113:駆け出す
駆け出す。
花壇を避け一直線。
間に合うか?!
走りながら右手を伸ばす。
「【範囲】!」
正方形のマーカーが現れる。
ぶれるのも構わずできるだけ遠くへ。
あとは範囲に入れさえすればっ!
「ダメーー!」
こちらを見た少女が叫んだ。
「えっ! うわぁ!」
慌てて止まるもんだからたたらを踏んで、ズザーと転んだ。
……戦服のお陰か、柔らかい地面のお陰か痛くはない。
ただ、これはすごく恥ずかしいですほんとなにこれ最近運動してな――
「大丈夫、なの?」
『ワゥ?』
「……大丈夫です」
汚れた手と服をパンパンしながら平静を装い起き上がる。
顔を上げると心配して駆け寄ってくれた少女と目が合った。
――スライム越しで
「うおぃ!」
驚いて飛びのく。
しかしスライムの腕が袖に纏わりついてくる。
「ひえあぁ! って……あれ?」
溶かしたり気道を塞ぐ攻撃をされる素振りはなく、汚れた袖や膝の上でムニムニしている。
その様子をよく見れば従魔証と思われる小さなリボンを背負って、いや中に埋め込んでいてどこか愛らしい。
さらに中には小さな丸い魔石が2つ踊っている。
つぶらな瞳のように見えて可愛らしく見える。
観察していると袖から汚れが浮き出しスライムの中が少し濁っている。
そして『ブペッ』っと濁りを吐き出すと既に土汚れは綺麗に無くなっていた。
ナニコレ! 有能すぎない?
ムニムニと移動するスライム。
続いて汚れた手のひらも綺麗にしてくれるようだ。
しかし触れた瞬間、『ポビチッ』と変な音を出して少女の影に隠れてしまった。
えぇ……なんか急に嫌われた……
「バルは悪いスライムじゃないの。リリーの友達なの」
少し笑いを堪えるリリーと名乗った少女。
日本で言ったら小学校低学年ぐらいだろうか。
田舎の農作業をそのままミニチュアにしたような素朴さと可愛らしさ。
麦わら帽子からぴょこんと飛び出した栗毛のおさげが元気さをアピールしている。
「そのようですね……すみません。早合点してしまって」
「あ、謝らなくていいの、なの! おじ、おにいさんも『魔獣使い』なの?」
やべぇこんな小さな子に色んな意味で気を使わせてしまった……
おにいさんもと言うからにはやっぱりこの子は魔獣使い、バルは従魔だ。
そういや襲われたと思った時に白犬は攻撃しなかった。
完全に敵意がなかったのが分かっていたのだろう。
白犬! 教えてくれたっていいのに!
「えぇそうですよ。私は小泉、こっちは白犬といいます」
『ワゥ?』
首をかしげる白犬。
そういう事にしておいた方がいいんだって。
「シロイヌちゃんって言うなのっ わぁ真っ白! かわいーっ」
シュッ
撫でようとするリリーの手を超高速で躱す白犬。
「……さ、さわられたくない子もいるの、なの」
ぐっ! 自分に言い聞かせるようにして我慢してるぅ!
なんかさっきからすげぇ申し訳ない気持ちになるぅぅう!
白犬どうにか触らしてあげられないか?!
あっダメだ。あの感じは捕まらないモードに入ってる。
「えーと何か御用、なの?」
見習いたい話題振りのタイミング。
「あ、いえ、綺麗な花畑が見えたので、つい。……リリーさん1人でお世話しているんですか?」
「リリーはリリーでいいよっなの ママはお店番で……パパはすごく遠くのクエストに行ってるなの」
それって……リリーの父親は……
やっちまった……
「それは……こんな広い所を、偉い……ですね……」
「んーん。バルが手伝ってくれるの。だからリリーはすごくないの」
ちっくしょうっ!
俺と違って受け答えまで完璧だっ!
もうなんかおもちゃでも買ってあげたいもの。
もう庇護欲を鷲掴みにされちゃってるもの。
◇
『ほらね』と見せてくれたバルの様子はまさに八面六臂。
素晴らしい活躍だった。
水路から水を貯えて巨大化し移動しながら的確に水を撒く。
リリーが抜いた雑草や間引きした葉なんかを取り込み粉々にして消化。
さらには害虫を飲み込み、花弁に付いた土汚れだけを撫でつけるように除去して『ブベッ』としていた。
スライムは環境適応能力が非常に高く、生息している地域によって大きく生態も脅威度も変化する魔獣と言われている。
人の環境に適応したスライムはこうも有能なのかと感心してしまう。
ただ、泥水スライムが透明スライムに変わる様子が余りに興味深くて間近で凝視していたら『ポビチッ』とまた嫌われてしまった。
一段落するとリリーは『すごいでしょ』と言わんばかりにドヤ顔を向けてきた。
「本当に……すごいですね」
「そうなのっバルはすごいのっ」
「二人のお世話のお陰でこんなに綺麗な花畑になってるんですね」
「えへへっ」
リリーは自分が褒められるよりも嬉しそうに笑う。
そしてバルは『ムキッ』といった感じの腕の形を作った。
「せーの、お花のお求めは『エルバ・エパティカ』までー」
そして最後にポーズを決めてバルを掲げると店の看板のような形に変化した。
店の宣伝までっ なんて恐ろしい子っ
小さな魔獣使い(テイマー)に戦慄を覚えつつも、絶対見に行こうと決めた。
「えぇ。必ずいきま――」
――ドズン!
「うわっ!」
地響き。
重量物が転がったような衝撃に身構える。
『グゥルゥ!』
白犬が唸る。
その視線の先。
花壇を隔てた向こう側。
装飾を纏った羽の生えた鰐がこちらを見ていた。
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『スライム』
『形態・特徴』
小型から大型まで様々。
主に窒息させ捕食し溶解する。
ただし、環境により捕食方法に変化有り。
魔石位置は内部。
『スキル・アビリティ』
変形、擬態
『マナ食性』
有機物
『出現環境』
ほぼ全ての環境に生息
『ドロップ』
各位魔石
『危険度』
通常個体:10~3級
進化個体:10~2級
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