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純文学(短編)

隣人

作者: 15cc



 アパートの薄壁の向こうから、六時半の目覚しが鳴る。


 毎日毎日、休日もなくきっかりこちらが起き上がってから止められる。もう少し早く止めてくれれば、無理矢理起きなくてもいいのにと思うが……

 

 今日も隣りの住人と起き出した朝は雨だった。


 連日晴天が続き、梅雨なんてこないんじゃないかと思っていたが夜のうちから降っていたのだろうか、窓から覗いた川は水かさを増していた。

 うんざりする。

 そう思ったのは隣りも同じだったようだ。鈍い音が窓ガラスを微かに揺らした。


 彼なのか彼女なのか、正体不明の隣人でわかっていることは起床時間と帰宅時間。

 通路側についた台所の磨り硝子を左から右へと通り過ぎる。それもまた毎日同じだった。彼――ヒールの音を聞いたことがないから仮にそうだとして――のおかげで時計を見ずとも時間がわかる。

 

 彼は、傘を突きながら左へと流れて、まるで気分でも盛り上げるように軽快に音ともに階段を降りて行った。昨日より十五分遅い、気持ちがよくわかる。私も遅刻しそうだ。


 雨は容赦ない。ボツボツと傘を鳴らし、家を出て数分も経たずに指先がもう冷たい。

 彼も、きっとびしょ濡れだろう。それとも何がなんでもリズムを刻んでいるのだろうか。ゆらゆらと左右に柄を回し、意味もなく鼻歌を。

 私と彼の毎日が目覚しで繋がっているように、雨が今日の二人の心を繋ぐ。怪しい気持ちが胸をあったかくさせるが、決してストーカーではないんだと納得させる。


 ひとりきりの部屋、ひとりきりの日々、変わらぬ時を過ごすのが自分だけではないと――少しばかり強気になる。

 彼がどんな人なのかなんて関係ない。彼女かもしれない、ということにも興味もない。

 朝の六時半に私さえも目覚めさ、何かを思って出かけて行き、無事に一日を終える。私の存在に気付かなくてもいいのだ。こうして生きることを知らせてくれる、ひとりきりだと疲れて帰って来たところに誰かも一緒なのだと安心するだけだ。

 

 毎日同じことが出来ることこそ私には大切で、それを教えてくれた彼が今日も磨り硝子に影をうつしていくのを待つ。


 彼は、私の一部と同じ。


 

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