プロローグ
――改札を下りると、祭りのように騒がしかった。
どこもかしこも楽しそうなものだ。
それはそうだろう。今は四月下旬という季節であり、昼前という時間であり、彼が眺めているのは大学の構内だ。
おまけに快晴ときている。
ここにいる人間の多くは、ついこの間始まったばかりの新生活に胸を躍らせ膨らませ、その膨張した胸には夢と希望を抱いているのである。
――夢?
その単語を改めて反芻し、彼は鼻で笑う。
それが、人間が寝ている間に見る脳内映像のことであるなら、話はまだ分かる。だが、もしこれが『将来の夢』だとかいった用法で使われるものであるなら、彼は断固として拒絶する。
――あまりにも曖昧だ。
――頭が痛くなる。
自分の将来の処遇など、今の自身の能力とこれから課されるカリキュラムを精査すれば、大体の範囲は算出できるだろう。
想定できるだろう。
そんなこともせず、ただ漠然と自分の希望だけを根拠もなく口にして、しかもその行為をポジティブに捉える。……とても正気とは思えない。正気の沙汰じゃない。
そんなことをした結果、色々なものを無駄にし、ドブに捨て、そのことに気付くのは、大概取り返しがつかなくなってからだ。後悔となってからだ。教育者と呼ばれる者は、その辺を先んじて矯正するのが仕事じゃないかと思う。
――オレが言っても詮ない事か。
いつだか対峙した男のことを思い出す。
たかだか数分のやり取りだったが、その内容は今も鮮明に覚えている。一言一句思い出せる。
そう、彼も言っていた――存在しないものに名前をつけたって、結局そこに意味はない、と。
勝手に難問を作って、勝手にそれを解いて、そして勝手に一人で喜んでいる。傍から見れば、失笑物の一人芝居でしかない。
だから僕はテストが嫌いなんだ――とその男は言っていたが、そこへの同調は一応保留している。彼の個人的なやっかみも含まれていそうだったからだ。(当然、テストというものには、各人の知識を確認するという意義もあるにはある。)
オレの『これ』は決して『夢』ではない。
そして、一人芝居でもない。
確実なプロセスを踏んだ作業である。
予定通りコトを進めることができれば、想定通りの結果を得ることができる。
この作業を遂行するために、オレはここに来たのだ。
――私立那頭奈大学出井キャンパス
ここに保管されているという『種』の『核』。これを(勝手に)借用することで、幼い頃から続いているこの『頭痛』とオサラバする。理由も手順も、そしてリターンも、極めて理に適っている行動だ。
「……あとは、実際に行動を起こすだけ」
そう呟いて、彼――糸環シロは、キャンパスの中へと入っていった。
スマホ閲覧用の段組みに初挑戦しております。読みやすいでしょうか…?