12:食堂に行くまでの間に
食堂に行くまでの間に風呂の前を通った。
自慢の大浴場だそうだ。楽しみにしておこう。
食堂に着くと美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐる。
宿泊客以外にも開放しているためか奥にも入り口が見え、大勢の客が押し寄せていた。
テーブル席の他にカウンターもあり、すごく綺麗に整頓された大衆食堂といった感じ。
軽く20人ぐらいは座れそうだ。
「そこのカウンターに座りな」
そう言うとクレアおばさんは厨房にずかずか入っていった。
「あんた。コイズミだ。噂の神獣の使い様だが関係ない。あたしが気に入った奴だ。とびっきり美味いもん食わしてやんな」
「……あいよ」
厨房に立っていたのは旦那さんだったのか。
板前が似合いそうな渋いおやじさんだ。
「それじゃ後は頼んだよ。コイズミ。【冒険者】は食う事も仕事だ。ちゃんと食べるんだよ」
「はい。ありがとうございました」
にかっと笑ってフロントの方へ帰っていった。
「……ほらよ」
突然渋い声と共に目の前に肉野菜炒めが出てきた。
思わずビクッっとしてしまった。
出てくるのが早すぎる。
「……いただきます」
フォークで刺して口に運ぶ。
謎葉物野菜と謎肉のうま味のバランスが最高だ……
シャクシャクと柔らかくも良い歯ごたえの野菜に、豚肉に似ているが脂身の多い肉。
絡めてあるソースがめちゃくちゃ美味い。甘辛というか甘じょっぱいというか、どことなく中華風の味付けだ。
これはビールによく合いそうだ。
「うまっ これめちゃくちゃ美味しいです」
「……ほらよ」
おやじさんの仕事が早すぎる。
目の前に深めの皿に野菜多めのチャーハンとスープが出てきた。
もうこれは普通のチャーハンと中華スープにしか見えない。
いやっほう! この世界にも米がある!
「……酒はいけるか?」
「嗜む程度ですが」
「……ほらよ」
黒っぽい発泡酒がジョッキで置かれる。
絶え間なく揺らめき浮き上がるきめ細やかな泡!
これビールじゃないか?!
思わず飲むと喉に心地良い刺激が走り、後からクッと苦味がくる!
後味は爽やかでほんの少しフルーティな味わいが残る。
「美味しいです! なんですこれ?!」
「……黒エールだ。村の名産だ」
「ますますこの村が好きになってきました!」
「……さっさと食え」
「いただきますっ」
肉野菜炒めをおかずにチャーハンを食い、昼間からビールを飲む。
本当に最っ高の組み合わせだ。
先ほどの言葉も嘘ではない。
この村の人はみんな親切にしてくれる。
半日にして過ごしやすい場所と思わせてくれた。
……この世界に来て良かったとさえ思える。
うまい料理を食べながらそんな事を考えていた。
「……ほらよ」
食べ終わると目の前に半分にカットされた木の実が置かれた。
見ると青いゼリーのような果肉が目を引くみかんサイズのフルーツだ。
「……マリンだ。疲労回復に効く」
スプーンですくって口に運ぶ。
甘酸っぱい。いやかなり酸っぱいがほんのり甘い感じ。
確かに効きそうだ。
食べながらあまりの仕事の速さに仕事ぶりを見てしまう。
高速でフライパンが飛び交っている光景に目を疑う。
お玉を振るスピードが目で追えない。
もちろんコンロがあるが、自身でも手からだろうか炎を出し加熱している。
でもこちらにはほとんど熱を感じない。まさに職人技だった。
テレビで『炎の料理人』なんて言っているのを見たことがある。
このおやじさんはまさにそれだ。
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尻尾の鍵で部屋のドアを開ける。
カバンとジャケットを置き、ベッドに腰掛ける。
「……ふぅ」
「す、すみませんでしたぁぁあああああああ!」
「ふおっ!」
慌てて顔を向けるとスーツを着たディーツーが部屋の真ん中で膝を折っていた。
「びっくりした! どうしたんですか!」
「ぐずっ。ほんどにずみませんでしたぁ。ぐずっ」
土下座をしながらワーワーと泣きだした。
綺麗な黒髪が床に付いてしまっている。
「いやちょっと! 困ります。立ってください!」
「わーん。こうしないと顔向けできないぃぃ!」
「とにかく落ち着いて! ねっ? 座って話をしましょう!」
いやいやをするディーツーをどうにか落ち着かせ椅子に座らせた。
