10:メルちゃんだけはズルい
『メルちゃんだけはズルい』と言われ何故かローザさんにも『なでなで』された。
顔が半分埋まりながら。
だから正確には『むにゅなでむにゅなで』だった。
すごかった。とにかくすんごかった。
こう……色々とクルものがある。
よく分からないが可愛がられるのも悪くないと思ってしまった。
その女神ローザさんは既に訪問診療に向かっている。
「コイズミ様。準備はよろしいですか?」
「あっはい。大丈夫です。お願いします」
根が真面目なのだろう。
シェフィリアさんは、しゃんとした立ち姿で待ってくれていた。
「それでは【ギルド】に向かいます。道中、村についても説明をいたします」
シェフィリアさんは綺麗な青みがかったシルバーの長髪をなびかせ颯爽と歩く。
俺と並ぶぐらいなので長身のかっこいい美人さんだ。
「おう。シェフィ。今日は村長と一緒じゃないんだな」
「シェフィおねぇちゃーん。またまほうおしえてー」
「ありゃーばあさんや森の精霊様がお出でなさった。こりゃあ天国へのお迎えが来たようじゃ」
「あらあら。おじいさんシェフィリアさんですよぉ」
シェフィリアさんは道中の人々に次々に声を掛けられる。
一緒に歩く俺も少し物珍しそうに見られるため、『旅人であること』『しばらく滞在するのでよろしくね』と当たり障りのないことを言っておいた。
横目でシェフィリアさんを見る。
キリッとした顔で対応する面倒見が良くてかっこいい美人。大人気なのも当然か。
◇
「ここがこの村の【ギルド】です。まずは【冒険者】登録をされるのが良いでしょう。そちらのカウンターへどうぞ」
大きなレンガ造りの喫茶店のような外観。
正面にでかでかと【ギルド】と書いていなければイタリアとかにありそうだ。
カウンターは近くには『受付』。離れた位置には『素材買取』、『メンテナンス』などが並んでいる。
横を見れば待合のようにテーブルと椅子が置いてある。
受付以外はどこも閑散としている。
受付は3つあり、1つの場所は受付がイケメンでお昼前にも関わらず混んでいた。
……あれは女性冒険者の冷やかしかな。
一つはメガネの可愛いお姉さんで比較的空いていたのでそちらに並ぶ。
「【グロイスギルド】へようこそ。ご用件をお伺いします」
「【冒険者】登録と魔石を売りに来ました」
「畏まりました。ではまずは登録から行います。こちらに手をかざしてください」
出してきた用紙に言われた通り手をかざす。
「「……」」
何も起こらない。
「すみません。マナ切れのようです。こちらでお願いします」
代わりに出された同じ用紙に手をかざす。
「「……」」
またも何も起こらない。
「おかしいですね…………あれ……あたしにはちゃんと反応する」
受付嬢を困らしている原因に心当たりがある。
この用紙はどうせマナとか魔石なんかに反応して何か起こるんだろ?
俺には魔石なんて無いんだから反応しなくて当然だ。
「……少々お待ちください」
受付嬢は奥に行ってしまった。
大事にならなければいいのだけれど……
「こちらにお越しください」
少し待つと奥へ案内された。
後ろで待機していたシェフィリアさんも同行してくれる。
◇
奥まった部屋に通された。
入ると壁には剣が並び、甲冑が飾ってある。
窓からの日差しを受け、鈍く輝いている。どこか男心をくすぐる部屋だ。
奥の机の前には屈強そうな男が立っていた。
「……お前はなんだ? 暗殺者か?」
部屋に入るとすぐに聞き覚えのある事を言われた。
「メルさんと同じことを聞くのですね」
「なんだもう会ってるのか。あぁシェフィも付いているのか。そりゃすまなかった。座ってくれ」
続いて入ってきたシェフィリアさんに気が付く。
村長効果も効いたのか、すぐに場の緊張感が無くなった。
足の低いテーブルを囲み、ソファに腰掛ける。
◇
「お前が神獣に助けられた迷い人……か。噂には聞いたが信じられねぇな。がっはは」
この【ギルド】の支部長を名乗った壮年の男、ガノンさんはそう言って笑った。
整えられていない顎鬚がワイルドだ。ただワインレッドの髪に所々混じる白髪には苦労の跡が見える。
