父の日替わり野望〜父さん明日からゆるキャラで食っていこうと思うんだ〜
リハビリ短編。いつもとは作風を変えてお送りします。
「父さんな、明日からゆるキャラで食っていこうと思うんだ」
「は?」
いつもの父の世迷言に、私は不機嫌に聞き返した。昨日はYouTuberになるとかいっていたのに、気が変わりやすいことだ。
夜勤明けはいつでもこう。忙しいのはわかるし、仕事の大変さも知ってるけど、せめてご飯を食べた後にしてくれないだろうか。
「いや、まあ聞け、娘よ。今度ばかりはな、父さん本気なんだ」
「そう。でも、三日前にプロゲーマーになるって言ってた時もそう言ってなかった?」
私がそう指摘すると、父は顎に手を当てて「いやそれは」などと言い訳になっていない言い訳を始める。これもいつものこと。父の思い付きは、思いついたその瞬間だけはいつだって本気なのだ。
「それよりも父さん、早く食べないと冷めるよ」
「お、そうだな。って、まてまてまだ父さんの話は終わってないぞ」
「もう終わってるでしょ。父さんの見た目でゆるキャラなんて、怪獣が慈善活動するみたいなものじゃない。やってることはいいことでも、はたから見たらただ危ないだけ」
「怪獣は言いすぎだ。最近は時々は人間に見えるようになったと職場でも評判なんだぞ」
「ときどきってことは基本的には怪獣なんじゃない。はい、この話はこれで終わり」
話の終わりを「いただきます」で宣言する。父さんの妄想に付き合っていると、いつまでたってもご飯が食べられない。
「今日のみそ汁は少ししょっぱいな。味噌を変えたか? それとも、出汁を……」
「出汁のほう。いつもの煮干しが売り切れてたから」
「父さんはいつものほうが好きだなぁ……ってまて、みそ汁の話をしてる場合じゃないんだ」
言いたい放題味噌汁についてケチをつけた後、父さんはわきに置いておいた紙袋から何かを取り出す。やたら大きな荷物だと思ってたけど、一体何を……。
そうして数秒後、父さんが袋から取り出してきたのは、生首だった。
「…………父さん、私もいっしょに行ってあげるから、自首しましょう」
「首だけに?」
にこりと笑う父さんをにらみつける。冗談になってないし、そもそもどうして生首を持っているのかの説明にもなっていない。
「まあ、よく見ろ。本物の生首にしてはでかい」
「……確かに」
そういわれてよく見てみれば父さんの取り出した生首は、バランスボールくらいの大きさがある。あまりにも造詣がリアルなせいで一瞬見間違ったのだ。
「きぐるみなんだ。どうだ、なかなかよくできてるだろう?」
生首を手にもって、パカパカと口を動かす父さん。冬ごもり明けの熊のような外見と相まって、ホラー映画の一幕にしか見えない。さすが外に出るたびに職務質問されるだけのことはある。
「わざわざ作ったの? それ……」
「いや、もらってきたんだ。現場の倉庫に転がっててな。たまたま見つけてきたんだが……運命を感じるだろ?」
運命を感じるだろ、ではない。そもそも父さんの言うことを真に受けていたら三百六十五日そこら中に運命が転がっているし、人生に道筋があるとすればリアス式海岸のようにガタガタになっているはずだ。
「で、それなんなの? ああ、いや、やっぱり答えないで。知りたくないし、ご飯が冷めるし」
「なんでも町おこしのために作ったはいいが、途中で企画が中止になったそうでな。あ、胴体と下半身もあるぞ」
「いや、出さなくていいから……」
私の言葉の都合のいい部分だけを聞いて、父さんは紙袋から着ぐるみの全体を取り出す。
出てきたのは、特徴のない黒い寸胴と白い手袋。老若男女に大人気なネズミのテーマーパークにいそうなデザインだけど、血走った目をした頭部の主張が強すぎて、これを考えた人間の正気を疑わざるをえない。
