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梁の燕〈前編〉

 タクト=ハインとシーサが転送された場所は【ブルードロップ】と言う名の住宅街だった。転送装置のたった一文字の誤入力の為に、今まさにその人物と対面してしまう。


 アルト。目の前には蔦鶴で編まれてる籠に山と詰まれる馬鈴薯を懸命に抱える幼い弟がいた。進学を控えていた夏のある日、ルーク=バースに誘われて軍に入隊した。それ以来の再会であったにもかかわらず素直に喜び、そして抱き締めることさえ出来なかった。


「お? ちゃんとおつかいできたのだな」

 ダビットは興味津津とタクト達に近付くアルトを阻止するように声を掛ける。

「うん!」とアルトは満面の笑みを湛えてダビットに抱える籠を手渡しすると、そわそわと落ち着かない様子でその背後を覗いていく。

「しまった! ホワイトソースの材料が足りなかった。アルト、もうひとっ走りおつかいをしてくれ」

「ええ!?」

「グラタンが楽しみだろう?」

「グラタン?」とアルトは喉を鳴らすと掌を握り締め、ダビットを凝視する。

「バターを頼む。そうだ! 今日は特別に《トロリンプリン》を食べよう。お駄賃はおまえの貯金箱に入れるのを忘れるなよ」

 ダビットに遣い賃を受け取るアルトは鼻唄を愉しげに交じらせながら石畳の道に靴を鳴らしていく。


「何れ、今のうちに経緯を喋るのだ」

 塀の角を右に曲がるアルトの姿を見届けたダビットが、タクトに振り向きながらそう促した。

「助かりました。でも、残念ながら詳しくはお話し出来ません」

「そんな身なりでは大体の予想は付く。あの馬鹿息子はちゃんと仕事をこなしているのか?」

「立派に皆さんの中心になっておられますよ……は、はーー」


 ーーはっくしょんっ!


「ずぶ濡れもいいところだ」

 タクトがくしゃみをした勢いの飛沫にダビットは険相する。

「シーサ、風邪引くと大変だから急いで皆の処に帰ろう」

「待て、此処までどうして来たのかちゃんと説明するのだ」

 ダビットは上着を脱ぎ、身体を震えさせるシーサに羽織らせる。

「此れですよ。間違ってアルトの名前を入力したものだから……」

「ほう、転送装置か」

「ちょっと、考えてしまいました」

「母親に会う為にか?」


 タクトはその言葉に反応するように俯くと、口を閉ざしシーサと手を繋ぐ。

「その娘もアルトの歳くらいだろう?」

「はい、4才です」

「そうか……」

「アルトがお世話になっております」

「礼など要らぬ。あと、余計なことだろうがその装置では母親の元には辿り着けない」

「僕が軍の規律を破るからですか?」


 はっはっはっーー。


 ダビットが高らかに笑う。その声は北東より吹く風に舞い上がる樹木の葉と共に、空の彼方に飛翔していく。


「ルークめ……。かなり、調子に乗ってるな? よい、よい。タクトもよく、あの馬鹿息子に付いてきてると見たぞ」

「僕の話しとバースさんをどうしたら、そう繋げる事がさっぱりです」

「母親の行方の手掛りに為れば良いが、ひとつ伝えよう」

 タクトは瞬時にダビットと目を合わせ、今かとその言葉を待ち構える。


 ーー転送装置でも移動は出来ない大地……其れが【ヒノサククニ】だ。


「ダビットさん。僕達、仲間と其処を目指しているのです」

「……好都合だ。ならば、今からワシが言う事をしっかりと胸に刻ませるのだ」


 西の空がぱっと茜色に染まる。その陽射しはタクト達に降り注がれ、影を落としていく。


 ーー【サンレッド】其処が【国】に行く為の関所である。しかし《扉》が施されており、その錠を外すには特殊な《鍵》が必要なのだ。誰が何の為に仕掛けたのかは謎だが、ワシが調査した限りでは選ばれた“光”だけが潜り抜ける事が出来る。


「《団体》が集った16人の子供? でも、そんな偶然なんて……」

「可能性はあるだろう? その候補のひとつとする。そして、此処からが肝心だ。心を静かにして聞くのだ」

 ダビットは弦楽器の低音のように声色を変え、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。


 ーー《国の血》第二の候補の《鍵》だ。


「母さんは? 母さんと何が関係するのですか」とタクトは感情を剥き出しにしてダビットにそう言う。

「落ち着くのだ、タクト。歴史的に【国】は滅んでいる。だが、その民が我々の大地に何かしらの経緯で移民して来た。実際に【国】で使用されていた筈の道具や土器。装飾品から武器まで【サンレッド】周辺の土地の発掘調査で出土している」

「探偵と考古学者。ダビットさんも二足の草鞋、さぞかし大変ですね?」

「嫌味は兎に角だ。おまえの母親が【国】を目指していたのは間違いない。先ずは【サンレッド】に着くことだ。その先は、おまえ達が成し遂げるしかない」


 タクトは唇を噛み締め、更に眉間に皺を寄せる。すると

「お兄ちゃん、みんなのところにいこうよ」とシーサの地団駄を踏む仕草と声で我に返ると、微笑しながらその身体を両腕で包み込んでいった。


「そうだ……。僕の我儘で皆の気持ちを台無しに出来ない。ダビットさん、ごめんなさい。貴方の助言をバースさん達にも伝えます」

 タクトは瞳を澄みきらせると、ダビットに向けて誓うように言葉を口にする。

「判ればよい。呉々も、無茶はするなよ」

「はい。ダビットさん、バースさんに何かご伝言あるのならば、承りますよ?」


 ダビットは息を静かに吐く。

「特に無い」

 そう呟くと転送装置を操作するタクトに更にこう言った。

「母親に会えるその日が必ず来る。其れまでは自身を絶対に見失うな……。胸を張ると誓うのだ」

「お元気でいてください。アルトをお願いします」


 〔転送先〕→アルマ*実行を押してください*


 装置の画面を確認して息を呑み指先を動かすと光の粒が溢れだし、タクトはシーサを抱えて地面から浮き上がる。


 しゅんしゅんと、風に含む蜂蜜に似た甘い薫り。頬に溜めて味わうと、光に成り茜色の空を目指して飛翔していくーー。

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