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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第4章 出張からの出張は最早拉致に近い件について
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107:氷のような微笑が……

 氷のような微笑が張り付いていた。

 いや、目は完全に笑っていない。



「それは……ルシアナ試験への志願と受け取っていいのかい?」 



「ルシアナ試験?! 違いますって!」



「じゃあ何なんだい? ルシアナへの献上には試験がある。如何に君と言えど手加減はできない……心苦しいが事と次第によっては、恩人の手を跳ね除けなければならない」



「あー、えー……それは私の妹がくれたものです」



「そうか、それなら良か――ってそれなら君の秘宝じゃないか! 妹から貰った物なら神器レガリアにも等しい! それほどの物を気軽に……あれ? マナが集まっている? え……マナが回復しているよ!」



「えぇ。8割まではマナを供給してくれて、それ以上は逆に排出されます」



「ッ! それはまさか?!」



「『魔素蓄積症』の制御器となるかも知れません」



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 ルシアナ嬢の患っている『魔素蓄積症』とはその名の通りマナを溜め込んでしまう病気だ。

【通話】でのローザさんの言葉を引用すれば、マナの器に蓋をされている状態なのだという。


 通常、器から溢れたマナは自然と放出されるが、蓋をされているため出すことが出来ずに器に負荷がかかってしまう。

 そうなると気象病のような発熱や倦怠感や吐き気といった症状が出てくる。

 マナ制御の未熟な未成年が発症する病で、大多数が成人する頃までには自然と治っていることから魔素風邪や子鬼風邪と呼ばれている。


 そのためか根本的な治療法は確立されておらず、症状の押さえ方としては安静にして解熱薬を飲むか、熟練の治癒士ヒーラー魔導士メイジに強制的にマナを抜いてもらう【魔奪】という方法が一般的らしい。


 それが極稀に劇症化してしまったものを正式名称の『魔素蓄積症』と呼んでいるのだ。

 劇症型の場合は極めて繊細な【魔奪】を用いる他なく、マナを抜き過ぎればマナ疲弊を起こし、抜き足りなければ激しい症状として現れてしまう。

 酷い場合には数年間ほぼ毎日専属の上級治癒士ヒーラーが付きっきりで看病する必要がある。そのような恵まれた環境は貴族の庇護下でもなければ持ち得ないだろう。


 また自然とマナを吸収してしまう食事なども制限され、【魔奪】以外は人との接触すら禁じられる。乱高下するマナに急速に伸びた爪や頭髪が次の週には全て抜け落ちる。


 じわじわと迫ってくるのは衰弱死だ。

 子供には耐えきれないほどの苦痛だろう。



 ◇



 俺はこれを聞いた時、ある事が思い当たった。


 AC(交流)モータの制御におけるインバータ、もっと言えば制動抵抗器。


 制動とは、モータの回転エネルギーを熱に変換し、回転速力を抑えることだ。

 その制動において、モータからインバータに返還される電気エネルギーを消費させるために、インバータの直流中間回路に接続する抵抗器を制動抵抗器と呼ぶ。


 急減速や、巻き上げ下げなどの回生運動をさせたい時に、生まれてしまう電気エネルギーを熱エネルギーにして逃がすための機器だ。

 簡単に言えば『壊さないために余分な電力を熱として捨てる』のだ。


 自動車などに使われている発電ブレーキはこの原理を使っていて、また回生ブレーキはエネルギーを蓄電して加速時の電力に利用していたりする。


 これを踏まえてディーツーはこう言っていた。

『スマホの駆動エネルギーを電気からマナに変えた』と。


 これは正確ではない。

 正確には『駆動エネルギーのマナを変換して電気エネルギーの供給源にしている』だろう。


 なぜなら使い続けているとスマホが熱くなったからだ。


 スマホが熱くなる一番の要因はバッテリーの充電。

 充電中は正極の電位が上昇して、電解液が酸化分解されることで活性化し熱を帯びる。


 それに今まで風魔法や水魔法を邪魔がられるほど近くで見ても熱くなかった。

 火魔法のように熱に変換しない限りは、マナの集約に温度上昇は伴わないのだろう。


 まぁ相手は電子機器だ。根本から変えるよりマナを充電圧5~12V程度かリチウムイオンバッテリーの3.7Vに変換する方がもちろん簡単だろう。

 実際ドランゴルムはマナを雷に変化させていたしな。


 つまりスマホのバッテリーを正確に残量8割に留めておくっていう現象と同じように、マナの器の8割に留めるようにマナの給排出を制御できるんじゃないかと考えた。

 その制御をスマホに付与できるなら、別の物にも付与できないかとディーツーにお願いしてみた所、【不壊】の石柱を軒並み分捕った際のツァンゴーレムコアと魔石を渡して即座に出来たのが、このティアドロップのペンダント。


 これは侯爵家でもどうにもならなかった時の次の一手。

 言わば保険だったわけだ。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「なんでこんな……いや、これがあればっルシアナは……」



「症状を和らげることは出来るかも知れません。もちろんテストはして下さいね」



「……君の妹は本当に女神なのかい? これは人の作れる代物じゃないよ……神器レガリアだったんだね。制限無くマナが回復できるんだから」



 あぁ確かそうか。

 ディーツーも『何の役にも立たない』と言っていたし俺には全く何の効果もなかった。

 でも、性能は排出機能だけではない。

 普通に考えればマナポーションをがぶ飲みすることなく8割まで回復させてくれる魔導具アイテム

 魔法職なら喉から手が出るほど欲しい物かも知れない。



「転売とか悪用はしないでしょう?」



「もちろんさ! ルシアナ以外には触らせもしないよ! でも……受け取ってしまっては……ぼくはこれほどの恩を返す術を知らない」



「じゃあとりあえず使ってみて良かったら、帝国に行った時に釣りスポットを案内してください。それに受け取ってもらえないときっと私の妹が悲しみますから」



「そう、か……妹を悲しませてはいけないね。ふふっ君は本当に埒外と言わざるを得ないよ。どこまで本当かも分からない。でもその時は必ず最高のもてなしを約束するよ。是非兄妹で来て欲しい」



 そう言って笑みを浮かべ、握手を交わした。

 帝国まで行く時間は無いかもしれない。

 でも釣り仲間が心置きなく釣りできて、愛好者が増えてくれるならそれでいいと思える。



「じゃあ! その時はぜひっ我も同行しようじゃ――」



『バッッッシュ』



「ッ!」



 風?

 なん…だ…水滴?



 目を向けた先。

 時が止まる。



 ――飛び散る肉片と刎ね飛ぶ白い腕



 ――赤黒く染まった白銀に舞い散る緑髪



 身を捩るように倒れ伏す。

 葉擦れの音に混じるは微かなリュートの音色。



「メル様ぁぁああ!!」



 そして不釣合いな痛哭が響いた。

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