これではゆるキャラではなく、お化け屋敷の悪霊その1だ。実は地域振興が目的ではなく、街をゴーストタウンにでもしようとしていたのだろうか。
「ちょっと、待ってろ。着てみるからな。びっくりすると思うぞ」
「そうね。夜道で見たら失神しそうだもんね」
指摘通りに少ししょっぱい味噌汁をすすりながら、父さんの制止をあきらめる。経験上、こうなると話を聞き終えないと収まらない。
それから数分後、どたどたと足音が聞こえてくる。途中何度か「チャックが閉まらない!」だの、「あれ、上と下間違えた!?」だの、いろいろ聞こえてきたが、全部無視した。今は父さんの世迷言よりも、コロッケの揚げ具合を確かめるほうがはるかに大事だ。
「やあ! 僕トビエモン! 魔界の底からみんなに会いに来たよ! ハハッ!」
頭を抱えたくなるような第一声、すべての神経を導入してスルーする。
某未来から来たネコ型ロボットみたいな体系に、落ち武者の顔が乗っかてる。
ほかの部分は全部安っぽいフェルトのつくりなのに、本当に顔だけはきちんと作ってある。一体何のこだわりなのだろう。バカなのだろうか?
「あれー? 返事がないぞー、元気がないのかな?」
だみ声で猫なで声を作っているが、余計に気持ち悪い。というか、あの顔で動くせいでますます妖怪じみている。
「父さん」
「ハハッ、父さんじゃないぞ。トビエモンだぞ! 実は、トビエモンはね、落ち武者狩りで死んだ侍の怨念の集合体なんだ!」
「……父さん」
なぜか反復横跳びしながらの自己紹介に、舌を噛みそうになる。
設定が明らかにおかしい。全国各地を調べれば見た目が可愛くないゆるキャラもいるだろうけど、実は怨霊なんて設定のキャラなんて、おそらく、いや、絶対いない。
それに、実はとか言ってるけど、全然隠れてない。見た目は120%怨霊だし。これでメロンの妖精だの、きりたんぽの化身だの言われた方が逆にホラーだったかもしれない。
「……おーい、大丈夫か? 考えが口に出てるぞー」
「父さんがあんまり無茶言うから思考停止してたの。いいから、はやくそれ脱いだら? だいたいトビエモンってなによ、まさか首が飛ぶからトビエモンとかじゃないよね?」
「おお、よくわかったな。担当者の人が言ってたよ。戦国時代くらいに首を刎ねてた河原を見て思いついたらしい」
当たってた。由来もまったくゆるくない。そいつの首がトビエモンになればよかったのに。
「それで……どうだ?」
「どうだってなにが?」
「トビエモンだよ。どうだ、いけるだろ! これならちびっこにも大人気で、不労所得ウハウハだ!」
こいつはなにを言ってるんだ。
あ、いけないいけない。私は花のJKなのだ。総合格闘技やってそうな外国人みたいな言葉遣いをしてはいけない。
というか、そもそも最初に言ってたはず。ゆるキャラで食っていこうとかなんとか。それだけならいつものことだからスルーしてたけど、きぐるみまで用意してるとは思わなかった。史上最低のコンセプトで作られたきぐるみだけど。
「あー父さん、父さんの美的センスが普通の人から地球から木星までの距離と同じくらいかけ離れてるって話したのおぼえてる?」
「ああ、よくおぼえてるよ。あれだろ、オレ考案の萌えキャラを売り出せば、あとは寝てるだけで儲かるって話をした時だったよな?」
「そう。あのターミネーターとタコとサメを掛け合わさた怪生物に萌えを見出す人間がこの地球にいればね、って話ししたよね?」
「それって他の星ならいるかもしれないってことだろ? じゃあ、可能性はあるじゃないか」
蹴りを入れてやりたくなるようなポジティブシンキング。楽観をとおり越してきっと違う現実を生きているのに違いない。
