宿屋にて、
陽が落ちて、空がすっかり暗くなった頃、俺たちは漸く宿を見つけていた。
「こちらがお部屋の鍵になります」
宿の受付のお姉さんがニヤニヤしながら鍵を渡してくる。何考えてんだこの助平女め。
まぁこの助平お姉さんが考えている事は大体わかる。つまり、二人一部屋だからだ。
男女一組が宿で一部屋だけ借りたらそんな反応する人も居るだろう。ただし!それは若い男女に限る!
俺はこう見えて二十代後半なのだ、若いわね〜。みたいな反応されるのは思う所がある。
「あっありがとうございます……」
ほとんどアテナのこの反応の所為だろうが。
アテナは受け付けのお姉さんがニヤニヤするのを見て更に顔を真っ赤にする。
「なんだ? 緊張してるのか?」
「っ!? きっ!緊張なんてしてませんよっ!?」
アテナが挙動不審になってきた。
「大丈夫だ、全部俺に任せておけ」
「っ!? ………………」
アテナが耳まで真っ赤にして固まった。ちょっとからかい過ぎたか。
「……冗談だって……。悪かったな」
ぽんっとアテナの頭に手を置くと、ピクッと反応した。
「もうっ! そうゆう冗談は本当にやめて下さいね……?」
アテナは赤い顔のまま、ぷくっと頬を膨らませ、少し涙を浮かべた上目遣いで俺を睨んできた。
何これ、やばい……。めっちゃ可愛い……。
いやいや、こう言う時は昔殺した厳つい顔のヤクザの組長の顔を思い出して思考をリセットするに限る……。ふう、危なかった……。
「すまん、行くか」
「……はい」
「ごゆっくり〜」
今だにニヤニヤしてる助平お姉さんに見送られ、ロビーを後にした。
俺たちの部屋は、二階の一番奥の部屋だ。鍵を開け、中に入る。
「ふう……やっとまともに休めるな」
「そうですね……あの……」
さっき揶揄った事をまだ怒っているのだろう。
「悪かったって。俺は床で寝るから安心しろ」
「いっ、いえ! その……わたし、まだ怖いんです……だから……その……いっ、一緒に寝てくれませんか?」
「!? あ、あぁ。分かった……」
美少女と一緒に寝る事を断る理由は一つもない。しかし、今日はあの時のヤクザの組長の顔を思い浮かべながら眠らないといけなくなりそうだ……。
取り敢えず、今日はもう疲れたので休む事にした。
俺はダブルベットの窓側に寝転び、窓側を向いて横になった。アテナは俺の背中に蹲る様な形で横になった。
「シンさん、助けていただいて、本当にありがとうございました。でも、やっぱりまだ怖いです……。 みんな死んじゃって、とにかく逃げたくて……海を渡るなんて言いましたけど……本当は頭真っ白で……。わたし、これからどうすれば良いのでしょうか……?」
やはり不安は残っているか。元気に振る舞う様にしても、あれは忘れられないだろうからな。
「そうだな…… 冒険者になったんだから、冒険してみればいいんじゃないか? お前の父親に言われた様に、強くなってみるとか。 アテナは、あの国を取り戻したいとか思ってんのか?」
「そうですね……。 出来るなら、取り戻したいです……」
「そうか。 俺は、自分は一度死んだって事にしてる。 あの時、俺は地球で死んだ。 そしてお前を助ける為にこの世界に召喚された。 そんな感じに今の状況を捉えている。 だから、お前が俺に助けを求める限り、俺は付いていくよ。 助けを求めなくても暫くは一緒に居るつもりだ。 知らない世界でいきなり一人は厳しいからな」
「そう……ですか。ありがとうございます」
少し気障っぽく言ってしまったが、これくらいの方がアテナも安心出来るだろう。
「あぁ、因みに俺は善人じゃないからな。 死神って呼ばれるのも、それぐらい人を殺してきたって事だ。 自分で言うのも何だが、凄腕の殺し屋だったんだぞ」
「なるほどです……。儀式の間では、あっと言う間に敵兵を倒してしまいましたもんね。 わたしには、何が起きたのか全くわかりませんでした」
「殺した、な。そこ結構大事。 殺人鬼が側に居て怖くなったか?」
「いいえ、今は……とても、安心出来ます……」
「そうか……。 今日はもう寝ろ。ちゃんと身体休めとけよ」
「……はい……すぅ………。」
相当疲れていたのか、それとも安心したからなのか、アテナはあっと言う間に眠りについた。
俺も、もう眠ろう…………。