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キミならボクで、ボクならキミで

 可愛い猫のトーマス鄕サー・トーマス・ザ・プッシーキャットと、ドクターはそう言っていた。それはボクのことで、ドクターの名前はDr.ウォーレス・クラレンス・ラットンというらしい。いつも「ドクター」と言っていたから、長い名前なんてすぐに忘れてしまう。でも、こうしてボクが覚えていられるのはドクターがボクの名前を呼び続けて、ボクも彼の名前を心の中で叫び続けたからだと思う。

 いつもおいしい食べ物をくれて優しくしてくれるやつはメイジー・ワイズマンというお嬢さんで、その日怖い表情でボクのことを連れ去ったのはエマニュエル・ヴィクター・ワイズマンという、お嬢さんの父親だった。やつらの言葉の端々でドクターと同じ「ドクター」という音が聴こえたから、きっとその怖いやつも同じドクターなんだと思う。けれどほんの少しドクターと違うのは、Dr.ワイズマンがドクター以上の博識で、なんでも知っていて、ドクターができないようなことも平気でやってのけるってことだった。ボクは、Dr.ワイズマンの実験台として捕まった。

 そう気づいたのは、ボクが捕まった直後に鉄くず――ねじ集めをして帰ってきたドクターが咄嗟にDr.ワイズマンに飛びかかって、手にかじりついてボクのことを逃がそうとしたからだった。そうして、ボクの代わりにドクターが捕まった。

 ボクは知っている、覚えている。その日ドクターがボクの名前を呼び続けてくれたことを。

 ボクの代わりに実験台として箱の中に放り込まれたあと、彼は脱出しようと箱の中で暴れていた。そして、しばらくしてほんの少し冷静になったドクターはこう切り出した。ボクが、キミの言う鉄くずを集めて作りたかったものは何だと思う、それはキミが到底理解できそうもないものさ、って。声は出さなくていい、ただ聞いてくれと彼は言った。

 ボクが作りたかったものは「夢」だ。もっと厳密には、死んだものを生き返らせる装置だ。キミは幾度なく聞いてきただろう。ボクの仲間はみなやつらによって捕まって、もうこの世に戻ってくることはなかった。それは死んだということなんだよ。わかるかい。だからボクは、死んだ仲間をもう一度この世に甦らせたいと、ただそれだけを願ってきた。そのためにはほんの少しだけ、やつらが作って棄ててきたものを再利用しなくちゃいけない。それがキミの言う「鉄くず」っていうものさ。だから本当はキミの言うとおり、鉄くずって言う方がずっと正しいんだ。でもボクは、そういうふうに言うことがどうしてもはばかられた。だってそんなことを言ったら、やつらが棄ててきた鉄くずみたいに、死んでいった仲間のことまでも粗末に扱われていたんだって怒りに、ボクは気持ちが抑えられなくなるからね。でも、そうじゃないんだよ。トム。キミが言った「鉄くず」には「くぎ」とか「ねじ」とか「ぷら」とか「ごむ」って、ひとつひとつちゃんと名前があって、それには生まれた月日の番号だって振られているんだ。それと同じで、ボクの仲間にだってティコとかストラボンとかリンネとかトムキンスとか、そういった名前が付いていて、生まれた月日もちゃんとあったんだよ。だから「そぞく」とか「えいゆう」だなんて一括りにしてしまってはあまりにもかわいそうだ。そんなことボクにはできない。そして、仲間とまったく同じ、ボクもこうして死ぬ運命なんだろう。ここから外へは出られないようだし、中にはひとつだけレバースイッチのようなでっぱりがあるんだよ。これを下げればどうなるかはわからない。だけど直感でわかるんだ。これを下げればボクは死ぬし、下げなくてもいずれ飢え死にする。トム。そこでキミに提案したいことがあるんだけど、聞いてくれるかい。キミにはとても難しい話かもしれない。けれどもしその気があるならキミに成し遂げてもらいたい。死んだものを生き返らせる装置を完成させて、ボクの仲間を生き返らせてほしいんだ――。

 ドクターの声は優しかった。でもそれは、顔も姿も見えない、箱の外にいるかどうかもわからないボクにそれでもなんとか伝えようとした決死の証なのかもしれない。ボクだったらあんな場所に閉じ込められて、とても冷静でいられる気がしないもの。

 彼はレバースイッチを引いた。だからその直後、凄惨な姿になって生還することなく箱から取り出された。遺体は別のやつが袋に入れて持ち運んで、それからボクはドクターの姿を一度だって見かけたことはない。ボクは新しい住処から集めたものを持ち出してふたたび排水溝の下に舞い戻った。

 ボクはドクターの望みを叶えたかった。ドクターの仲間を甦らせること。それには長い長い年月がかかった。釘や螺子やプラスチックやゴムだけでなくって、ほかにもアミノ酸や脂質やヌクレオチドなんて最初はよくわからなかったものが必要なんだってわかった。

 いつからか排水溝近くに古めかしい紙の束が投げ捨てられるようになった。その頻度は次第に多くなって、一時期それらの燃え滓が排水溝の中で大惨事を起こすこともあった。ヘドロの中の細菌のせいでメタンガスが発生して夏場は大変な時期もあるのに、そんなところへ火の点いたものを放り込んだら燃えるに決まっている。こんなことをするのはやつらだけだと憤慨しつつも、またひらりと舞い降りたフリーペーパーの切れ端で、そんな横暴も長くないことを知った。

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