「……少なくともそのトビエモンが子供に受けることはないと思う。ていうか、笑顔になるどころか泣くわ。ガチ泣きするわ」
「それは嬉し泣き的な意味で?」
「トビエモンがいなくなったら嬉し泣きするかもね」
流石にここまで言えば私の言わんとするところを理解したらしく、がっくり肩を落としている。つまり、妙にリアルな落ち武者が落ち込んでいる。
敗軍の将のみじめさを再現する、という一点においてはこのきぐるみは成功していた。まあ、言うまでもなくゆるキャラとしては完全に失敗してるけど。
「そもそも、ゆるキャラで儲けるっていうけど具体的にはどうするつもりだったの?」
「いやほら、グッズとか、版権料とか、キャラクター著作権とかそんな感じで儲けようかなと……」
何一つ具体性がないことにはいちいち反応しない。父さんの思いつきにその誇大妄想っぷりの10パーセントでも具体性があれば今頃豪邸に住んでるし。
「でも、父さん、ゆるキャラって人気が出るまでが大変よ? ほら、なしの人とか緑の恐竜とか見てみてよ? あの人たち、スキーはさせられるわ、爆破されるわ、宇宙に行かされるわで大変でしょう? 普通の人間なら過労死してる、特に夏場とか」
「それは、たしかに、そうだな……」
「父さんはあー、寝ててもお金が儲かるようにしたいんでしょ?」
言っていて頭が痛くなるような動機だけど、父さんはそういう人だ。仕事終わりに口を開けば、「もう疲れた。仕事辞めたい」とか「早く退職して年金で暮らしたい」とか「もっと家にいて家族と過ごしたい」とかしか言わないのだ、この人は。
これで仕事場ではかなり仕事ができるって噂なんだから驚きしかない。よほど周りの人間のやる気がないに違いない。
「ううむ、世の中そんなにうまい話はない、か。まったく世知辛いな。もう少し夢のある世界に生まれたかったよ」
「そんな都合のいい世界はそうそうないよ。それより、ご飯食べよ? 父さんの分はあっためなおすからさ」
「うん………」
着ぐるみごしでも落ち込んでるのがはっきりわかる。毎度毎度のことだがため息をつくのはさすがにかわいそうなのでやめておく。
それに、こうして落ち込んでいてもご飯を食べればまたいつもの呑気な父さんに戻るんだから心配ない。
二十年前の刑事ドラマのOPテーマが流れ出したのは、父さんがご飯をおかわりした後だった。
「ん、電話か。すまん、出るぞ」
父さんの確認に「うん」とうなずく。残念でないといえばうそになるけれど、ご飯を食べた後でよかった。母さんも父さんはやることがおおいほうが実はいいって言ってたし、このほうがいいのだ、うん。
それに、仕事モードの父さんは娘の私がいうのもおかしいけど、なかなかかっこいい。七十点、いや、六十点はあげてもいい。
「……すまん、仕事が入った」
「今から出るの?」
「ああ。泊りになるな」
「じゃあ、朝ごはんは作っとくね」
「いつも本当にすまん。まったく、こんなことなら警察官じゃなくて市役所の事務員に応募しとくんだったよ」
愚痴りながら立ち上がった父さんの姿は、やっぱり町を守る刑事のそれだ。
ときには反抗したくもなるし、おしりを蹴飛ばしたくなるのは日常茶飯事だけど、なんやかんやで許してしまうのはそういう使命感はきっちり持ってるからだろう。
「行ってくるよ」
「いってらっしゃい。捜査頑張って、悪い人捕まえてね」
私の見送りに、父さんは軽く手を振って答える。
そして、扉の向こうに背中が消えて少ししてから、私は大事なことを思い出したのだった。
「あ、着替えさせるの忘れてた」
車のエンジン音はすでに遠く、携帯電話もテーブルの上に放置されたまま。もはや私にできるのは、明日の朝刊の一面を飾るのが、事件の犯人でトビエモンでないことを祈ることくらいだった。