コーギー
目を瞑ると、風の声、猫の声、蝉の声、草の声、たくさん聞こえてくる。
猫の声が聞こえてくるのは、ここ、河川敷に捨てられてしまった三毛猫が鳴いているからだ。
牛乳くらいならあげてもいいかな。
そう思った私はコンビニまで牛乳を買いに行って、簡単な紙皿に乗せてあげると、猫は大変喜んだものだ。
「コーギー、コーギー」
必死に探す男の子の声が聞こえてきた。
コーギーって犬だよね、というのは置いておくとして、この名前には理由があるのではないかと思わせるほど必死に探していた。
その彼は、ダンボールに入れられた三毛猫を見て、
「コーギーじゃないか」
と三毛猫を抱きしめていた。
その時の彼の表情は、見つけられて嬉しいとか、そんな簡単な様子には見えなかった。
その後、牛乳を見つけて、私に
「ありがとう、僕はこの子を見つけに来たのだけど、連れて帰れそうにはないんだ。面倒見れたりするかい?」
家庭の事情で、犬や猫が飼えなくなってしまうのはよくあることだったし、この三毛猫はまだ捨てられてすぐで人懐っこいこともあり、私の心を動かした。
「お母さんに聞いてみるね」
と母親にすぐに電話かけると、二つ返事で了承をもらえた。
そうして、飼うことになったコーギーは私のお腹の上にいる。
結局、その時にコーギーの由来も聞けず、彼の名前も聞けなかった。
ほとんど彼と話さないまま引き受けたから正直、彼の顔はぼやけていて怪しいのだけど、コンビニで買った時に聞こえた声と笑顔は必死の私にさえ思い出させるものだった。
「コーギー、君の飼い主の名前はあの子なの?」
「……にゃぁ」
分かっていても答えられないよな、またコンビニに行ってみようかな。
また来てくださいとか言われちゃったしな。確かめる価値はある。
少し慣れてきたこの暑さと湿っぽい空気を感じながらコンビニへ向かった。
「いらっしゃいませ」
彼は商品の品出しをしているようだった。
よし、レジじゃない。話しかけよう。
「すみません。お尋ねしたいんですけど」
「来てくれたんですね、はい、何でもお伺いしますよ」
この輝きはどこから来るのかと先に尋ねたいところだったが、聞くべきことを聞くことにした。
「あの、コーギーって覚えてますか?」
「当たり前じゃないですか、牛乳ありがとうございます」
この人は分かってて声を掛けたのだとその時に気付いた。
「分かってて声かけたんですか?」
「当たり前じゃないですか、じゃないと本当にやばいやつですよ」
と面白げに彼は笑った。そして、彼は続けて言ったんだ。
「もしかして、本当にやばいやつだと思ってましたか?櫻井 茜さん」
「な、なんで私の名前を」
「このままだと本当にやばいやつになっちゃいますね。バレーボールの大会で見たことあって、同じ学年なんだって知って、このコンビニからよく通るの見てました」
彼は葉月 修介くんというらしい。
近くの高校生で、1年生の時からここで働いているらしい。
不登校になって、嫌なことばっかりだって、良いことなんて何一つないって思ってた。
けど、不登校になったから、彼の存在に気付けたのだと考えるとマイナス1万くらいの不登校に対する気持ちがマイナス千くらいにはなるなと今、思えた。
きっと、こんな日々にも意味があるんだって思える日が絶対に来るんだって私は信じてる。
今もこうして、楽しくお話しして、連絡先まで交換することが出来た。
明日は、コンビニより遠くへ行ってみようかな。