115: あれで隠れているつもりだったのだろうか
あれで隠れているつもりだったのだろうか。
視線の先には黒いフードを目深にかぶり、花の陰でこちらを伺っている不審人物。
いや、カラフルな花に混じっての黒色は余計目立つって。
恐らくこの人はガンベレット家の者。
パグロ1人で出歩くのは色んな意味でリスクが高い。
間違いなくお目付け役の1人や2人は付いていないとおかしい。
「ん? ……あっ! なにかいるなの!」
「えっ……」
リリーにはよく見えていない?
パグロもポカーンとしている。
えぇ? あんなに目立つのになんで……
……あっこれ『認識阻害』か!
「お返事いただけないのであれば、不審人物を放っておくわけにはいきません」
「ッ! 申し訳ございませんでしたっ!」
全力の謝罪と共に黒ずくめは外套を取り去った。
中からはスカートにエプロン、そしてカチューシャのような頭飾り。
これはっ……本物のメイドさんだぁあああ!
「人がいたなのっ」
「カンナ! ど、どうして!」
「申し訳ございませんっコイズミ・トモヤさん! どうかっどうかご容赦をっ」
……あれ、名前名乗ったっけ?
カンナと呼ばれたメイドさんはすごい速さで頭を下げた。
綺麗なお辞儀だ。
視線をリリーに向けると、すぐに対応を変える。
「リリー・オルテンシアさん。大変失礼いたしましたっご容赦願えませんでしょうかっ」
汚れるも構わず跪き、頭を下げた。
貴族に使える誉れ高き使用人がだ。
ガンベレット家の育児を疑ったが、まともな社員教育はしているようだ。
そして何か家印が入っている包みを差し出した。
どこから出したか分からないが見るからに形状は札束。
厚みから見て100万ゴルだ。
「えと、あの……」
おろおろとしていたリリーはさらに狼狽する。
しかし、その狼狽は一瞬。確かな意志が穏やかな濃緑色の瞳に宿る。
「……受け取れません、なの」
「ッ! どうかっ――」
「知らない人からもらっちゃダメ、なの」
「そんなっ……」
メイドさんは今すぐ腹を切るとでも言いだしそうな顔をしている。
その様子にパグロも動揺を隠せない。
ようやく自覚できたようだ。
そりゃあ家印を背負った者が非道を働いたなんてのはすぐに広まる。
更には訴えられたと知られた日には、上流階級の界隈でどんなことになるかは想像に難くない。
揉み消そうと躍起になられても困る。
そろそろいいだろう。
「僭越ながら、ご提案しても宜しいでしょうか?」
「ッ! お聞かせくださいっ」
「パグロ様。リリーに心からの謝罪を。今この場で」
「ッ……」
「パグロ坊ちゃま……」
パグロは集まった視線に居たたまれず地面に視線を落とした。
『いや、まずワニモドキから下りろよ』という視線を送っていると、おずおずと下りて来る。
ややあって観念したように口を開いた。
「……リリー・オルテンシア。……お前の誇りを踏みにじりたかったわけではない。……許してくれ」
「…………いいよ、なの。でも2度としないで、なの」
「ッ! 感謝するっ! きょ、今日の所は日を改めるぞ! カンナ! 先に戻っているからな!」
「承知いたしましたっパグロ坊ちゃま!」
頬を赤らめると今度は捨て台詞を吐かず、貴族らしく一礼した。
そして極力花にダメージが無いように飛び去って行く。
傾き始めた夕日に映えるシルエットに『え? なに? また来るつもりなの?』と『あんな羽でどうしてあの巨体が飛んでんだ?』という疑問はギリギリで胸にしまった。
◇
「この度は大変申し訳ございませんでしたっ お心遣いに感謝いたしますっ!」
見事な45度のお辞儀。
本当に感謝していることが見て取れた。
リリーも安堵の表情を浮かべている。
「コイズミ・トモヤさん。大変お手数お掛けしてしまいまして……」
「いえいえそんな。差し出がましいことをしてしまいまして」
「そんな事はございませんっ……パグロ坊ちゃまがあのように謝ったのは、初めてなのですっ」
「初めて?!」
「はいっ! 幼少から仕えていますが本当に初めてです! 今日はお祝いをしなければなりませんっ」
「え……は、はぁ……」
えぇ……えぇ? そんなことある?
まさかガンベレット家ってそんなに……
そういや認識されづらいローブって『神器』クラスなんじゃ……
ま、まぁ過ぎたことだ。気にしないことにしよう。
もう関わることもないだろ。
「リリー。本当に偉かったですよ。中々許すことは出来ません」
「……んーん。……お花はまた咲いてくれる、なの。【萌葱に夕涼みを】」
踏み荒らされた場所に進むと祈るように手を組んだ。
薙ぎ倒され、花弁を落としてしまった花達に淡い光が宿る。
すると花弁がくすんだように変色し、力を失くしたように萎れてしまった。
しかし、その萎れた茎の足元。
新しい芽がぴょこんと力強く顔を出した。
えぇ! 破壊と創造を司るヤツ!
この子とんでもねぇスキル持ってる!
「きゃっ! あのっこれはっ あっ///」
ちょなに? 今すげぇスキルを――
――えっっっ
スキルに気を取られていたらバルがメイドさんを襲っていた。
いや、よく見ればタイツの膝の汚れをムニムニしているんだが、同時にタイツの上からなめまわすように撫でて、内側からは這うように盛り上がりうねっている。
激しさを増す動き。
ずり下げられたタイツ。
時折響く妙に艶めかしい水音と露になる太もも。
遂には関係ないはずのスカートの中にも手が伸び――
いや、これは俺がそういう目で見てしまっているからだろう。
なんかバルの手付きと目つきがいやらしく見えるのも気のせいだ。
これは汚れを取っているだけ。
だから普通に見ててもいいはずだっ
「あっバル! もうっ! そんなことしちゃダメなの! 『ペッ』してなの!」
『……ブペッ』
……猛烈に止められ引きはがされたのを見るとどうやら普通では無かったらしい。
渋々汚れを吐き出した感じは、何か残念がっているようにも見えた。
「あぅ/// ……あっ土汚れがっ……ありがとうございますっ! 日を改めてお礼に参りますっダメにしてしまったお花代もその時にっ」
「んーん。お店でたくさん買ってくれればいいのなの……せーの、お花のお求めは『エルバ・エパティカ』までー」
「ッ……うふふっ必ずっ」
メイドさんは不意打ちの宣伝に驚きながらも、顔をほころばせた。
そうだろう? うちのリリーはかわいいだろう?
だから、パグロにはやらん。
一昨日来やがれ。




