表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第二話 Antrim《ダイニワ アントリム》

この人がやたら胡散臭いのは仕様。

 チャットを終えて授業に集中すること40分。

 予鈴が鳴って昼休みを迎えた。

 ちらりと後ろを見れば、サンゾーが気だるげに席を立ち、一瞬私に目配せしてから教室を後にする。


「やっふぅ!ようやく昼休みだぜぃ!きりのん、食堂行こ食堂ー」


「アマネ」


 上手いこと時間をずらして教室を出ようと思ったが、真っ先にアマネに捕まった。

 うぐ、普段は授業が終わって直ぐに教室を飛び出すクセに、今日に限って構ってきおる。


「ごめん、私お弁当だし、今日はちょっと」


「えー?………もしや、男?」


 そして無駄に鋭い。

 別に惚れた腫れたじゃあ無いんだけど、あながち嘘でもないし、ここは上手く言いくるめよう。


「そんなところ。なので今日は別行動って事で」


「ちぇー、だったら独り身のアマネさんは食堂でやけ食いしてくるさねー」


 ブーブーと唇を尖らせながらアマネは教室から出て行く。

 私も急ごう。あんまり待たせるとあいつがへそ曲げちゃうし。







「………呼び出しといて遅刻たぁいい度胸だな、ロクジョー」


「ごめんね。アマネに捕まってて」


 校舎裏の雑木林の奥で待っていたサンゾーが、不機嫌そうな顔で樹の根元に座っていた。


「サカマチか。オメェもよく四六時中喧しいあいつと付き合えるな」


「変人ナカマですから」


 「自分で言うか」とサンゾーが呆れ顔。

 アマネへの興味が尽きたのか、サンゾーは大きくあくびをすると、側に置いていた重箱の包みを手に取る。


「サンゾー、ひとつ提案」


「やらん。下手に分けてやるとオメェはバランまで食いかねん」


 私が声を掛けるとにべもなくそう言い放たれた。

 ひどい、流石にバランは食べられないよ。意地汚い。


「食べるとしても白米に重箱の隅っこに残ったタレを吸わせて残さず食べるくらいだよ」


「その時点で十分意地汚ぇだろうが」


 怒り半分呆れ半分な顔でサンゾーは三段重ねになっている重箱のフタを開ける。


「しょうがないでしょー。あんたが毎回そんな美味しそうなモノ作ってくるんだから」


 サンゾーの持ってきたお弁当は無駄に手の込んだおかずがこれでもかと詰め込まれていた。

 ハンバーグと卵焼き、白いご飯の上にはそぼろと桜田麩、スパゲッティに塩サバ、薄切り牛肉の甘辛炒めと野菜がごろごろ筑前煮。

 他にも色々あるけど、目についたおかずは全部美味しそう。というか絶対に美味しい。

 これ全部サンゾーが作ったんだから、最初の頃はびっくりした。


「人間一皮剥ければ意外な部分が見えるもんだよねー。女子力MAXの不良とか」


「それ以上言うとほんとにやらんぞ」


「すみませんでしたサンゾー様、誠心誠意お詫び申し上げますので何卒お慈悲をば」


 向かいに座ってへへぇと平服すれば、サンゾーはふんっと鼻を鳴らして重箱の下段を開ける。

 中から出てきたのは上段のより少な目に詰められた同じお弁当。


「ありがとー!」


「うっせぇ、さっさと食え」


 お礼を言うと、サンゾーは卵焼きを口に運びながらそっぽを向く。

 本当に、こういう所をもっと前に出せば友達もできるのに、勿体無い。


「いただきます」


 私は早速塩サバにお箸を伸ばし、軽くほぐした身を口に運ぶ。

 程よい塩気と共に、サバの旨味が口の中にじゅわっと広がった。


「…………んん、ひあわへ」


「そうか?普通だろ」


 私がリスみたいにもぐもぐやるとサンゾーは再び呆れ顔。

 普通じゃない普通じゃない。こんなに美味しいんだから。


「んで、サンゾー、昨夜のやつはどんなんだったの?」


「あぁ?」


 お弁当をぱくつきながら本題を切り出すと、サンゾーはあからさまに嫌そうな顔をした。

 自分が苦戦したっていうのがプライドを傷つけたのかな。


「…見た目は脚六本の犬って感じだ。ちょこまか鬱陶しい動きしてやがった」


「ほーほー。見た目通り速さで翻弄されたみたいね。脳筋のあんたじゃ手こずる筈だわ」


「うるせー」


 牛肉炒めを咀嚼しているサンゾーに睨まれた。


「それで、どうやってやっつけたの?」


「俺とその犬以外誰も居ねぇって分かってたから周り一帯黒焦げにしてやった」


 気持ち自信満々な表情を作って、サンゾーが親指と人差し指の間から火花を散らせる。

 だから脳筋だってんのよ。


「そのせいで、ご近所に迷惑かけたって分かってる?」


「人死が出るよかマシだろーが」


「そうだけどさぁ…って、あら」


「あぁ?」


 身も蓋もない事を言い出すサンゾーに私が渋い顔をしていると、端末デバイス網膜投射コンタクトが起動してプライベートチャットに強制ログインされた。


「また『これ』か」


 強制ログインはサンゾーも同様らしく、鬱陶しそうに箸を置く。

 飾り気のないチャット画面にログインしているのは私とサンゾーと、もう一人。


