怪走
「計器、エンジン、システム、連動しました」
「よしっ! 発車させろ」
バースの合図に運転技士のマシュが加速レバーを握り締め、操作すると同時にどすりと、風圧に似た衝撃を全身に受けた反動で誰もが足元を縺れさせ、肩と肩をぶつけ合う光景が繰り広げられる。
「おいっ! 急発進させるなっ」と、バースはタクトに押し潰されながら激昂する。
「してません! この前もそうですがちょっとレバーを動かしただけでご覧のとおりでした」
マシュが運転席より転倒して床に着ける右手をアルマの足に踏まれ激痛に耐えて言う。
〔計測不能〕と、スピードメーターの表示にバースは驚愕し、タクトと目を合わせる。
「タクト。おまえはとんでもないやつだよ」
呟き笑みを湛えてタクトの腕を掴みながら体勢を整えると更にマシュに向けて、こう言う。
「目一杯、速度をあげてみろっ!」
「勘弁してください! 時空の歪みに迷い込んだらどうするのですか?」
「泳いで、戻ればいいっ!」
「あーっ! アルマさん隊長を摘まみ出してくださいっ!!」
「そういうわけだ。珍しく働いてるマシュの邪魔になるから、この場を撤退するぞ!」
「えーっ? つまんなーいっ!」
アルマに背後より軍服の襟を掴まれ引き摺りされながらバースは退室していった。
「隊長がいなかった時が静かだったな? タクト」
「アルマさんの前で今おっしゃったことは口にしないでくださいねニケメズロさん」
「俺が言ってた。なんて、アルマさんに告げ口するなよ」
「何だろう? お二人、また喧嘩をしてるのかな」
運転室の扉の向こうのバースとアルマの轟く声にタクトが耳を澄ませる。
ーー何処を触ってるっ! ドスケベ野郎めっ!!
ーーアルマのケチーッ! ちゃんとした挨拶してなかっただろうっ?
ーー私そのものと胸。どっちを失いたいのか?
ーーどっちも、イヤーッ!!!!
「タクト、鼻」
「詰め物くださいマシュさん」
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通信室にバース達はロウスと共に集う。
「凄いですね、ニケメズロさん。あっという間に僕の“力”と列車のエンジンを連動させるシステムを作っちゃうなんて」
「プログラムはタイマンだよ。あいつはカプセルの挿入口の設置作業だ」
タクトとロウスがそんな会話をしていると、内線の着信音が鳴り響く。
『ニケメズロがまた、おめきよる! アネさんからだごんごつさるっけんよさんか、と、いっとったばいっ!』
外部スピーカーを通してのハケンラットの声に
「あいつめ!」と、アルマは威嚇の形相で通信室を飛び出していった。
「なんのことだ? タクト」
怪訝な眼差しでバースは訊く。
「この前“力”を詰めるカプセルをニケメズロさんが作ったのですがその時もそう、おっしゃっていました。らしいです」
「つまり、カプセルの挿入口を作ったその反動で〈あれ〉に掛かってしまった、と?」
「ハケンラットさんには仮病とすぐにバレましたけどね」
「ところで〈その処置〉はどうやって受けた?」
「僕がですか?“大人”て何かと嫌ですね」
「都合が悪いと自分を“子供”と主張するつもりだな?」
「ご自身が〈それ〉になられたらアルマさんとごゆっくりどうぞ」
バースはタクトを背後から脇を腕で挟み込み、更に右足を脚に絡ませて後方へと反らしていった。
「バース、倉庫車両の物資と武器の確認終わったぞ。おや? アルマはどうした」
タッカが入室してそう、言う。
「ニケメズロと闘っている」
「意味がさっぱりだぞ? バース」
「で、アルマがどうした?」
「ふむ。こっちに向かって歩く姿を見たのだかな」
ーーしかも、見馴れない服を着用してた。色は軍服と同じ紅色で、今にも舞をするような。そうっ! なかなか色っぽかったぞ!!
「……ロウスさん、丘みたいに盛り上がっている建物。僕、図書館の歴史の本で見たことあります」
「大昔の墓だな? そういえばこの辺りは群集になって建造されていたと、聞いたことがある」
「出た! でしょうか?」
「俺はそういう類は信じない質だタクト」
「でも、これだけうじゃうじゃと、建っているとなればーー」
「出てもおかしくない。と?」
「汗だくですよ?ロウスさん」
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「つくづく、この連中どもはっ! 今度はタッカが色ボケをぶっかますとはーー」
ーーこの、大馬鹿どもめっ!!
通信室に戻るアルマ。息を頬に溜めると罵声とともに一気に吐く。
「まるで俺が変態みたいではないか! 誤解を招く、嫌、ここにいるバースと同類扱いとは大いにがっかりと、するではないか」
「怪奇現象が列車の減速の原因だった。か!」
「何をあっさりと納得しておる! バース」
「計器等の異常はなかったのだぞ。他に何が考えられる? アルマ」
「思いつかない」
「だろ? 面倒くさいからそういうことにしとけって、訳だ!」
「バース、おまえの頭の中が羨ましい……」
「どういう意味だ?ロウス」
「バースさん」と、タクトの呼び掛けに
「ああ、もうすぐ俺達の《始まり》がやってくるぞ! タクト」
バースもまた、瞳を澄みきらせて車窓より流れる景色を見つめる。
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【サンレッド】に到着に向けて〈陽光隊〉は最終的な打ち合わせをしていた。
「《団体》或いは《軍》の関係者が子供達を【国】に連れて行く目的で、待ち構えている筈だ。呉々も、油断を与えるな」
「バース、先ほど列車に残る隊員に俺が含まれていないのは?」
「ロウス、おまえの“力”が必要なのだ。いいな?」
バースはロウスの肩に掌を押し込んでいくと、更に笑みを湛える。
「僕もバースさん達に同行して良いのですか?」
「心配するな。俺達の指示で動けばいいっ! だろう? アルマ」
「私に同意を求めるな。バース」
「タクト、これ返す」
「あ、ニケメズロさん。今日は大活躍ですね?」
「おまえくらいだよ。そう、労ってくれるのは」
ごほっと、バースの咳払いにニケメズロは振り向き、そしてこう、報告をするのであった。
「転送装置ですが、エネルギーのみ列車に移すことが出来ました」
「ニケメズロでも、本体のコピーは無理だったか。タクト、引き続きそいつの管理をーー」
室内に突如警報のサイレンが鳴り響き、バースは瞬時に険相する。
「何だ! ロウス、この音の原因は何処からなのか確認してくれ!」
「9両目に何かしらアクシデンドが発生してる。原因迄は此処では分からないっ!」
「僕が見に行ってきますっ!」
「同じく私もだ! バース、タクトの同行をするが良いな?」
「俺に同意しなくてもいいから、さっさと確認に行け!」
ーー了解!!
タクトとアルマは敬礼をすると通信室を飛び出して、9両目へと駿足していった。