「急にどうしたんですか?」
「ひっく。わたしのせいで死んじゃうところでしたぁぁ」
「今生きてますから大丈夫ですよ」
「うぅ。ひっく。狼さんに襲われてほんとに死んじゃうと思いましたぁぁ」
「もう怪我もないですよ。はいお水」
「うぅ……うぅ。ごくごく。ひっく」
暫くすると呼吸が落ち着きだした。
「落ち着きましたか?」
「はい……ありがとうございました……」
「それでどうしたんですか?」
「あんな恐ろしい森に転送してしまったせいで死んでしまうところでした。ケーヴィも『大丈夫だ』しか言わないし。わ、わたし心配で心配で」
「まぁ確かに……近くかと思っていたら大分歩きましたからね」
「うぅすみませんでしたぁぁああああ」
流れるように土下座の姿勢に入ろうとするディーツーを止める。
「謝らなくていいですよ。土下座させる趣味はありませんし」
「土下座はニッポンの最大の謝罪だと資料で調べました……だ、だからしなければならないのですぅ」
「大丈夫です。謝ることはないですよ」
「わ、わたしはコイズミさんに安全と言いましたぁ……でも危ない時に何もできませんでしたぁ……わたしなんてただのポンコツなんですぅ……うぅなんでそんなに優しいんですかぁ……」
またぽろぽろ泣き始めてしまった。
今更ポンコツと言われても『そうですね』としか言えないしなぁ。
「うーん……そちらについても謝らなくていいと言いますか……それに優しさじゃないですよ。確かに半ば強制でしたがここに来たのは私の意志です。自分で決めたことを誰かのせいにするのは偉い人がやっていればいいんです。私は偉くないですし、擦り付ける事もあまりしたくありません」
落ち着くように優しく頭を撫でる。
「今はこの世界に来れて良かったかなと思っているんです。むしろ少し感謝してます。……連れてきてくれたディーツーさんを本当に女神なんじゃないかと思えるぐらいには」
「ふぇ……うぅ……ぐずっ……ありがとう……ございます」
暫く撫でていると今度こそ落ち着いたようだ。
「……コイズミさんは不思議な人ですね。謝りに来て感謝されるとは思いませんでした」
「ははっ。わざわざその為に土下座を調べたのですか?」
仕様を間違えても図面改定するだけの設計者とは大違いだ。
好感が持てる。
「……はい。あの……土下座でも激怒されているなら……その……からだで償うつもりでした……」
「……はい?」
「か、からだで償うつもりでしたっ 映像資料の表紙には謝っても許されない時は体で償うとありましたっ!」
「えぇ! なんの資料だそれっ?! 絶対まともじゃない!」
「見る前にケーヴィにすぐ取られちゃいましたが、えーと確かクレーム処理会社OLのどげ――」
「あっそれダメなやつだっ」
「『誠意を見せるってのはこういうことだぁ』って大きく――」
「分かりましたからっ! もういいです!」
「??」
今スーツ姿の理由が分かった。
そりゃあ流石にケーヴィも焦っただろうなぁ。
◇
「あっ今更なんですがお詫びを持ってきているんです!」
この流れだと、まともな物だろうかと心底心配になる。
「はいっどーぞっ」
シルバーの指輪を渡された。
よく見ると、とても複雑な模様が描かれている。
見た目はまともだがまだ安心できない。
「……ありがとうございます」
「えへへ。まだですよっ指にはめてから、カバンを見て下さいっ!」
とりあえず言われた通り右手の人差し指にはめ、通勤カバンを取って見る。
どこも変わりはない。
「開けてみて下さいっ!」
「えぇ……荷物は?」
開けると中身が無くなっていた。
なんのマジックだよ。
「なんですかこれ……中身は?」
「えへへ。『倉庫』と言ってみてくださいっ」
そんじゃ。
「『倉庫』」
すると目の前にカバンの中身が半透明の画像ビューワのように浮かんだ。
例えるならFPSゲームのインベントリみたいだ。
「えぇ! すごい! なんだこれ?!」
「大丈夫ですから手を近づけてみて下さい」
ドヤ顔で勧めてくるがディーツーの『大丈夫』が怖い。
「もしかして失礼な事考えてませんかっ?!」
鋭い……が今は思考までは読めないようだ。
密かに覚悟を決める。心でせーのっと勢いをつけゆっくり手を近づける。
水筒に手を伸ばす。
イメージから水筒の頭が出た……おぉ! 普通に取り出せた!
