11:クエスト帰りの時間ではないためか
クエスト帰りの時間ではないためか閑散としている『素材買取』のカウンター。
少し離れた位置には大きな石製の台があり、『解体所』と書いてある。
そちらは別の担当になっているようだ。
『素材買取』は2部屋あり、ドアの無い簡単な個室になっている。
奥には広いカウンター、中央を見ると丸っこいオブジェが床から生えている。
ん……? 部屋に入ると急に外の音が聞こえなくなった。
この世界でも個人情報は守られるのか。
「こちらへどうぞー」
カウンターに座っているツナギを着た太った男は間延びした声を出した。
いや、よく見ると太ってるわけじゃない。体型が人間のそれとは違うだけだ。
肌は黒っぽい。つぶらな瞳に低い鼻。
髭は生えていないがこの小柄な人はドワーフじゃないだろうか。
「いよーう。あんた新顔だなー?」
「小泉と言います。先ほど【冒険者】になりました」
「僕はスーズリ。よろしくなー。その年でかー大変だと思うけど頑張れよー。ここに素材を出してくれー」
カバンから取り出しトレイに紫の魔石を出す。
「えー……本当に新人かい?」
「えぇ。親切な人に貰ったんです」
「そうかー。よし待ってなー。『انظر من خلال الحقيقة.【慧眼】』」
何か詠唱を唱えた後じっくりと魔石を見始めた。
「確かに3等級の闇魔石だねー。状態も悪くないよー。12万ゴルだよ。売るかー?」
おぉ! メルさんの情報は間違っていなかった。
「実は後2つあるんです」
「えーコイズミー、君本当に貰ったのー?」
「えぇそうです」
「そうかー」
そうかーでいいのかー?
本当のことだけど、すごい信じるなこの人。
スーズリは2つの魔石もじっくり見た後
「いい状態だよ。合計すると3つで36万ゴルだよー。大金だよー。本当に売るかー?」
「お願いします」
「毎度ありー。じゃあ【冒険者の証】出してー」
言われた通り差し出す。
「36万ゴルー。ほいっとー」
目の前で光るペンで虚空に光る文字を書きだした後、【冒険者の証】に吸い込まれた。
なにこのファンタジー感。
そしてインストールされた知識から、今のは古代ドワーフ言語だと分かった。
「はいーどうぞー。確認してー」
「……どう確認すればいいですか?」
「そうかー新人なー。【冒険者の証】に自分のマナを流すんだよー」
えぇ……マナ無しじゃ確認すらできないのか……
俺はマナが全てのこの世界では生活に支障が出るレベルで異端だった。
「あぁえっと。文字で確認しましたので大丈夫です」
「古代ドワーフ語読めるのー?!」
「えぇ。先ほどの文字はこうですよね?」
空中に指で文字を書く。
「合ってるよー。なんで? 秘密なのにー」
「ええと……、秘密です」
「そうかー。それならしょうがないかー」
疑うことを知らない善良そうなスーズリにちょっと心配になる。
「今の買い取り額なら貢献値も結構貯まったと思うよー。明日受付に確認してみるといいよ」
「そうします。ありがとうございました」
「コイズミー。……お前は良い奴だー。だけど弱っちい。無理するなよー」
スーズリは個室を出る俺に手を振ってくれた。
いいドワーフだ。
◇
個室の外で待っていたシェフィリアさんと合流する。
「宿屋に向かいます。村長のおすすめの宿でよろしいですか?」
「はい。クレアさんの所と聞きました」
「えぇ仰るとおりです。この時間であれば食堂もやっています。お食事も楽しめるでしょう」
時計を見ると12時になる。
診療所を出てから2時間ほど経過していた。
気が利く。クエストを見ようかと思っていたがお腹も空いてきている。
明日にしよう。
宿屋までの道のりで鍛冶屋や雑貨屋、スーパーの様な食品を売る店も案内してもらった。
こうして歩いてみると村は半円状になっており、庁舎を中心に建てられている事が分かった。
メインストリートがグルっと回っている。
北は丸くなっていて森へ備え、南へ発展して行っている感じかなぁと思う。
「ここが『神獣の尻尾亭』です」
外観は3階建ての大きな建物だ。
宿というより温泉街のホテルといった感じに見える。
この宿屋のトレードマークだろう。所々に狼のマークがある。
「大きな宿屋ですね」
「えぇ。この村では2番目に大きい宿です。これで大体の施設は見て回りました。他にご質問はありますか?」
「大丈夫です。案内ありがとうございました」
「では私はこれで失礼いたします。何かありましたら庁舎までお越しください」
「えぇそうします。メルさんにも会いに行きますね」
「……」
帰るのかなと思ったらじっと見つめられる。
初めて見る困惑顔だ。
口を開いては閉じ、何かを言おうか迷っているようだ。
「どうしました?」
助け船を出す。
握られた手袋が微かにキュッと鳴り、意を決したように話し出した。
「コイズミ様はメル様や私を信頼すると言っていました。も、もちろん私もメル様を敬愛しています。ですが、私は貴方を信用したわけではないですからっ! 何でもないのになでなでされて! 私は見た目には騙されませんからっ!」
そりゃいきなり来た怪しい者は信用できなくて当然だ。
特に神獣に助けられたとか眉唾だろう。
「大丈夫です。不用意な事はしません。それに私は1月ほどで旅立つ予定です。……メルさんがお好きなんですね」
「なっ……当然です! 敬愛していると言っています!」
「私もそうなれるように頑張りますね。短い間ですがよろしくお願いします」
「なっ……もうっ……こんな事言うつもりなかったのに……失礼します!」
何かを小さく呟き、顔を赤くしたシェフィリアさんは一礼した後、颯爽と行ってしまった。
そうか。俺に警戒しているのかと思ったけど、メルさんに頭を撫でてもらった事への嫉妬もあったのか。
長身のシェフィリアさんが小柄なメルさんになでなでされている場面を想像して微笑ましく感じた。
◇
神獣の尻尾亭に入るとそこは上品な温泉旅館のような落ち着く感じだった。
内装は木材が多く使われている。装飾は白が多く神獣ヴィントに合わせているのだろう。
爽やかな香りがする。あれ?この匂いはどこかで……
ブルートツリーじゃないか?
