114:はははっ! リリー・オルテンシア!
「はははっ! リリー・オルテンシア! 相変わらず土遊びが好きなようだな!」
ワニモドキの背から着飾った生意気そうなクソガ――男の子が下りてきた。
リリーより少し年上に見える。
ワニモドキにも付けられている家印があるってことは、どこぞの貴族のボンボンってことだ。
「はっ! よくも飽きもせず、くそ雑魚スライムとこんな所にいるものだ!」
そう言って靴についた土埃を毛嫌いするように小さく蹴る動作を見せた。
「知り合いですか?」
「……パグロ様……いじわる、なの」
リリーはバルを抱きかかえ、怯えたように呟く。
しかしその視線はパグロではなくその足元に注がれていた。
乗っているワニモドキが舞い降りた場所。
その風圧が周囲の花弁をもぎ、多くの花がなぎ倒されていた。
先ほどまで世話していた花々が蹂躙されている。
それにも関わらずこのパグロは得意気に話しかけようとしているのだ。
こんなの見過ごせるわけがないだろ。
「今日は特別だ。貴様には手の届かない『ネッターレ』の上級茶菓子を持ってき――」
「止まってください!!」
俺は思わず叫んでいた。
「なっ……なんだ! だれだお前!」
「ふぅ。大声を出してしまって申し訳ございません。ですが、それ以上進むのはお控えください」
「ぼ、僕に意見するってのか! ガンベレット家と知ってのことだろうな?!」
「その偉大なるガンベレット家のパグロ様なら、可憐な花を痛めつけることはお望みではないでしょう?」
「ッ!」
指を指すと初めて気が付いたように足元の惨状を確認する。
大きなワニモドキ共々動けば、さらに被害が拡大することは目に見えている。
それでも一度振り上げた拳は下せないらしく、横柄な態度は崩していない。
まぁこういう輩の対応は最近経験済みだ。
そんなんじゃ俺の営業スマイルは崩せない。
「ふんっお前は低級の魔獣使いのようだな! ちんけな犬っころなんかを――」
『グルゥ』
「――ひぃあっ!」
白犬が唸った次の瞬間、空気が変わった。
パグロの得意顔が恐怖に塗りつぶされ、ワニモドキまでも尻込みをしている。
ピリピリと張り詰めたようなあの感じは知ってる。
【威圧】だ。
言葉の意味は分からずとも侮蔑の意図を察してしまった白犬は鋭い眼光を向けている。
なんかもう営業スマイルがどうとかじゃなく、初手で恫喝している感じになってしまった。
しかし、大人げないがこのまま許すことはできない。
花畑荒らしやがって! うちのリリーにあんな顔させてんじゃねぇ!
神経締めにされていないだけマシだと思えよ!
……ふぅ。
「白犬。もういいんじゃない?」
『グワゥ?』
頭を撫でると『もう?』とでも言っているように首を傾げた。
渋々といった感じで【威圧】を解いたようで、張り詰めた空気が戻る。
「大変申し訳ございませんでした。低級の魔獣使いとして日が浅いもので。後で躾けておきますのでどうかご容赦ください」
「ッはぁはぁ……なんなんだ! 馬鹿にしやがって! ジェコ!」
『グオオオオオオオ――ヒギュッ!』
「ひぁあ!」
途中で雄叫びが消え、尻込みに変わった。
再度放たれた【威圧】に上書きされたのだ。
流石に2度の【威圧】にはワニモドキの心が折れたようで、遂には後ずさりを始めた。
「あっジェコ! 待て! お、お前なんかガンベレット家が動けばすぐやっつけられるんだからな! 覚えていろバーカ!」
分かりやすい捨て台詞を吐きながらワニモドキに跨った。
おっ逃げようってかい?
「では、訴状はガンベレット家宛てでよろしいということですね」
「訴状っ?!」
「パグロ様は商品である花と資産である花壇を踏み荒らし破壊されました。そのまま立ち去られるのであればこちらの旨を御家の方に」
「す、すればいいだろっ! はっ! こんなくだらないことで金が欲しいなら出してやるよ! いくら欲しいんだよ?!」
「いえ、正確に算出するには時間が掛かりますので後ほど。それに賠償だけではございません。彼女にとっては資産だけでなく誇りを踏みにじられたと同義でしょう。当然御家の代表者様からの謝罪も要求しますので、“高貴なガンベレット家の当主”が、“パグロ様の代わり”に、“こんなくだらないこと”で、頭を下げることになるのです」
「なっ! ぼ、僕はそんなっ! そんなの! ぼ、僕は偉いんだぞ!」
「えぇ。ですから模範となる行動をせねばならないかと存じます。法治国家において地位の高さによって蔑ろにされる法などあってはなりません。それともガンベレット家ではそういった危険思想をお持ちなのですか?」
「うっ……うるさい!! 僕はっ知らないっ! 知らないもんっ」
今にも泣きだしそうに頭を振る。
……ま、こんなもんか。
「では、貴方に聞きましょう。……そこの黒ずくめの方」
「ッ!」
視線の先の黒フードが分かりやすくビクリとした。




