ちするようにお洒落な水容器付き。
これは多分フラワーアレンジメントってやつだ。
「これはおにいさんのなの」
「モケ! イイネ! サイコー!」
「えっへん、なの!」
「あ、ありがとうございます?」
モケ?
小さな赤い花が出てきた。
なんか棘付きで物騒なんだが。
――へぇ……いいの選んでもらったな。にいさん
突然の声に振り返る。
「あっ観光案内の」
「よっ昨日ぶりだな。嬢ちゃんの目利きは確かなんだぜ」
どこかで聞いたその声は、観光案内おじさん。
昨日の今日でまた再会するとは思わなかった。
「スクアロさん。いらっしゃいませなの」
「こんちは。嬢ちゃん」
流石リリーちゃん先生だ。
客応対も様になっている。
「はいよ。納品だよ」
「ほいよ。いつもありがとねー」
魔道袋から取り出したのは、20リットルはある大きく頑丈そうな袋。
3袋を納品すると慣れた感じで代金を受け取った。
なんだろうこれ?
明らかに白っぽい粉が付着している。
まさかやべぇ薬を――
「くっく。そりゃ貝殻を砕いたもんだぞ」
「貝殻? ……あぁ肥料ですね」
『本業はこっちなんだ』と笑う観おじ。
確かに本業の傍ら名所案内で1000ゴルは美味しい副業だな。
きっとべらぼうに儲けられるだろう。
「この時期の観光案内は儲かるんだが、本業は疎かにしちゃいけねぇからな! はっは!」
「……おにいさんにぼったくりした、なの?」
おっと、リリーちゃん先生の不意打ちだ。
「うっ……どこでそんなこと聞いたんだい嬢ちゃん。おじさんのはちゃんとした仕事なんだって――」
「……おのぼりさんをちょこっとだけ案内してお金を巻き上げる人がいるって聞いたなの」
「うっ……そいつは……酷いヤツがいるもんだなー案内仲間にも注意しておくわー」
「……もしかしておのぼりさんっておにいさんのこと、なの?」
「うっ……」
すごいぞリリーちゃん先生。
観おじにクリティカルヒットだ
「はぁ……嬢ちゃんには敵わねぇな。にいさん。この後時間あるかい?」
「え、えぇ。空いていますが」
「じゃいいとこ案内してやる」
◇
荘厳な円形闘技場に球技場、美味しい屋台に怪しい魔道具屋、そしておすすめの娼館。
そんな様々な裏道と観光穴場スポットを巡り、着いたのは普通の民家。
その家主に一声かけると民家を突っ切り、軒先から路地裏へ。
辿り着いたのは王城へ続く噴水広場を真横から一望できるちょっとした高台。
目の前に広がるのは、広場に押し寄せた民衆と『ここから侵入禁止』と言わんばかりに警備する物々しい装備の騎士達だった。
数千、いや歩道や家の窓まで合わせれば数えきれないぐらいの人が噴水広場に集まっていた。
「どうでぇ? いい場所だろ」
観おじはドヤ顔を浮かべ、白犬は興味なさげに寝転んだ。
「これ……一体何が始まるんですか?」
「はっ?! にいさんもこれ目当てで来てたんじゃないのか?」
「いや、皆目見当もってやつです」
「はぁー……お上りさん過ぎるだろ。しょうがねぇなおい。いいかいこの時期の王都ってのはな――」
大仰にため息をつくとまんざらでもない感じで語りだした。
◇
シャッツフルス王国の建国祭。
明日は国を興した記念日、その385年間続く由緒ある祝日を跨ぐ夏祭り。
闘技戦に従魔戦、料理対決に大食い大会、魔導具品評会やミスコンに至るまで大小様々な催しが2週間もの長期間で執り行われる祝賀ウィークとなっている。
各地から観光客が押し寄せ、ごった返して盛り上がる毎年の恒例行事は由緒正しい『開催宣言』から始まる。
この集まりはその開催宣言を聞きに来た群衆。
もっと具体的に言えば王様が出てきて開催を宣言して、ドデカい噴水広場を一周してから帰る。
物々しい警備もそのためだ。
何かのお祭りかなとか思っていたのはマジでお祭りだったもの。
キョロキョロしてる人が多かったのもそれだもの。
ふと、そんな事を思っていると遠く王城の手前に、一際存在感のある白銀の騎士が立っているのに気が付いた。
鎧の白銀に帯いている赤い鞘の差し色が見事に美しく際立っている。
華奢に見えるプルプレートからは女性であることが伺える。
あれ……なんか……あの感じどっかで見たことがある気がするんだよなぁ……
「流石、目の付け所がいいねぇ。にいさん。あれが最強の一角と名高い『姫騎士』アルメリアだ」
「最強? 『姫騎士』?」
「分かってる分かってる。にいさん。その顔は何をもって『最強』なのかって言いたいんだろ。かーっ分かる分かるぞ。近距離も遠距離も環境も含めて一体何が『最強』なんだってなっ」
「は、はぁ」
「姫騎士が『最強』だって言われてるのは『最硬』だからだ。そりゃもうカッチカチなんだってよ。とんでもねぇ【耐久】と【頑強】でギガドズボアの突進にも倒れねぇし、姫騎士の装備『魔剣グラナータ』も『魔鎧ニーヴェオ』も一度たりとも傷ついた事がねぇと言われてる」
「傷つかない……確かに最強かも知れませんね」
「絶対に傷つかないなら護衛に最適だろ? だから今はシュリ王女の護衛『祈盾』の筆頭。おまけに美人。『姫の騎士』であり『騎士の姫』。それで付いた二つ名が『姫騎士』なのさ。強くて美人と来たらそりゃあもう魔剣のレプリカとかぬいぐるみなんかのキャラグッズも人気土産なんだぜ」
キャラグッズ……
あっ思い出したっ! あの人バレーガの冒険者ガチャに入ってた人だ!
