第2話「心深沙良ー1」
「……はー、なんでこうも不作なのかしら」
那頭奈大学の南端にある部室棟。
その中の一室である、十畳程の広さの文芸部の部室で、心深沙良は、部屋の真ん中に置かれているテーブルにしなだれかかりながら、愚痴と共に、大きな溜め息をこぼした。
「部員減ったら、また予算削られるわ」
「……そうなったらそうなったで、仕方ないことじゃない」
「仕方なくないわ!」
カツンと、心深は紙コップの底をテーブルに打ち付けた。中のウーロン茶が跳ねて、わずかながらパシャリとこぼれる。
「これ以上減らされたら、夏の合宿でどこにも行けなくなるじゃない!」
「だったら、部費を徴収し――」
「何のために私がこの部活に入ったと思ってるのよ! 何のためにこんなビラ配りなんてやってると思ってるのよ! まったくもー! まったくもぉぉぉぉー! せめて、来月までには人数を確保しないと! 最後の機会だってのに!」
ぐーと唸る心深を、この部室の主――文芸部の部長である長部神奈は、部屋の隅の座椅子の上で、読んでいるハードカバーの本から顔を上げ、苦笑いを浮かべながら眺めている。
黒髪ロングに度の強いメガネという、見た目からしてオーソドックスな文学少女である彼女は、本を読める環境があれば、それ以上望むものはない。書籍代を節約できるならという理由だけで、この部に在籍しているだけである。
中学も高校も、そんな風に過ごしてきた。
同じような趣向の人間とばかり関わってきた。
だから、ここまで感情の起伏が激しく、私利私欲に忠実な同輩は極めて新鮮だった。茶髪にショート丈のTシャツにデニムのショートパンツという、垢抜けた格好をしている人間も、今まで周囲にいなかった人種だった。
やんちゃな飼い犬を眺めるような気分にさせられる。
そんな関係性ゆえ、時折――というか、大体そうだが――人を人とも思っていないような心深の物言いも、彼女にとっては楽しいくらいだった。いつもいつも、思わず笑ってしまう。
「……そろそろ、お昼ね」
心深はキッと壁掛け時計を睨みつける。
「それじゃ、もう一回、ビラ配り行ってきます」
バッと景気よく立ち上がる心深。
神奈はそんな心深を見上げ、よく頑張るねーと感嘆しつつ、
「……だったら、この前遊びに来てた、あのイケメンハーフの後輩君にでも手伝ってもらったら? 女の子たくさん来るでしょう?」
「……う~ん」
と心深は腕を組み、頭を横に傾ける。
「……でも、あいつ、別の大学だし、それなりに忙しそうだし、どこまでちゃんと部集会に出席してくれるか――それに、そういうのに釣られてくる女って、結構ドライなのよね。あいつが来なくなったらすぐにフェードアウトするに決まってるわ。そんなのをいちいち操るのも面倒だし……」
「…………操る?」
「ああ、こっちの話」
ぶんぶんと首を振る心深。
「まあ、私が笑顔で立ってれば、男ならホイホイ釣れるでしょう! この部の男女比率を一気に変えてやるから、期待して待ってて!」
じゃ、と言ってビラを握りしめ、心深は颯爽と出て行った。
「それは困るなぁ……」
と呟きながら、神奈は微笑と共に心深を見送った。
昨年の合宿にて、初めて心深と酒を酌み交わした際のその酒乱ぷりを思い出し、正直なところ、今年の合宿は部長権限で中止にしといた方が良いんじゃないかと迷いつつ……。