梁の燕〈中編〉
タクト=ハインとシーサが紅い列車から投げたされて30分が経過していた。焦りと苛立ち……。ルーク=バースは個室でアルマを介抱しながら、そんな感情を滲ませていた。
此処まで来てまさかのイレギュラーが発生してしまった。しかも立て続けに……。車内に不審者が紛れている疑いもある為に、残る隊員達には引き続き、警戒体制を緩めないように指示はした。
あとわずかで【サンレッド】に到着する。タクト達を捜索するには列車を引き返させなければならない。そうすれば、完全に護送任務はーーーー。
バースは膨らませる思考を掻き消していく。
タクトを含めて子供達を守るが本来の役目と、思いを馳せる。
そして左耳に小型通信機を装着すると、寝息を静かに吐きながらベッドで横になるアルマの右手をそっと握り締めていった。
吸って吐いてと、呼吸を整える。目蓋を強く綴じて、もうひとつ息を吐く。
「直ちに列車を〈イエローブリッジ〉までーー」
ーー待ってくださーいっ!
幻聴? と、バースは息を呑むと室内に迸る閃光に目を眩ませる。
きらきらと、光の粒が降り注ぐ。恐る恐る目蓋を開くとその中よりゆらゆらと蜃気楼のように人影が現れ、それは確信と変わっていく。
「た、ただいまです」
ほうっ、と、安堵の息を吐きながらシーサを抱くタクトの姿にバースの目が潤む。
「……そのまま、列車を走らせろ。ハケンラットは隊員の個室車両まで来い!」
そう通信を終わらせて今にも滴りそうな涙を拭い、一度タクトと目を合わせるとアルマの上半身を起こす。
「起きろ、アルマ」
涙声で囁くその声を耳元で受け止めるアルマは支えられている腕を払い除けると、真っ直ぐと目の前のタクト達を目指して行く。
「この馬鹿息子め! 散々心配させてしれっと、帰って来るとは……」
「ごめんなさい……。え? アルマさん、今何と仰ったのですか」
「空耳だろう? ああ、シーサ……。おまえも大変な思いをさせてしまった」
アルマはシーサの頬を掌で挟みながら目を合わせる。
「ふかふかしたひかりをもらったから、へいきだったよ」
「光?」とアルマは怪訝な眼差しをタクトに向けていく。
「以前、アルマさんから預かった“治癒の力”を注ぎ込みました」
「そうか……。よく、その判断が下せたな?」
「命を目の前にしたからです」
ーーおいで、シーサ。
アルマは聖母像のような笑みを湛えながら、シーサに両手を差し伸べると小さな腕はふわりとその肩に乗り、ぎゅっと掌が結ばれていく。
バースとタクトはその微笑ましい光景に、胸を熱くさせていた。
ーーロウス、よさんかっ! あたは、持ち場にかえんなっせ。
ーーどけ、ハケンラットッ!
部屋の扉を隔ての、ハケンラットとロウスの罵声に驚愕する。
「シーサッ!」と、ロウスが叫びながら入室すると
「ロウスさん? どうされたのですか」
タクトが怪訝にそう訊くものの、怯む素振りもせずシーサに両腕を伸ばし、掌を向けていった。
目を丸くさせるシーサにロウスは今一度、その名を呼びながら囁く。
ーー良いのだよ。今だけ、お約束ごとはなしだから……。
シーサは顔をくしゃりとさせると、目から大粒の涙を滴らせる。
「シーサ……」
ふわりと、眼差しを柔らかくさせるロウス。その姿に飛び込むようにシーサもアルマから離れていき、そして息を吸い込むとーー。
「おとうさーんっ!」
わんわんと、ロウスの腕の中で泣き続ける。