取り出すと表示されていたイメージが消えている。
表示されるならガムを忘れることもないな。
ついでなので洗面所に昨日の川の水を捨てておいた。
どうやら中の物も保存されているようだ。
インベントリに水筒を押し込むようにすると、消えていってイメージが追加された。
ナニコレすげぇ便利!
「中は時間が止まっていますので安心してください。『プレビューを呼び出す時は【倉庫】』『消す時は手で払いのける動き』と覚えてください。えっへへ。ケーヴィにリソースを貰ったので一緒に作ってみたんです。L88-22の技術を応用したんですよ。収納スペースはこの大陸ぐらいですね」
「へぇ……え? 大陸……?」
……何かこいつはヤバい物なんじゃないか?
音声認識にジェスチャーコントロール、それに全く理解が追い付かないが……四次元ポ〇ットのような指輪を貰ってしまった。
「それだけじゃないんですよっ! 『範囲』と言って何かに手のひらを向けて下さい」
「……『範囲』」
とりあえずテーブルに向ける。
右手の先に何か1m四方ぐらいの枠が見える。
右手に倣って移動する。何かの範囲を指定するマーカー?
「それから『収納』と言ってみて下さい。多言語対応してますよっ。この『範囲モード』を使えば大きな物も収納できるんですっ! えへへっわたしが考えたんですよっ!」
手のひらでマーカーを何となく、ぐーっと広げようとすると自在に縮尺を変える事が出来た。
上限は天井までは届かないぐらいだから、指定できる範囲は2㎥までぐらいかな。
そして腕を何となく、ぐーっと伸ばすと手の先から離れていく。
これはマーカーの先が部屋の端ぐらいだから手の先から大体3mぐらい離せる。
ギリギリまで頑張って伸ばせばもう少しいく感じかな。
床に合わせるとピタッとする感じがした。
おぉスナップ機能付きだ。
んじゃとりあえず床からテーブルのグラスの上まで合わせ、
「『収納』」
目の前でテーブルと上に乗っていたグラスが消えた。
「おおっ! すごい! 魔法みたいですね!」
見るとプレビューと呼んでいたイメージリストの中にテーブルとグラスが見える。
「えへへ。便利でしょう? 出す時は入れる時と同じようにマーカーで指定してから『設置』ですっ」
左手でテーブルとグラスのイメージを選んで、
「『設置』」
マーカーの中に本当にテーブルが出てきた。持ち運びに便利すぎる。
「止める時は『手のひらを閉じれば』終了です。まだ検討中ですが、いずれは倉庫の中で解体や組み立てもできるようにしたいですっ! どうですか? 喜んでもらえましたかっ?」
「そうですね……驚きすぎて声が出ないくらいです。これは……人前では控えた方がいいですね」
「いえいえ大丈夫ですっ! この世界の技術ですからっ。じゃんじゃん使ってくださいっ。それで……あの……頑張って作ったので、またなでなでしてもらえないでしょうかっ?」
「……そんな事で良ければ」
綺麗な黒髪を優しく撫でる。
「ふあ。……『おにいちゃん』とはこのような感じなのでしょうか」
小さなつぶやきが聞こえた。
確かにどこかほっとけない。妹とはこんな感じなのだろうか。
騒がしくなった昼下がりは、ゆっくりと過ぎていく。




