章一くんの誕生日
※予測変換による書き間違いがあったので訂正しました。
朝晩の冷え込みが厳しくなる11月。
クラスの女子が厚めのコートを着てくると、冬だと実感する。
僕もカーディガンやマフラーを準備するようになった。
そういえば今朝、父さんがやけに嬉しそうに僕に手袋をくれたっけ。今日は誕生日だからと、ニコニコしていた。
年齢がいってから出来た子供だからなのか、過保護にされている自覚はある。
ありがたいのだが、無下にも出来ない。溜息ひとつ、友人から貰った小さなプレゼントを鞄に放り込んで教室を出た。
冬の廊下は上履きの踵の音がよく響く。
まだ午後4時を少しまわったくらいだというのに、外では日が沈み始めていた。オレンジ色に染まる学校は嫌いではない。
マフラーを巻きなおし、階段の手すりに手をかけ一段踏み出したところで肩を軽く叩かれる。
こんなに気軽に触れてくるような友人は学校にあまり居ない。
驚いて振り返ると、楽しそうに笑う白沢先輩がそこに立っていた。
「よう、もう帰んのか?」
「……寒いので」
簡単に答えを返すと、僕が怒っていると思ったのか彼は恐る恐るといった様子で表情を伺っている。
昔はここで迷わず強行した彼だが、流石に成長したらしい。
そういえば彼は僕の誕生日を知っているだろうか。思い出せないだけかもしれない。
でも、何だか、彼の口から「おめでとう」という言葉が聞いてみたくて。
「白沢先輩。僕、今日誕生日なんですよ」
「誕生日?」
「ええ、誕生日」
目を丸くしてぽんと手を叩くと、彼は突然スラックスのポケットに手を突っ込んだ。
それから中身を引き出して、洗濯したばかりなのか服の繊維がぱらぱらと廊下に落ちる。
僕といえば、その突発的な行動に驚き肩を震わせてしまった。
「……何もねぇ、すまん」
「あ、あの、別に何か欲しかったわけではないですから」
肩を落とす彼を励まし、結局目的の言葉はまだ貰えず僕は押し黙る。聞いてみたい、今すぐ。
「もう帰るんだろ?」
「ええまぁ、そのつもりでしたが」
「アレだ、えぇとな……何か付き合うから」
何か。特に指定のない言葉。
僕はふと、旧校舎の秘密の場所を思い出した。特に使う予定もないだろうと、でも何かあった時にと、準備していたそれが日の目を見ようとしている。
白沢先輩は僕の言葉を待っている。いや、まさかそんな冗談だ。
僕だって本気であんなことをしようなんて、そもそも本気でなければ準備もしないはずだ。
「章一?」
「……ついて来てもらってもいいですか?」
胸に込みあがる何かを押さえながら、階段を降りる。
僕は誰にも言ったことはなかったが、どうやらこの人が好きらしい。
冗談めかして伝えようかと思ったこともある。白沢先輩じゃなくて、ただ男性が好きなだけかもしれない、まさか幼馴染にそんな気持ちを抱くなんてと色々調べたこともある。
結果、白沢先輩が好きなだけというのが浮き彫りになっただけだった。
僕の後に足音がひとつ続く。白沢先輩は何も言わず、後をついてくる。
日が沈みかけた校舎はどこか寂しく見え、目をそらす。俯いて歩くと、後から背を叩かれた。
「猫背、直せよ」
「……努力します」
やがて昇降口にたどりつく。外に出ることを彼に伝え、下駄箱の場所が違うため一度別れる。
1年は西、2年は東、3年は南と各学年で別れている。
旧校舎では同じだったらしいが、この人数だ。トラブルもあるだろうし僕は良いのではと思う。
白沢先輩の背を見送る。このままもし彼が逃げてくれればと、少し思った。