 ――やあ、逢引きの邪魔だったかな?@Antrim


 ――ううん、お昼ごはん食べてただけ。@Lock


 ――コロス。@Sanzo


「サンゾー、物騒なこと言わない」


「うるせー。下らねーレスしやがったアントリムに言いやがれ」


 私が諌めるとサンゾーは苛立ちながらお弁当を食べ進めている。

 短気だなぁもぉー。

 Antrim――アントリムはこのチャットルームの管理人であり、ある共通点を持つ私とサンゾーを引き合わせた張本人だ。

 男なのか女なのか、年齢すら定かではない謎の人物だが、アントリムはこのチャットルームに私達を強制ログインさせて仕事を依頼してくる。

 ちょっと危険な仕事だけど、その分報酬も結構なもので、私達としてはありがたい。

 たまに私達を見ているかのような絶妙なタイミングで強制ログインさせてくるから、イマイチ信用しきれないのが現状であるが。


 ――ははは、君達は相変わらず面白いな。@Antrim


 ――抑えるのは私なんだから、からかうのも程々にしてね。@Lock


 ――ああ、ワタシも本気で怒らせるつもりは無いから心配いらないよ。@Antrim


 ――それで、なんで呼び出した。@Sanzo


 ――その件についてだが、まずは昨夜はお疲れ様だったね、サンゾー。@Antrim


「…チッ、観戦者気取りかよ。いけ好かねえ野郎だ」


 どうやら昨日サンゾーが『仕事』を完遂した事もアントリムは把握済みだったみたい。

 他人に利用されるのが嫌いなサンゾーは額に血管を浮かべた。


 ――見てやがったんなら、なんで手ぇ貸さなかった。@Sanzo


 ――貸さない、ではなく、貸せない、が正確だね。@Antrim


 ――最初にここに招いた時にも言ったはずだが、現状ワタシは能動的に動くことが不可能だ。@Antrim


 ――ワタシが直接どうにかできるのなら、未成年である君達に協力を仰ぐなどしない。@Antrim


 ――だが、ワタシ自身が身動きを取れない以上、心苦しいが君達に動いてもらうしかない。@Antrim


 ――ワタシに出来るのは君達に依頼し、この島を守ってもらう事だけだ。@Antrim


「いけしゃあしゃあと…」


「どーどー。サンゾー、押さえて押さえて」


 バチバチと掌から火花を散らすサンゾーを窘める。


 ――アントリム、そろそろサンゾーが限界っぽいから本題。@Lock


 ――ああ、済まない。@Antrim


 ――君達に取ってはこちらの方が重要か。@Antrim


 ――サンゾー、ロック、今夜も『ビースト』が現れる。@Antrim


 ――場所は第7区の繁華街周辺、君達には出現個体の抹殺、ないし撃退を頼みたい。@Antrim


 私はその文面に僅かながら目を見開いた。


 ――2日続けて?@Lock


 ――どういうことだ、ここのところ出現頻度が多くねーか?@Sanzo


 アントリムのレスの直後、私達はほぼ同時に質問を打ち込んでいた。

 依頼を受け始めたばかりの頃はここまで頻繁にビーストが現れる事は無かったからだ。

 仕事を受けるようになったのは一年前、その頃は月に一度程度、多くて精々二回。

 それが最近は週に一度は当たり前、確実にスパンが狭まっている。


 ――君達、いいや、君達の友人や家族の身の安全を考慮して詳しいことは伏せる。@Antrim


 ――ただこれだけは伝えておこう。@Antrim


 ――この事態は、この島に良くないことが起きる前兆だと思ってくれ。@Antrim


「………」


「………」


 そのレスを見て私達の表情が険しくなる。

 一年間顔も見せずに仕事を回してくるアントリムは信用出来ないし、お茶を濁すような話し方はすれど、今まで嘘をついたことはない。


 ――了解、依頼を受けるよ。@Lock


 ――俺もだ。@Sanzo


 ――有難う、君達に押し付けるようで心苦しいが、頼む。@Antrim


 ――昨日と同じく、ツヴァイを遣いに出す。@Antrim


 ――時刻は午後11時、場所は第7区の南側、路地裏にあるカラオケボックス。@Antrim


 ――そこの『504号室』に向かってくれ。@Antrim


 ――了解。@Lock


 ――カネは前払いだぞ。@Sanzo


 ――ああ、勿論だ。@Antrim


 ――では、頼んだよ、超能力サイキックを振るう者。@Antrim


 そのレスを最後に、チャットルームからアントリムがログアウトする。


「さて、2日連チャンだけど、がんばろっか」


「おう、また黒焦げにしてやる」


 お弁当を食べ終え、私達は立ち上がる。

 その動作だけでサンゾーの周囲から火花が散り、私の足元の小石が軽く浮き上がって周りの木々がざわめいた。

 ……ああ、昂ぶってるなぁ。

 今夜もまた『仕事』が出来る。

 それを思っただけで、私達の口元は三日月形に吊り上がっていた。

アントリム、モデルになっているのは某ガンマンの偽名。

ご意見ご感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