シャツにベストという一見すると執事のような格好だが、その上からでも鍛え上げられた筋肉がうかがえる。支部長というよりは歴戦の戦士という感じだ。
「メルさん達にも同じように驚かれました」
「がっはは。そうだろうな。誰も信じやしねぇだろう。だがむやみやたらに話すなよ。【ギルド新聞】の奴らが黙ってねぇだろうさ。恰好のネタにされて付きまとわれるぞ。まぁ変な事で有名になりたきゃ別だがな」
ガノンさんは豪快に笑う。
言葉は荒いが、心配してくれている。
その感じがどことなく昔世話になった現場の職人さんに似ている。
「……えぇ分かっています。信頼できる人にしか喋りません」
「てぇと、俺は信頼されたのか? 安い信頼じゃないだろうな?」
あぁ……やっぱりいい人だ。
会ったばっかりの俺を本気で心配してくれている。
「私はメルさんに助けられましたし、話せば信頼できる人格者でした。そのメルさんが秘書を任せていて、頼むと言ったシェフィリアさんもです。現に村の人々からは大人気のようでしたし。
そのシェフィリアさんが黙ってこの場を見守っているのであれば、ガノンさんは信頼できる人物だと思えました。今も会ったばかりの私を心配してくれている。……少なくとも悪いようにはしないと思っています」
「……悪いようにはしねぇよ。ただの馬鹿のホラ吹きじゃなさそうだしな」
そう言うと、髭を触りながら小さく『がっはは』と笑った。
「申し訳ありません。まだ案内していない場所もありますので冒険者登録をお願いいたします」
シェフィリアさんが後ろから口を出す。
「おっ。シェフィも言うようになったじゃねぇか。ちょっと待ってろ」
机から古びた用紙、黒色の冒険者の証とナイフを取り出してきた。
「これは昔に登録に使われていた魔道具だ。血を両方に垂らせ。後は名前を書いて完了だ」
「えぇ……切るんですか?」
「ん? 少しだけでいいぞ?」
いやいや量じゃなくて切るのが怖いのだけれど……
「がっはは。なんだ? 少しは見込みのある奴だと思ってたのに、腰抜けか?」
「……分かりました。やりますっ」
いざやろうとするが勇気がでない。すげぇこえぇもん。
そりゃさっきの手をかざすだけの用紙が主流になるよな……
思い切って左手の人差し指の先をぷすっと刺す。
いってぇ……切れ味凄すぎだろこのナイフ……
急いで血を用紙と冒険者の証に付ける。
少し青白い光を出した後、血の跡は消え、冒険者の証はくすんだ青銅色に変化した。
「これで完了だ。歓迎する。『良き魔素と共にあれ』」
ガノンさんは決まり文句のような事を言いながら冒険者の証を渡たしてくれる。
「ふぁい。ありがほうほざいはす」
人差し指を咥えながら冒険者の証を受け取った。
「がっはは。しまらねぇな。おいシェフィ【治癒】かけてやれ」
「……こちらへ手を。『القليل من الشفاء لك【治癒】』」
おぉ! かっこいいなぁ魔法! なんか詠唱みたいなのしてる!
俺の指に青白い光が伸びる。が、すぐに消えた。
まだ血が玉を作っている。傷は残ったままだ。
「がっはは。シェフィ腕がなまったか?」
「そんなことはありません! 『القليل من الشفاء لك【治癒】』!」
またすぐ光が消えた。
傷は残ったままだが血が止まっていたので、手を引きお礼を言う。
「もう大丈夫です。シェフィリアさんありがとうございました」
「こ、こんなはずではっ!」
「おいおい。『蒼氷』の名が泣くぞ」
「【治癒】は成功していました! そちらこそ『罰剣』の目も衰えたのでは?」
「がっはは。本当に言うようになったじゃねぇか!」
なんか二つ名みたいな言葉を持ち出し、言い争いを始めてしまった。
まぁ……楽しそうだからいいか。
◇
「登録ありがとうございました。それで魔石の買い取りは『素材買取』に行けばいいですか?」
「あぁそうだ。今なら俺が見てやってもいいぞ?」
「コイズミ様、早く『素材買取』に向かいましょう。目が衰えた方には荷が重い」
「がっはは。嫌われたな。また顔を出せよ。剣なら教えてやる」
気っ風がいいガノンさんに見送られた後は『素材買取』に向かう。




