ここがお空で、そこは地の底
ドクターはよくわからないやつだった。ボクよりずっと小さくて、力も脳みそも小さいくせに、動きはボクよりすばやくて、頭の回転もはやかった。それだけで、とってもとっても偉大だった。ボクはドクターを尊敬していたけど、彼はそうだったのかはわからない。
ボクとドクターは同じ、排水溝の暗い下で出会った。狭いとこが好きなボクだけど、ドクターもそれは一緒。寒いとこも汚いとこもへっちゃらで、ボクらはよくふたりで泥んこ遊びをしたり、追いかけっこをして遊んだ。昼も夜も関係ないとこだったから、起きたら遊んで疲れたら寝て、それがボクらの太陽とお月様の代わりだった。
ドクターは賢かった。そんなドクターがある日、小さな鉄くずを持ってきた。ドクターは賢いから、それが「くぎ」っていうものだって知っている。「くぎ」をどういうふうに使うのかも知っている。ドクターは、これを集めればボクたちの夢が叶うぞって意気込んでいた。鉄くずをいくら集めたって鉄くずにしかならないのに、「くぎ」を集めたら「夢」になるっていう。そういうふうに言うドクターのことを、ボクはなんだか変な感じがした。でも、ドクターはそれだけじゃないって言った。「くぎ」以外にも「ねじ」や「はぐるま」「ぷら」とか「ごむ」が必要なんだって言っていた。そのどれもボクにとってはどうでもよかったけど、ドクターにとっては大事な大事なことらしい。そして、興奮してそこかしこを駆け回るドクターがあんまり楽しそうだったから、まあいっかってボクは思った。
それからボクらは排水溝の迷路を辿りながら鉄くずを集めて回った。地上と地の底を行ったり来たりして、光の玉に見つからないようにしながら、こそこそ隠れて探して回った。そうして回っているうちにおいしいおいしい食べ物を拾ったりして、ボクは地上がこわいものだとばかり思っていたから、だんだんこわいと思う心も薄れていった。
そうしたある日、ドクターはボクに隠し事ないかって尋ねてきた。ボクはううんと首を振った。本当はドクターがいない合間に地上に出て、よくわからないやつらからうんとおいしい食べ物をもらっていたんだって、そんなこと言えなかった。ドクターはやつらが大の嫌いで、仲間が数え切れないほどやつらの手に落ちたって言っていた。一度だって再会したことはないとも言っていた。やつらを見ると身の毛がよだって、おヒゲをぴんと伸ばさないと死んじゃうんだって言っていた。ボクはそんなことなかった。そのときはドクターがそれ以上質問してくることはなかった。
やがて鉄くずが集まってきて、ボクらの寝床はいっぱいになろうとしていた。狭くなってきたね、と話すと、たしかに狭いっていうふうに周りを見渡した。もっと広い場所に行かなくちゃならなくなった。それも、集めた鉄くずに土や埃や水が付かないようなきれいな場所。
ボクはいいとこがあるよってドクターに言った。ここみたいにちょっと薄暗くて、それで、いつもボクに食べ物をくれるやつが住んでるところ。そんなふうにはドクターに言わなかったけれど、見つからなければ大丈夫だって思っていた。
でもそれって、ドクターのことなんにも尊敬してなかったってことの、裏返しだったんだ。
ボクは見つけた新しい隠れ家にドクターを招待した。排水溝みたいに暗い場所ではあったけど、排水溝みたいに迷路みたくなっていて、それでいて排水溝よりずっと暖かい。カンカンシュウシュウいう音がちょっと耳障りだけど、排水溝よりずっときれいで土や埃や水は付かない場所だった。ドクターは理想の場所だって、ボクのことを今までないくらいに褒めてくれた。なんだかとっても嬉しかった。
でも、そんないいとこが簡単に理想の楽園になるわけなくって。
ある日ボクは地上に降りて、食べ物がないかうろちょろしていた。たまにおいしいおいしい食べ物の欠片が落ちていることがある。ドクターに言われて新しい隠れ家を探していたのはその通りなんだけと、ボクはそれと同時に食べ物がいっぱい落ちてるとこにしたかった。そう、それはやつらの住処。
いずれドクターは気づいちゃうかも知らないって思っていたけど、終わりはホント、突然にってやつで。
ボクは食べ物探しに夢中になっていて。
見つかった。