彼の涙
突然、修介くんから電話で呼び出された私は、あの、河川敷へと向かった。
学校帰りなのだろう。
彼は制服で現れたのだった。
そして現れた彼の姿に、少し前なら、どうしたの?
と驚いて聞いていただろう。
最近は彼の痣にも慣れてしまった自分もいたけれど、今日の痣はいつになくひどかった。
いつもは、脚や腕にある痣が顔にあったのだ。
「いやぁ、ごめんね。急に呼び出して」
彼の今日の声はいつもの落ち込んだり、沈んだり、笑ったりするようなものではなかった。目に光が宿っていなかったのだ。
それでも、何もなかったかのように私は尋ねた。
「大丈夫だよ。なんかあった?」
「いや、何もないよ。ただね、顔までやられるなんてね」
と笑えるはずのない状況にも関わらず、彼は空元気を続けた。
「意外とさ、俺っていい顔してると思うんだよね。学校でまぁまぁモテるんだよ。なのにさ、顔ってひどいよね」
「笑わなくていい」
私はつい、発してしまった。
いつもは彼の空元気を見て見ぬ振りしていた。
だって、変に気を遣われるくらいならその時だけでも忘れられるくらい楽しい時間を過ごしたほうがいいと思っていたから。
でも、今日は無理だった。
私が、無理だった。
「空元気はもうやめて」
泣いてはいけない私が涙を流してしまった。
そうすると一番傷ついているはずの彼がそっと頭を撫でてくれた。
「ありがとう。俺のために泣いてくれる人がいるんだって思えただけで俺は幸せなんだ」
そう言った彼の声は震えていた。
「いつでも、吐き出してね。辛い、しんどい、何でもいい。全部全部受け止めるから。吐き出すのも辛かったらただ黙っててもいい。そばにいるよ、私はいつも」
彼は黙って私の頭の上で泣いていた。
日が沈むまで泣いていた。
「ごめんね。黙り込んで」
彼はちょっとだけすっきりした顔で私に謝ったのだ。
「気にしないで。学校にちゃんと行ってる修介くんを私は心から尊敬する。辛くなったらまた一緒に思いっきり泣こうよ」
と笑顔で伝えると、彼はいつもの笑顔で
「そんなこと言ってくれる人、櫻井さんしかいないよ」
と言っていたので、少しだけ安心した。
「茜でいいよ」
と少しだけ勇気を出して言ってみた。
「じゃ俺も修介でいい」
そんな、普通の会話を交わして、修介くんと別れた後、家に帰ってシャワーを浴びながら、彼が触った髪の感触を確かめるように洗っていた。
彼の流した涙も感じながら。
彼の涙が自分の髪を伝った時、心から彼を守ってあげたいと思った。