ちゃんと許可取ってんのかあれ……
バレーガ観光組合が勝手にやったとはいえ、なんか申し訳ない気持ちが……
「はっは。そうビビるなって。余程馬鹿やらなきゃ追われることはないさ」
――わああああ
――シュリ姫さま?! きゃあああ
突如、歓声が上がる。
遠目でも分かる長い金髪と煌びやかな装い。
広場階段の上に現れたピンク色のドレスに群衆は沸きに沸いた。
あれがシュリ姫か。若いのに手を振る感じが様になってるねぇ。
登場に合わせて大噴水が静かに止まった。
群衆の歓声も徐々に収まる。
階段上の高台に進むシュリ姫。
遠くなのにコツコツと足音が聞こえるってことは音が増幅されてるのか。
次の瞬間、足元から輝きが昇る。
そして盛大なファンファーレが響いた。
――行政組織法第136条『王は、精神若しくは身体の疾患又は事故があるときは、摂政を置くべき場合を除き、内閣の助言と承認により、国事行為を前条第二項の規定により摂政となる順位にあたる皇族に委任して臨時に代行させることができる』。お体が優れないミア・ド・シャッツフルス陛下に代わり、シュリ・ド・シャッツフルスがここに建国祭の開催を宣言する。『古き友と騒ぎ歌え。揺らす水面は鎮魂とならん』
響き渡る大音声。
その透き通った歌声のような宣言に歓声が上がる。
陛下は大丈夫なのかというざわつきもすぐにかき消された。
「……やっぱり噂は本当だったようだな」
そんな歓声の中、観おじは神妙な面持ちだ。
「どうしました?」
「……実は2週間ぐらい前からミア女王陛下が表に出てないって噂があってな。普通なら陛下が宣言するんだが、初めてシュリ姫が代役を務めたってことは……」
何かの陰謀論でも語りだしそうだ。
ていうかやべぇな。初めてであの威厳と気品かよ。
流石は王女殿下。普通あんな大役心臓がいくつあっても足りねぇよ。
◇
噴水練り歩きが始まり、姫騎士さん達がしっかりと付き添いながら、ゆっくりと大噴水を回っている。
終盤に差し掛かり、なるほどと理解した。
ここは確かにいい場所だ。
要はここは練り歩きの終点。
歩いてくる姫様を周囲を警護する祈盾にも遮られずにじっくりと眺められる。
むしろ護衛が多すぎて前列で見ている人達だって通り過ぎたら女騎士の尻しか見えないだろうな。
いや、それはそれで――
「どうした? にいさん」
「あいや、確かにいい場所ですね」
「そうだろう? これで嬢ちゃんにどやされなくて済むぜ」
「じゃあやっぱりお上りさんから――」
「しっかり案内しただろ?! まったく迷宮技師がどんなもんかと思ってみれば――」
――あっ
その時、誰かの小さな驚きが聞こえた気がした。
そこには群衆から抜け出してほんの2、3歩。
小さな子供が駆け寄ろうとしていた。
その子は頭の上に小さなスライムを乗せ、胸に何かを抱えているように見えた。
慌てて群衆の停止線となっていた警護騎士が手を伸ばし止める。
その子は手前で止まろうとして何かを掲げ上げた。
それはつい最近見かけたピンク色の百合をあしらった小さなブーケ。
次の瞬間、勢い余った騎士の手と交錯してブーケだけがポーンと舞い上がった。
時間がゆっくりと感じられる。
ブーケは多くの視線を集めながら綺麗な放物線を描いた。
反応する護衛騎士達は剣の柄を握ろうとして止まり、空白の時間が流れる。
ポスッ
ブーケはそのままシュリ王女の腕の中へ落ちる。
それはまるで初めからセットになっていたかのようにドレスに映えていた。
――わあああああ
――おみごとおおお
上手く受け取った様子に歓声が上がった。
思いがけない素敵なプレゼントにシュリ王女は満面の笑みを浮かべて――
――いなかった
こちらから見える表情はどこかと言えば無表情に近い繕った笑顔に見えた。
歩みを止め姫騎士に何かを伝えると、姫騎士はビクリと体を震わせる。
一言二言やり取りが有り、姫騎士はプレゼントを届けた子の元へ歩を進めた。
――表情は険しく
――何か通告して
――鞘を止める金具を外し
――鞘ごと持ち上げ構えた
――その場の空気が止まる
――歓声が悲鳴へと変わった




