キミがボクで、ボクがキミで
そこでボクは目が覚めた。
幾度となく繰り返されてきた悪夢だった。
可愛い猫のトーマス鄕──かつてボクとしのぎを削りあった誉れ高い捨て猫の彼が、あの日、箱の中で経験したであろう恐怖と絶望と葛藤を思い返してはうなされる日々。
あのとき、ボクはトムが連れ去られ、箱の中に無理やり押し込まれた光景を部屋の片隅からびくびくしながら眺めていることしかできなかった。彼に追いかけられては返り討ちにした経験をもってボクは彼を救い出そうとしたけれど、その知識はすべてトムをいかに出し抜くかに注がれていたものだから、人間相手にはとても敵わなかった。
助けてくれよドクター──怒ったように叫びながら暴れていたトムの顔と鳴き声は、思い出すと背筋が凍る。そのうち箱の蓋は強引に閉じられ、電動ドリルで密閉された。彼が箱の中に入っていた時間は決して短くはなかった。そのあいだずっと、彼は箱をカリカリ擦って狂ったように鳴いていた。鳴き声と擦る音が止んですぐ、トムは長い舌をだらりと投げ出して、濁った眼をひん剥かせて、鼻水と涎と排泄物でぐしょぐしょになった姿で引きずり出された。
その実験で彼らは一体なにを説明したかったのかはわからない。箱を開けた直後の彼らはやれやれといったふうに嘆息していて、やれ観測者がどうとか、やれもつれがどうとか、しきりにそんなことを話していたような気がする。
彼らが観測するよりずっと早くトムは既に死を覚悟していて、箱を開けて確認する前に彼の鳴き声が止まったことでその結果を推測できたはずだった。そして、悪夢で追体験するトムの恐怖と絶望と葛藤は、結局のところボクの悪夢でしかなく、それが本当のことだったのかは確認しようがない。だってボクは箱の外にいて、トムは箱の中にいて、トムはボクが見えないし、ボクはトムが見えなかったからだ。唯一わかったのは、箱の中にはトムがいたし、箱の外にはボクがいて、お互いにそのことをしっかり観測し合っていて、だからトムはボクの名前を叫びつづけたし、ボクはトムの声を最期まで聞きつづけた。
トムがまず死んで、トムの死をボクが遅れて観測したことだけが、あの実験でわかったことだ。死の一瞬はお互いに間違いなく認識していた──眠いよお──声が止んだ──互いにその経験は違えど、訪れた瞬間はまったく同じものだった。死。
そして、トムの死がボクにもたらしたものは星ひとつが死ぬときと同じくらいあまりにも膨大で、偉大で、薄っぺらな木の板一枚隔てるほど遠すぎて、ボクひとりだけではとても観測しきれない。寝ても覚めてもトムのことばかり思い出に満たされて、もう頭も割れそうに痛い。
トム、キミは箱の中でどれほど凄絶な思いを抱いたのか、ボクにつぶさに聞かせて欲しい。キミがボクの名を呼ぶように、悪夢が日に日に増してゆくんだ。
ボクの名前はDr.ラットン。ボクももうすぐ、そちらへ逝くよ。
了