確かにフロントのデスクは黒い木が使われている。
魔獣も建材に使われるのか……
「いらっしゃい。宿をお探しかい?」
歩きながらキョロキョロとしていると、フロントの恰幅のいいおばさんに声を掛けられる。
「一か月ほど滞在します。宿泊できますか?」
「あぁ一か月かい? 空いてるよ。……もしかしてあんた『神獣の使い様』かい?」
「ただ助けられただけですが……なぜそれを?」
「午前中に村長が訪ねてきたんだ。『勧めておいたからよろしく』ってさ。それにさっき飯を食いに来た山守達が喋っていたんだ」
「ではあなたがクレアさんですか?」
「そうだ。親しみを込めてクレアおばさんと呼んでくれていいぞ」
ニカッと笑う。
クレアおばさんはふくよかな腰に両手を当て、ふくよかな胸を張って自己紹介をする。
その感じは完全に肝っ玉母さんだ。
「私は小泉です。よろしくお願いします。クレアおばさん」
「おーし。任されたっ まずは部屋に案内するよっ それから飯だっ コリン! ここを頼んだよ!」
『はーい』と奥から若女将のような人が出てきた。
「いや、チェックインとかお金とか」
「行く場所無くて困っているんだろ? ひ弱そうな“神獣の使い様”から代金なんか取れないよ。それにこの宿にも箔が付くってもんだ」
「いやいや甘えるわけにはいきません。ちゃんとお金もあります」
冒険者の証を取り出し見せる。
「なったばかりの10級冒険者からなけなしの金をむしり取るほど落ちぶれちゃいないよ。この最高の宿の主人はあたしだ。あたしのルールには従ってもらうよ」
懐に十分払う金があるのに好意に甘えてしまうのは、ちょっと違うと思う。
「いやいやダメです。払います。払わなければ帰ります」
少しの間にらみ合う。
目の迫力が凄い……
気のせいか髪の毛がビリビリする……ちびりそう。
「……頼りないように見えてあんた強情だねぇ。気に入ったよ。“コイズミ”。……そうさね。男はこうでなきゃ!」
にかっと笑って背中をバンバン叩いてくる。
すげぇ痛い。
「おーし。分かった。今の時期なら一か月分10万ゴルだ。きっちり耳を揃えて払ってもらう。ただし! 飯は食ってもらう! 泊まっている間は覚悟しな! 最高に美味い飯を嫌と言うほど食わしてやる!」
『これ以上は譲歩しないぞ』という雰囲気がありありと出ている。
なぜだろう? 内容は優しいが、山賊なんかに脅されている気分だ。
「……ありがとうございます……よろしくお願いします」
冒険者の証を石板に近づけた。
光を放った後ピコーンと音がした。
チェックインというか契約が完了したようだ。
「はいよ。さぁ部屋に案内するよ」
◇
211号室に案内された。
入ると12畳ほどあり大きめのベッドが置いてある。
そして大き目のクローゼットに、なんと水洗トイレにシャワー付きだ。
ちょっとしたテラスからは村の東側の川が見える。
異世界とは思えないほど快適だ。
上下水道がしっかりしているのかと思ったが全て魔道具とのこと。
魔道具で水を出し、汚水なんかは転送しているらしい。
そういや部屋までの道中はエレベーターまであった。
科学とマナ。違いはあれど快適さを求める発展は似通っているようだ。
もしくは俺以外の『迷い人』と呼ばれる誰かの仕業かも知れない。
時計も12進数だったしな。
宿泊に関する簡単な説明を受けた後、クレアおばさんはドアに付いている装飾に金属の尻尾のような形をした物を近づけた。
ホルダー付きの小さな尻尾のキー。
……なるほど『神獣の尻尾』か。洒落てる。
装飾に軽く触れ、光った後に渡された。
「さぁこれが鍵だ。これとマスターキーでしか開かないから無くすんじゃないよ」
一先ずカバンに入れておく。
「荷物はそれだけでいいな? 次は食堂だ!」




