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とりかえばや物語

 さあ来るがよい、我が寝床へ!

 ほらエリカ、愛しいエリカ、何も遠慮することはない。今夜からここがお前の屋敷うちなのだから。これがお前の毎夜の寝床になるのだから。

 ほらほら、そんな顔をするな。夫にそんな不機嫌な顔を見せるものではないよ。

 何? 『わたしの夫と言える人は、生涯にただひとり、アルコだけです』? ああ、アルコ! ただ単に顔が良いばかりの、女のようにひょろひょろとした旅人か! ははは! そんな奴のことなど忘れろ! 今夜からお前はわしの物なのだから!

 ……まあそうそんな噛みつきそうな顔をするな。お前は一介の村女、もっと言うなら流浪の旅人がある村を気に入って住みついた、ただそれだけの存在だ。

 村の外れのお屋敷の、貴族に気に入られ今ここに、そう考えれば幸福だろう。わしには正妻はおらんから、事実上お前はここの奥様だ。もうわがままのし放題、誰にも止める権利はない。

 なに? アルコに申し訳が立たん?

 はは、良い良い、どうでも良い! しょせんはふらふら流れの旅人、ただお前と共に旅をして、あの村が気に入って夫婦で住みついた、ただそれだけの存在だ! もうあいつのことは忘れろ、これからはわしがお前をあいつの万倍大事にしてやる!

 それになエリカ、お前たち二人は『あの村が好きだ』と何度も言うたが、お前をわしに引き渡したのはその村の奴らなのだぞ。奴らがお前たち夫婦を何と言うたか知っておるか?

『化け物』だ! 村に住んでもう何年も経つというのに、全く老いない、変わらない! エリカとアルコは魔性のものに違いないと、口々にそう言っていたのだぞ!

 お前をわしに引き渡せば、アルコもこの村にいる気が失せてどこへでも去るに違いない。魔性のものはこの村に置いておくわけにいかぬと、お前がわしの屋敷に来たのはそういう理由があったのだ!

 なあエリカ、だから村のことは忘れろ、アルコのこともあきらめろ。おとなしくわしの腕に抱かれて、真実わしの嫁になるが良い……。

 ……んん? ああ、ああ、なんとしたことだ! エリカ、お前には胸がない! 二つふくらんでいるはずの胸もとは、男のようにぺたんこだ! もしやして……ああ、ああ、やっぱりだ! ないはずのところ、足と足との付け根には恐ろしく大きなふくらみが! ええエリカ、お前は男だったのか!? わ、笑いながらうなずいたな、お前は男だったのか!!

 そうと分かればお前なぞに用はない、わしは男色に興味はない! とっとと出ていけ、どこなと失せろ! もうこの屋敷に入ってくるな! 出ていけぇえっ!!




 ほとんど恐怖に満ちた声で叫ばれて、わたしは意気揚々と忌まわしい屋敷を出て行った。晴れ晴れとした気分で村内の家に帰って、待ちかねていたアルコの広げた腕に飛びこんだ。

「ああ、お帰りエリカ! ひどいことはされなかった? 大丈夫かい?」

「ええ、何もされなかったわ、大丈夫! あなたから借りた体のおかげでね!」

 そう答えながらわたしはむにむにとアルコの両の乳房を揉んだ。自分の体についている時と感じが違って、これはこれで面白い。アルコはほおを赤らめて、少女のように恥じらった。

「やめてよ、エリカ……もう元に戻ろう、今まで何度かやったけど、このままじゃ変な感じがするよ」

 わたしは笑ってうなずいて、ずるりと自分の首を胴体から引き抜いた。アルコも首を引き抜いて、ふたりは何ごともなかったように首と体を交換した。わたしは元の女体になり、アルコも自分の男の体に首をつないだ。

 アルコはやっと落ち着いたように、嬉しげに自分のすべらかな胸もとをなで下ろす。

「ああ、やっぱり自分の体は良いね! 当然だけど君の体よりなじみが良いよ!」

「おかげで首尾よくだませたけど、アルコ、あの老いぼれ貴族がほめてたわよ! 『足と足との付け根には恐ろしく大きなふくらみが』って!」

 わたしの言葉に、アルコは眉をひそめて吹き出した。ころころ笑うアルコの手を引き、わたしは旅立ちをうながした。

「アルコ、もうこの村に用はないわ。村の人はわたしたちの正体に感づいているみたい。居心地の良い村だったけど、ひとまずここを去りましょう。旅に出て流れ流れに生き続けて、数百年後に戻ってきたら今の人たちはいなくなっているでしょう。そうしたらまたこの村に住めば良いのよ」

 アルコは少し淋しげな笑顔でうなずいた。こういう成り行きを予見していたみたいで、部屋の中にはもうなけなしの旅の荷物がまとまっていた。そうしてわたしたちは真夜中に村を後にした。

 なに、どのみち化け物の旅なのだ。『ひのもと』という国の『ろくろ首』の血の入った魔物の末裔、寿命なら気の遠くなるほどだ。ほんの数百年、化け物にしたらあっと言う間だ。数百年後、変わらぬ姿でまたこの村へお目見えしよう。

 わたしたちはそう誓いながら、鼻歌混じりに星降るような夜空の下を歩いていった。(了)


新潮文庫「小泉八雲集」の「ろくろ首」を読んで生まれた小話です。本家のろくろ首と少し違うのは『血が混ざって遠くなった末裔』だから(わあ便利な言葉;)軽いお気持ちで読み流してくださいませ……。

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